第二話

制服に付いた埃などは直ぐに払い落とされ、今度は椅子に座らせられた。


紅葉は、私の髪を丁寧にコームで梳かし、ヘアアイロンを温め始めたようだった。


紅葉は何時も凝った髪型にしてくれるが、だからといってバリエーションが少ない訳でもなく、今まで同じ髪型にされた事は数える程しかない。


今日はどんな髪型にしてくれるのだろう、と内心ワクワクして、大人しく待つことにした。



「できたーー!!」


数分経って、紅葉は嬉しそうにそう言った。

何時ものように折り畳みの鏡を渡してくる。


ここも紅葉らしく淡いピンクで纏まったデザインで、アクセントで淡い紫色のリボンが付いた、可愛い鏡だ。


「ねね、どう?今日はねぇ、チャイナ風にしてみたの!どう?どう?可愛い?」


髪は、丁度ハーフアップにする時纏めるような髪だけを使って、頭の横に小さめのお団子が2つ纏まっていた。


他の髪は下ろして綺麗なストレート、毛先は内側にクルンと丸まっている。


「うん、可愛い。 何時もありがとうね?」


ヘアーの出来は何時も素人とは思えない程綺麗で、ニコニコと笑顔にならざるを得ない。


ふっふーん、と紅葉はにんまりして道具を片付け始めていた。



カシャカシャと道具と片付けるような音が鳴り止んでから、少し考えて、言葉を発した。


「紅葉ってさ、将来美容師とかなりたいの?」


之だけの知識を身につけているのだ。

今までそう思ってきていたが、実際訊いたことは無かったな、と思い、そう訊いた次第だった。


「特に決まってないよー?美容師だったらこんな頭いい学校入ってないしね。将来何にでもなれるように、って此処選んだだけだし」


「でも、髪弄るの好きよね?紅葉。それとも、お世話したりするの好きそうだからメイドとか?!」


最後は半分冗談だ。


「え、メイド?!今の時代?!ありえないよ!!それは!

確かに髪弄るの好きだけど、仕事にしようとは思わないもんなぁ。趣味みたいな感じだし。」


流石に紅葉もメイドになる気は更々ないようだ。


でも、これは絶対、確信だが。

紅葉はメイド服がとてつもなく似合う女の子だ。違いない。

今度メイド服でも着せてみようかしら。

絶対可愛くなるに決まってる。


「じゃあ、やっぱりOLとか?そこが一番無難よね?」


「やだ。可愛くないもん。もっとお洒落なお仕事がいい。キラッキラでカワイイの。」


「んーー。」


キラッキラで可愛いお仕事……


「ネイリストとか?」


「ネイリスト…ね…いいかも。ちょっと考えてみる。」


どうやら少し候補が上がった様だった。

こんなに可愛いもの好きで何故ネイリストという候補が上がらなかったのかも少し不思議に思ったが、敢えて触れないようにしておいた。


何時もテンションの高い紅葉だ。接客業は向いていないでも無いだろう。


「汐音だって将来どうするの?あと1年ちょっとしたら高校卒業しちゃうよ?」


それはこっちの台詞だ、と密かに思う。


「取り敢えず、大学は出ておきたいな…まだちょっと就職は考えられないし」


「そっか…汐音頭いいから大学出ておいて損はないよね」


「そうね…」


――キーンコーンカーンコーン…


「あっ、予鈴!じゃ、汐音、また後でね!」


丁度会話が途切れたところでチャイムが鳴った。

紅葉がパタパタと自分の席へ戻る。



本音を言えば、なりたい職など無かった。


幼稚園や小学校の頃はそれは多大に夢があったけれど、小学校高学年ともなると、もう世の中の現実は大体分かってくる。

中学校になれば、現実を見て、自然と夢は作らないようになっていった。


中2になって、あのことがあってからは、もう夢を作りたいとも思わなくなっていた。

何もかもどん底だったから。


自分から紅葉に問いかけておいて、自分は何も言わないとか、卑怯だったな。


紅葉は何もかも知っているから、分かってくれてはいただろうけれど。


本鈴が鳴って、HRが始まった。


窓を盗み見て、空を覗いた。

白が混ざらない空色は、代わりに私の心の空に、雲を流し込まれる感じがした。

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