第48話STAND ~狼煙を上げる刻~ Part.7
レリウス王との交渉は難航するものと、会議室に通される前からメアは覚悟していた。
なにしろ、最初の申し出は悲惨な形で決裂し、その翌日には利用した上でじつにあっさりと掌を返されたのだから、一癖も二癖もある複雑な交渉になるだろうと予想するのも当然である。
……ところが、どうだろう。
いざ蓋を開けてみれば、長机の向こうに座しているレリウス王はまるで人が変わったかのような真剣さで、メアの言葉に耳を傾けており、その様変わりにはむしろメアの方が若干の戸惑いを覚えた程であるが、とはいえ、円滑に交渉が進むことには彼女としても如くはなかった。
やがてメアが、知り得た『
「空からの侵略者、異様な八つ足の機械人形……。幾度聞かされても其方の話ばかりでは信じ難いが、我が兵の報告と合わせると事実なのだろうな、魔族の姫君よ」
「残念ながらすべて事実じゃ。そして付け加えるならば、悪い知らせはまだ残っておる」
「申してみよ」
「一つは、あの機械人形は『
「魔族の姫君と一騎当千と評される『授かりし者』、これが二人がかりで辛勝した兵器がいくつもあると? 空中要塞というのも深刻な脅威となり得ることは理解出来たが、敵勢についての詳細は不明なのかね」
「その点について、妾から仔細語ることは難しい。しかし、語れる人物ならば直に参るのじゃ」
そう言って背後の扉へと、メアが肩越しの視線を向ければ、その扉の向こうからは、威勢の良い男のがなり声といくつもの足音が届き始めていた。言い争うその声達は、徐々に確実に近づいてきて、やがて扉の目で止まったかと思うと、代わりに扉を蹴り開ける快音が会議室に響くこととなる。
「よお、メア、待たせたか?」
レリウス三世によって下がらされた兵士達を尻目に、グリムは粗野な足取りでメアに声をかけ、そのまま長机に尻を乗せる。国王の御前だろうと知ったこっちゃない、彼は彼のままに振る舞うことに決めたようだ。
「魔物達は生き残りのなかにいた仕切れそうな奴に任せてある。武装解除させた上で騎士団が監視してるが、お前の命令を魔物たちが守ってる限りは手を出さねえ筈だ」
「登場のタイミングとしては完璧じゃし、同胞の世話を焼いてくれたことにも感謝するが、方法と作法は目に余るぞ。わだかまりがあろうとも王の御前、そこは弁えるのじゃ」
「俺にとっての王は俺自身だ、もう縛らせやしねえ。今更礼儀正しくしたところで、死罪喰らってることに変わりはねえしな。そんなことより、お前に会いたがってる奴がいるぜ」
「妾に?」
――と、疑問を口にするよりも先に、小さくて黄色い声がする。
そこにいたのは……、いやそこに浮いていたのは翡翠色した小人である。
「おぉ、テューレではないか! 姿が見えぬから心配していたのじゃぞ!」
「私も、メアの無事な姿が見れて嬉しいです!」
「これまで何処におったのじゃ」
「そうです、そうです、聞いてくださいよ、メア。グリムったら酷いんですよ、危ない所を助けてあげたのに、魔力が尽きて動けなくなった私の事を、屋根の上にほったらかしにして行っちゃったんですから!」
「テューレ、だから何度も謝ったろ。ハンナには仲間がいることもバレてたし、あの状況じゃあ気にかけた方が危険だったんだよ。ちゃんと拾いに行ったんだからいいじゃねえか」
グリムがウォーレンから受け取った精霊水の一本はテューレに使われ、くすんでいた彼女の身体は、すっかり翡翠色の輝きを取り戻していた。魔力切れが原因でくすんでいるならば精霊水が利くのではないかという、安直な発想からグリムは試してみたのだが、何事もやってみるものである。
それはさておき……
レリウス王の傍らに立つウォーレンからの視線に気付いたメアが、咳払いで気を取り直して彼女を紹介した。
「では改めて、妾の友人を紹介させてもらうのじゃ。この小さき友人の名はテューレという、そして驚くなかれ、彼女も空の向こうからの来訪者じゃ」
「…………ほう、それは興味深いことだ」
緊張か、警戒か。
レリウス王は眉間に皺を一本増やしながらテューレを傍へと呼び寄せると、机の上に跪いた彼女に向けて問いかけた。
「其方が、宇宙人というのは
「――まず最初に陛下、お目にかかれて光栄です」
テューレは顔を伏したまま挨拶を口にして続ける。
「しかし、誠に申し訳ありませんが、私の出自につきましては証明することが不可能なのです。私が遙かなる惑星よりやってきた証拠は、すでに失われておりますので、ただただ私と、メアの言葉を信じていただくほかありません」
「またもや、か……」
レリウス王が呟くのも無理のないことだった。なにしろこの数日、まるで怠惰な物乞いの如く、証拠なく信じろと聞かされて続けているのだから、いい加減嫌気が差していることだろう。
とはいえ、すんなり信じるわけにも、はね付ける訳にもいかず、彼は控えているウォーレンに意見を求めた。
「騎士団長、貴殿はこの
「陛下の仰る妖精でしたら、私も幾度か目撃した経験がありますが、彼等は羽を得た小人と呼ぶに相応しく、その容姿は大きさこそ違えど人間によく似ております。その点を考慮しますと、鉱石か、スライムを彷彿とさせるテューレ殿の姿は妖精として異質に過ぎ、宇宙人というのもあながちあり得ぬ話ではないかと存じます」
「なるほど。――では、翡翠の小人よ。答えてもらおうか、この星を襲っているという宇宙人は貴様の仲間なのか?」
「違います! 断じてッ!」
小さな身体にそぐわない激情で、テューレは部屋の空気を一気に震わせ、直後、申し訳なさそうに頭を垂れた。
そんな恥じらう彼女に変わって、言葉を次いだのはメアである。
「……テューレの故郷は、すでに亡い。
「私は……、灼かれていくばかりの故郷に背を向けて逃げ出した臆病者です。身体は御覧のように小さく、戦う力もありません。ですが王様、私は奴等の暴虐をなんとしてでも止めたいのです。私には人間と魔族の間にある確執の深さをうかがい知ることしか出来ません。しかしどうか、メア様のお話に耳を傾けてはいただけませんか。【星渡りの蝗】はまだ海の向こうに居るのみですが、欲を満たすべくいずれ必ず侵攻してきます。そうなってからは手遅れなのです、そうなってからでは滅ぶのです!」
机の上に跪きながら訴える、異形の小人。
その宝石をはめ込んだような不思議な瞳を睨め下ろしていたレリウス王は、髭を撫でてから慎重に口を開く。テューレがこの星の者でないことも、そして【星渡りの蝗】なる存在が脅威であることも理解はしたのだ。しかしそうなると気がかりなのは、敵の戦力が如何ほどなのかという点になる。
その質問は、被害に遭っているテューレに投げかけられるのが当然であるが、質問に応じたのは……、いや口を挟んだのはメアであった。
「テューレの話を聞くのも確かによい考えじゃがレリウス三世よ、もう一つ方法があるのじゃ」
「面白い、申してみよ。魔族の姫君よ」
「『百聞は一見にしかず』とあるが、これは人間の諺じゃろう? テューレの話を聞くよりも、自らの目で見た方が理解も早い。なにより、テューレと我らでは持ちうる知識に差があるために、事態の想像さえ難しいのじゃ」
知らない言葉、知らない知識、知らない常識を元にした話をされても、到底理解など出来はしない。ましてや未知の知識を埋めるための想像など、空気を握るよりも困難といえるだろう。
「――であれば、魔族の姫君よ。妙案があるのだろうな」
「無論。その為に、妾はグリムを待っておったのじゃ」
「ぁあ? 俺ッ?」
ふてぶてしく机に尻をのせていたグリムが頓狂な声を上げた。まさかこのタイミングで自分に水が向くなんて思ってもいなかったのである。
「いやいやメア、俺に何しろってんだよ。水晶に記憶でも映せってのか? 先に言っとくけど、そんな芸当、俺には出来ねえぞ」
「心配無用じゃ、記憶を映す作業は妾が行うからのう」
にこやかに口にするメアからは、確かな自信が覗いているがしかし、グリムの眉根には深い皺が浮き出ていた。これまで目にしてきたメアの魔法はどれもこれも攻撃向きで、補助や回復の類いは一切見ていない。唯一の例外は変身魔法くらいのものであるから、彼が不安になるのも当然と言えば当然であった。
「……同じ記憶を覗くにしてもよぉ、俺よりかテューレの方が向きじゃねえのか。あいつの方がよっぽど詳しいし、解説も出来る」
「いえ、それがダメだったんですよ、グリム。私も力になりたかったのですけれど」
申し訳なさそうに長机の向こうに居るテューレが謝ると、その言葉をメアが継いだ。
「リングリン村からの道中、お主が寝ている間に一度試したのじゃ。しかし、我らとテューレとでは、種の違いが大きすぎるためか、記憶を覗くことは叶わなかった。故に、お主の協力が必要なのじゃ。それともグリムよ、お主ともあろう者が
最後の一言だけは、明らかな挑発が込められている。とはいえそれは、煽り立てると言うよりもむしろ鼓舞に近く、メアはグリムにだけ聞こえるように声を潜めた。
「案ずるなグリム、記憶を覗くといっても危険は及ばぬ。それに記憶を映すのは妾じゃが、主導権はあくまでもお主にある、勝手に記憶を遡ったりはせぬよ。記憶とは、その者を為す大切な宝であり、またそこには誇りも秘密もある。故にお主が気味悪く思うのもよく分かるが、ここは協力してもらいたいのじゃ」
恥じるようにメアに向けて、グリムは「そうだな」と無機質に呟く。
大切な思い出や、隠し通したい秘密。それらが収められた記憶という名の金庫を不作法に開ける魔法は、野盗による収奪にも等しく、忌み嫌われても仕方がないとメアも理解はしていた。
だが、直後にメアは驚きに目を見開く事になる。グリムから、観念したような大きな溜息が漏れていた。
「はぁ~。……それで? 俺はどうすればいいんだ?」
「え、よいのかグリム……、何も訊かなくても……」
「何を訊いたところで、現状じゃ俺の記憶しか証拠がねえんだから同じだろ。言いたいことがあるなら後で聞いてやるから、ちゃっちゃっとやってくれ」
「う、うむッ!」
メアは気を取り直して勢いよく立ち上がったが、テーブルに腰掛けているグリムを見上げて彼女は少し考えた。
「グリムよ、そこから降りてしゃがんでもらえぬか? そのままでは、お主の頭に手が届かぬ」
「はいはい、分かりましたよ、王女様」
面倒くさそうに応じた彼は一応テーブルから下りはした。だが直後にしゃがみ込むのをやめて、メアが先程まで座っていた椅子に腰を下ろす。
頭に手が届きさえすれば良いのだから、なにも床にしゃがんでやる必要はないのである。
「それから?」
「目を瞑り、集中するのじゃ。順序立てて思い出せばよい、あとは妾に任せるのじゃ」
さながら瞑想するように瞼を閉じたグリムの頭に手を置くと、メアはもう片方の手に牛一頭を包めるほどの蒼炎を灯す。揺れる焔に映し出されているのは、勇者アレックスに戦士ウォード、この部屋の誰もが知る『授かりし者』たちの顔である。
皆がその映像に釘付けになっていると、メアの荘厳な声が室内に響いた。
「では、始めよう。――グリムよ、お主達は龍の背に乗って魔王城に乗り込んだのじゃったな」
「あぁ、そうだ」
――――
――――……
――――…………
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