第47話STAND ~狼煙を上げる刻~ Part.6
それから一時間……いや二〇分くらい経っただろうか。
同じ岩にもたれているグリムとメアも口を噤んだままで、陣を敷いたままの騎士団もまた静かなものである。草の音に混じって聞こえてくる音といえば、甲冑が擦れる金属音が精々で、気まずい沈黙と中途半端に保たれた緊張感が、やけに時間の流れを遅く感じさせていた。
だからこそ、石畳を蹴って近づいてくる蹄の音にが聞こえた時には、誰もが無言の内に色めいていたし、知らせを聞いたときには口々から安堵の息が漏れていた。
駆け戻ってきた伝令兵はウォーレンに敬礼すると、腹の底から報告を吐き出す。
「ウォーレン騎士団長、国王陛下の御言葉を申し上げます! 魔王女メア様と、剣士グリム様、両名を丁重にもてなし、これを城までお連れしろとのことです!」
「そうか……」
ウォーレンからも安堵の息が漏れ、とにかく最悪の事態だけは避けることができた彼は、伝令を労ってからグリム達に馬を寄せ、下馬するのであった。
「メア殿、グリム殿。陛下が改めて、お二人にお会いしたいと仰っておられます。つきましては城までご同行願いたいのですが、よろしいでしょうか」
「言うに及ばずじゃ。その言葉を聞けて嬉しいぞ、騎士団長殿」
「悪いが俺は少し残るから先に行っててくれ」
「……よもやお主、未だにふて腐れておるわけではないじゃろうな」
「違えよ、城に向かう前にやらなきゃならねえことに気付いたんだ。――ウォーレン、精霊水の瓶ってまだ残ってるか? 四、五本もらいてぇんだが」
グリムの頼みにウォーレンは快く頷いたが、その表情は険しくもあった。精霊水の小瓶を手渡すと、彼は心配そうに口を開く。
「グリム殿は先程の戦闘の最中、すでに精霊水を数本使われていますよね。ご存知でしょうが、短時間に多量の精霊水を使用した場合、重い副作用がでることもあります」
「俺は『
「お主の身体も気になるがグリムよ、精霊水など受け取ってなにをするつもりなのじゃ」
同じ疑問を抱いているメアとウォーレン、その二人の視線を受けたグリムは、息を吸ってからこう答えた。
「……魔物どもを治す」
グリムの返事は端的で、これから行う内容もそして精霊水の使い道も、実に的確に説明されていたが、説明が唐突すぎた所為でメア達の理解が追い付いていないようだった。
「……貴方が治す魔物とは、先程戦っていた魔物達ですか?」
「そうだ、他にいねえだろ。メアが決闘に勝ち、連中はメアの下に付いた。メアが人魔の平和を求めて行動するなら連中もそれに従い、従っている限りは俺にとっても同志ってことになる。だから死に損ない共の傷を治すんだ」
「お主、黙りこくっていたのは、ふて腐れていたからではなかったのじゃな……」
「魔物を治すことが正しいかどうか、頭の整理を付けてたんだよ、失礼な奴だぜ」
「…………ありがとうなのじゃ、グリム」
そう呟いて、メアは弱く微笑んだ。
「情けないことに、妾はレリウス王との交渉についてばかり考え、傷ついた同胞のことを失念しかけていたのじゃ。本来であれば、まずは妾が言い出さねばならぬことじゃのに」
「別に謝ることでもねえし、感謝されることでもねえ、互いに役目が違うってだけだろ。俺は前線回復師の役目を果たすし、お前は魔王女としての役目を果たす。それだけだ、だろ?」
実に飄々とした語り口ではあるが、むしろその適当加減が張り詰めていたメアの胸には心地よく、再び彼女が浮かべた微笑みは、自信に満ちたものに変わっていた。
「まさか、お主にかけた言葉を返されるとは思わなかったのじゃ。……そうじゃな、互いに成すべきを成すとしようかのう」
「その意気だ。一段落つけたら俺も城へ向かうよ」
「待っているぞ、お主の体験が妾には必要じゃからな」
「ではメア殿。支度がよろしければ、城までお送りさせていただきます」
直立で控えているウォーレンに向けて、力強く返事をしたメアは、背筋を伸ばして小さな胸をしゃんと張り、王女の気位で歩いて行く。
状況は好転していても、彼女が向かうのは交渉のテーブル。
魔族にとっては苦手とする、力の通じぬ戦の場である。
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