第46話STAND ~狼煙を上げる刻~ Part.5

「グリムよ。此度の戦いは、きっと歴史に残るじゃろうな」


 さくりさくりと草を踏んで街へと戻っている最中、不意にメアが口を開いた。

 ちなみにだが、生き残った魔物達は彼女の命令で待機を命じられているため、街へ近づいているのはメアとグリムの二人だけである。


「……上機嫌だな」

「不覚を取りはしたが、妾にとっては魔族としての初白星。しかも、この勝利は人魔平和の一歩目じゃからな、舞い上がりもしよう。もしかしたら、此度の活躍はうたになるやもしれぬぞ。人間は、大きな出来事をうたにして伝えると聞いたことがあるのじゃ」

「ふっ、吟遊詩人に広めさせるのか?」

「人間にも魔族にも、なによりこのオーリアにとっても、重大な意味を持つ戦であったと言っても過言ではないはず。歴史的観点からみても、後世に伝えるべきじゃろ。題名はそうじゃなぁ、【魔王と勇者、並び立ち】というのはどうじゃろう?」


 自信満々、会心の命名だとメアはにっこり笑っているが、グリムの眉根は釈然としていない様子である。


「……お前、まだ魔王じゃねえだろ」

「い、いずれはなるから問題ないのじゃ! それにお主も、自称勇者ではないか⁈」

「俺はそれでも構わねえからな」


 どう思われようと気にしない風情のグリムに対して、欲張った部分を突かれたメアは、彼から顔を逸らしたままでこう続ける。


「妾だって色々考えたが、やはり魔王女と自称勇者では語呂も印象も悪いのじゃ。故に我らは、題名に恥じぬ存在にならねばならぬぞ。心得たじゃろうな、グリムよ」

「帳尻合わせ感がすげぇぞ」

「言葉の選び方次第じゃよ。目標と思えば前向きに――……のじゃ?」


 固く閉ざされていた城門が、重苦しい軋みを鳴らしながら開いていく。

 まだグリム達は街から遠く、出迎えにしては尚早なタイミングでの開門であるが、その意図が歓迎でなければ妥当といえた。


 しかし、二人はそれでも歩き続け、やがて立ち止まった。

 先程までの緩んだ空気は消え去っていて、表情は二人共に引き締まっている。何を隠そう、彼等の正面には騎乗したウォーレン率いる五百名からの騎士団と、城壁からは多数の弓兵が狙いを付けているのだから、雑談はおあづけになるというもの。


「グリム殿、メア殿。お二人とも見事な戦いでありました」


 馬上から、ウォーレンが言った。鎧に加えて、兜までも装備している。


「……凱旋の出迎えにしちゃあ物々しい」

「どういう意図があってのことか、訊かせてもらえるかのう。ウォーレン騎士団長」


 グリムと並んだメアの問いかけは、邪気も怒りも皆無であり、それ故にウォーレンは気まずそうに息を吐いていた。


「……メア殿、貴方は無謀であっても無知ではない。我らの対応がどういう意図によるものか、すべて察しておられるはず。その上で尚、私に述べろと仰るのですか?」

「まさしくその通り。妾はお主の口から、お主の言葉で聞いておきたいのじゃ」

「では申しますが、メア殿。我らはお察しの通り、陛下より命を受けて参りました。お二方を討ち取るためにです」


 ウォーレンがどのような命を受けているのかなど、聞くまでもなく明らかであったが、実際に耳にしてみると、グリムからは呆れかえった鼻嗤いが漏れていた。


「ハッ、んなこったろうと思ったぜ。道理で簡単に解放したワケだ。俺の所に来た時点で、この絵図は引き終わってたってことか」

「否定はしませんよ、グリム殿」

「利用するだけ利用して、用が済んだら始末する。利に叶っちゃいるが、俺に言わせりゃあ魔族よりもよっぽど性質(たち)が悪いぜ、貴族ってのは」


 そう忌憚なくあざけるグリムに向けて、ウォーレンの背後から怒声が飛んできた。

 女の声だ、肩を外されたばかりなのに威勢がいい。


「貴様! 奴隷の分際でどこまで愚弄すれば気が済むのだ⁈」

「腹の虫が治まるまでだ、スッ込んでろハンナ。――なぁウォーレン、教えてくれよ。メアは街を守る代わりに条件付けたんだよな、そいつはどうなったんだ?」


 だがしかし、この問いに応じたのはウォーレンではなくハンナである。


「馬鹿か貴様は⁈ そんなもの無効に決まっているだろう! 汚らわしい魔族との取引などに、陛下は決して応じはしないッ!」

「……ハンナ隊長、下がっていなさい」

「しかし、団長――」

下がりなさい・・・・・・。それとも、私に同じ事を三度言わせるつもりかな?」


 ウォーレンの警告には静かながらも凄みがあり、さしものハンナも口を噤んだ。彼は一見人当たり良さそうであっても、騎士団の長。それは優しいだけでは務まらない位である。


「……順序が狂ってしまったが、まぁよいのじゃ。いずれは確かめようと思っていたし、兵を向けられた時点で予想はしておったのじゃ。つまりウォーレンよ。レリウス王は、妾との約束を反故にしたと理解してよいのじゃな」

「残念ながら。陛下は、貴女の話を聞くに足る確証がないと考えておいでです」

「ンなもん、後付けのデマカセに決まってんだろ⁈ メアの話を聞く気なんてハナからなかった、こいつが戦うと言い出した瞬間に裏切る算段をしてたんだろうが。命張った奴との約束を、掌返しで無視する算段をな。流石は誇り高き騎士団を有する国王様だ、騎士道精神ってやつをよく理解してるよ、――そうだろハンナッ?」

「…………ッ⁈」


 唇を固く結んだハンナからは、だが歯ぎしりが聞こえてきそうである。

 このままでは、この二人が発端となって斬り合いでも始めそうだが、幸いな事にメアは冷静さを保ったままで、彼女はその尻尾でもってグリムの腕を軽く引いた。


「なんだよ、メア?」

「子供じみた挑発をするでない、話が余計に拗れるじゃろうが」

「お前こそ、どうしてそんなに落ち着いていられるんだ。頭に来ねえのかよ」

「薄氷の如き信頼が割れたことは正直に言って残念じゃが怒りはない。レリウス王の策は予想出来たことじゃし、なによりも妥当な判断じゃ。それにこの程度の策略を一々卑怯とそしっていては、人魔の平和など夢のまた夢というものじゃろ?」


 裏切り、不意討ち、騙し討ちは戦の常と言われるほどで、つまるところは、出し抜かれた奴が間抜けである。そしてこれは、戦いの規模や場所は勿論のこと、表舞台や裏舞台でも同じ事だ。『見抜けなかった奴がわるい』本当に理不尽ながらも、この一言で片が付くのである。


 だが、そこまで理解した上でメアは問う。


「ウォーレン騎士団長よ、なんとしても我らを討つ覚悟なのか?」

「……私は、陛下の命に従うのみです」

「再びの謁見を諦め、同胞と共に立ち去るとしてもか」

「と、言いますと?」


 人魔の平和こそメアの夢だが、この場における最優先事項は別にあると彼女は言う。王との謁見を望んだのも、利用されていると知りつつ戦いに赴いたのも、すべてはこの世界(オーリア)に迫る新たな危機、【星渡りの蝗ローカスト】の脅威をより詳しく伝える為だった。


 しかし、それがご破算となれば――


「妾がこの国に出来ることは終えたと考える。最小限じゃが【星渡りの蝗ローカスト】の脅威は伝えた、備えるも看過するもお主達の自由。であれば、妾は他の国々を廻って彼奴等の襲来に備えよと警告していくだけじゃ」

「人間の国を廻るおつもりですか、魔族の貴女が」

「何度でも申すが【星渡りの蝗】の脅威は本物、決して侮れる相手ではないのじゃ。それでもお主が、我らを追い打つつもりでいるのであれば、此方としても抵抗せざるおえなくなる」


 空気が更に張付いて、騎士達が身を強張らせたのが伝わってくる。それでも構わず、メアは自分の主張を口に出し続けた。


「向こうに控えている同胞達も同じこと。いまは決して交戦するなと命じておるが、追われれば、生き延びるための行動を取れと命じるのじゃ。無抵抗のまま殺されろとは、妾には言えぬ。ウォーレン騎士団長よ、お主の正しい判断を願うのじゃ。互いに血を流す価値が、果たしてあるのかどうかを」


 ぶつかれば少なからず……いや、多量の血が流れることになるだろうと、ウォーレンは察し、だが引き下がるわけにもいかず、グリム達を見据えるばかりである。

 すると、そんな彼の思考を読んだように、グリムがぽつりと口を開いた。


「……なぁウォーレン。白状するとよぉ、俺たちはヘトヘトだ。メアの魔力は枯れかけてるし、俺だって身体が重くてしょうがねえ上に腹も減ってる」

「それで……?」

「それでもだ、そっちがやる気なら相手になってやる、なにしろ俺はカンカンだ。だからおっぱじめるなら覚悟してこい。メアがどうするかは知らねえが、俺はトコトンまで・・・・・・やる」


 誰から見ても疲労困憊。今のグリムが万全の状態から程遠いことは、確かめるまでもなく明らかなのだが、彼の言葉は虚勢からでたハッタリとは思えない異質さを孕んでいた。それこそ、ウォーレンが真意を尋ねてしまうくらいに――


「グリム殿。この場で剣を交えたとして、我々はどれ程の損害を覚悟するべきでしょう」

「…………国葬の準備は・・・・・・?」


 兵士達がどよめいた。


 グリムの言い分はつまり、千からの兵を超え、この国の頭を刈り取るということで、いっそ宣戦布告とさえ思える言葉には、むしろメアの方が面食らっている。


「よすのじゃグリムよ、仮にレリウス王を討ったとて何一つ解決することはない。それどころか、人魔の関係がより拗れることとなる。そのような事態を妾は望まぬのじゃ」

「どっちに転ぶかはあちらさん次第だが、最悪でも気は晴れるさ」

「妾の夢を犠牲にしてじゃがな。お主、疲れ切っているのに血の気が多す――……、のじゃ?」


 半ば戦闘状態に入っていたグリムを宥めようと、彼の顔を覗き込もうとしたときである。メアは遠く、森の切れ目から駆けてくる一頭の馬に目を奪われた。

 軽装の兵士を乗せたその馬は、まるで尻が燃えているように脇目を振らず――それこそ陣の前を横切ってまで――グリムたちの方へと駆けきていた。


「な、なんじゃ、あの馬は?」


 声を発したのはメアばかりだが、内心はグリムも、そして他の兵士たちも同じこと考えていただろう。その馬の騎手が声高に叫んでも、すぐに事態を把握できたのはただ一人きりである。


「伝令! 伝令! ウォーレン騎士団長に報告でありますッ!」


 駆けつけた伝令にメアが戸惑っていると、ウォーレンの静かな声が響いた。


「メア殿。お騒がせして申し訳ありませんが、少々お時間をいただきます」

「う、うむ……。なにやら火急の知らせのようじゃな……」

「――キミ、そのままで構わない、報告を」

「ハッ!」


 その伝令兵は馬上で敬礼すると、あらんかぎりの大声で報告を伝え始める。


「調査を依頼されたリングリン村は半壊。また周囲の森には、地面を抉るほどに激しい戦闘の痕跡が確認され、正体不明の巨大なカラクリの残骸が残されておりました。ですが幸いにも住民に被害はなく、全員の無事を確認しております。現在、偵察隊が村に残り復旧作業に当たっております」

「まずは、村人達が無事でなによりだ。巨大なカラクリについて、なにか分かったことは」

「鋭意調査中でありますが、現在のまでに有用な情報は得られておりません。魔王軍が用いるゴーレムや傀儡兵とも異なる造りをしているのは明らかですが、それ以上のことはなにも。損傷が激しいため正確な原型も不明、しかしながら残骸から推測するに、恐ろしく巨大なクモのような形をしていたと思われます」

「なるほど、ご苦労だった。では、いまの報告を陛下に伝えてきてくれ給え」


 労われ、レリウス三世への連絡を任された伝令兵は、だが王に見(まみ)えるのとは別種の気まずさを漂わせている。

 無論、その空気にウォーレンが気付かぬはずがない。


「まだ何か、報告があるのかな?」

「あぁ、はい。実は……」


 躊躇う伝令兵は、横目でメアとグリムを見遣ってから、やはり後ろめたそうに口を開く。


「村で起きた戦闘について住民全員に話を聞いたのですが、すべての村人が同じ証言をしておりまして、そのぉ……」

「貴様、それでも伝令兵か! 団長への報告は、簡潔かつ明瞭に報告しないかッ!」

「ハンナ隊長、控えなさい。――続きを」


 ウォーレンに促され、伝令兵はようやく腹を決めたように背筋を伸ばした。どんなに信じられないような内容でも、見聞きしたことを報告するのが彼の役目なのである。


「件の巨大カラクリを倒したのが誰なのかを尋ねたところ、住民達はみな一様に、二人の人物の特徴を挙げました。一人は黒髪で大剣を背負った青いコートの男、そしてもう一人は……、魔族の少女だったと。二人の名は、グリムとメア。丁度、そこにいる二人と同じ外見をしていたようです」


 押し殺したざわめきが兵士達の中に起きているが、ウォーレンは変わらず冷静に、だが伝令兵の後ろめたさを見抜くように、もう一度問いかけている。


「なるほど。それで、報告はすべてかな?」

「あ……、いえ、あと一つありまして……、村人達から言伝を預かっております。命を救ってくれた魔族の娘に、感謝と謝罪を――」


 魔族に対する感謝と謝罪。

 そんな単語を口にしたくはなかったようで、伝令兵は口元を強張らせているのだが、国王にも同じ報告を伝えてくれというウォーレンの命に対しては、背筋を伸ばして受け取っている。


「陛下への報告は、巨大カラクリに関する内容を優先することだ。魔族以外にも未知の敵が現れたのであれば、早急に策を練る必要が生じるだろう」

「はっ、了解しました。至急、陛下の元へ急ぎます!」


 敬礼をするや、拍車をかけて馬を駆る伝令兵。

 その後ろ姿を見送っていたウォーレンを、遠慮がちに呼ぶ声がした。


「……ウォーレン騎士団長、お主がリングリン村に兵を?」

「メア殿は再三にわたり、村での戦闘について語っておられました。宇宙人などとは、あまりにも突飛で、私もにわかには信じ難い内容でしたが、念の為、部下を調査に向かわせていただけのことです」

「だとしてもじゃ、妾の言葉を信じてくれて感謝する、騎士団長殿」


 そう言ったメアは姿勢をただして、慎ましく頭を垂れていた。こうすることしか思いつかないのだ、湧き上がる感謝を示すためには――


「どうかメア殿、顔を上げてください。これが私の職務であり、それはすべては陛下と民のため。貴女が頭を下げる理由など何一つとしてないのですから」

「妾がしたくてこうしている、願わくば黙して見届けていただきたいのじゃ」

「……そうは言うけどメアよぉ、気を抜くにはまだ早いんじゃねえか?」


 メア達が共有している僅かながらの安堵に反して、グリムは未だに不満と憤りを燻らせたままで、最早あけすけであるその態度は敵対的の一言に尽きるだろう。原因は言うまでもなくレリウス三世への不信感からだが、いっそふてくされた子供とさえ思える彼の言動には、流石のメアも口を出していた。


「グリム、いい加減にせぬか。お主の怒りはもっともじゃし、怒ること自体を否定はすまいが、誰彼構わず感情をぶつけるなど、あまりにも幼稚にすぎるのじゃ」

「俺に言わせりゃ、今さっき約束を反故にしたばかりの相手を信じる方がどうかしてるぜ。俺が狭量なら、そっちは底なしの馬鹿だな」

「やり場のなさが極まったからといって、矛先を妾に向けるのは筋違いじゃ。もう少し大人になったらどうじゃ、大体お主、妾よりも年長じゃろうに」


 睨み合うグリムとメア。

 すると今度はウォーレンが口を挟んできた。一応の負い目があるようで遠慮がちである。


「……グリム殿、差し出がましいようですが流石に口が過ぎるのでは? メア殿は仮にも王女であらせられます、たとえ魔族の姫君であっても敬意は払うべきでしょうに」

「引っ込んでろウォーレン。あんたの事も、俺はまだ頭にきてるんだぜ」

「そうじゃ騎士団長殿、お主が気にすることではない。グリムの無礼は今に始まったことではないし、苛立っておるのも振り上げた拳のぶつけ先を失ったからに過ぎぬのじゃからな」

「うるせえぞ、メア!」

「声を荒げるのは図星ゆえじゃろう?」


 そら見たことか、としたり顔で言われてはバツが悪くなり、グリムは口を真一文字に結んだままで二人から離れていく。近くの岩に背を預けて座ったその姿は、まさしくふて腐れている子供そのものだ。


「ふぅ、やれやれ……――、と、言いたいところじゃが騎士団長」

「何でしょうか?」

「お主の行動に感謝しておるから先に申しておくが、これ以上は妾でもグリムを抑えてはおけぬじゃろう。力で憂さを晴らすなど幼稚で愚かしい行為とは思うが、彼奴の扱われ方を知った今、その憤りを完全に否定することは妾にも出来ぬ。故に止められぬし、止めるつもりもない。王の返答如何(いかん)によっては残念な事態となる、その覚悟だけはしておくことじゃ」

「メア殿。陛下は賢明なお方です」

「ああ、妾もそう信じているのじゃ」


 その声を潜めた返答はどこか祈っているようでさえあり、グリムの方へと歩いていく彼女を見送るウォーレンもまた、神妙な面持ちとなっていた。

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