第43話STAND ~狼煙を上げる刻~ Part.2
「にしても下手うったもんだな、メア。地べたにスッ転んでるようじゃ魔王女の威厳も半減だ。魔力制御ド下手のくせに、生意気に手加減なんかするからそうなるんだよ」
「や、喧しい! 何をしに来たのじゃ⁈」
差し伸べられた手を握るよりも先にメアが取った行動は、グリムを問いただすことであった。本当は手を掴みたかったのにまず口が動いてしまったのは、喜びを悟られまいとする照れ隠しからだったが、もう一つ別の理由もある。
「手助けなど不要じゃ。これは妾の戦い、妾の力を示すための戦いなのじゃ。お主の助力を得てしまっては、ハラガとその配下に力を示したことにならぬではないか!」
「元気があるなら自力で立てるな。そしたらこいつを飲んどけ」
グリムは意固地なメアから手を引いて、代わりに液体の入った小瓶を彼女に投げ渡した。
「む、なんじゃこれは?」
「精霊水。飲めば魔力が回復する」
「いや……だから妾の話を聞いていなかったのか? 助けは不要だと言っておるじゃろう!」
「助けに来たわけじゃねえさ、お前こそ俺が言ったこと忘れてるだろ? 自惚れるなって言ったよな、確か。お前が単独で戦うことに拘る理由があるのは分かってる。でも同じように、俺にも戦わなくちゃならねえワケってのがあるんだよ」
大剣を担ぎながら敵陣を臨むグリムの後ろ姿。メアはその背に理由を尋ねたかったが、ハラガの豚声が遠くから割って入ってきた。
「ブヒィーッ! なんなんだお前は⁈ 邪魔するなブヒぃッ!」
「邪魔はテメェだ豚野郎、いまこっちで話してんだよ!」
「その雌は俺様の物ブヒィ! 魔王の血を引いたガキを孕ませて最強のハラガ軍団をつくるブヒ、横取りなんてさせねぇブヒよォ!」
「それが魔族の口説き文句か? ひでぇ文句はイヤって程聞いてきたが、こいつは抜群の下衆者って感じだ。――なぁメアよ、魔族は誇りたかいんじゃなかったのか?」
「誇り高き魔王軍とは過去の存在と成果てた。かつての矜恃を継いでいるのは、ごく少数の魔族だけ、何とも嘆かわしいことじゃがのう」
「生意気な奴等ブヒ! 野郎共、城攻めは後回しにてまずはこいつらを囲むブヒぃッ!」
「それでも、見た目の割に頭は回るか」
そう挑発するグリムの後ろで、メアはゆっくりと立ち上がると膝に付いた草を払い、改めて彼に問いかける。助けに来たのでないのならば、一体そこにはどんな理由があるのかを。
「グリムよ、答えてもらいたいのじゃ。返答次第によっては、やはりお主には手を引いてもらうことになるやもしれぬからのう」
「別に、お前の許可はいらねえんだけどな……」
なんてグリムは不服そうに呟いたが、彼女の問いには素直に応じた。別段赦しはいらないが、この場に出向いた理由には、少なからずメアが関わっているのである。
「ダチを見捨てて壁ン中に引きこもってたなんて知れたら、ウォードやアレックス合わせる顔がねえし、それに……、女の子ひとりに街を守らせるなんて、
メアは、目を丸くしてグリムの横顔を見つめていたが、すぐに彼女の口元には僅かばかりの笑みが浮かぶ。それは敬意を込めているようで、また同時に喜びも湛えていた。
「そうか……、
「焚付けたのはお前だ、邪魔するなんて言うなよな」
「分かっているのじゃ二度と言わぬ。この場が沽券に関わっているのは妾も同じなのじゃから」
完成しつつある魔王軍による包囲。
その中心にありながら、メアは悠長にも精霊水を飲み干していく。普通ならば囲まれることは不利にしかならず、まず囲いが閉じる前に脱出するのが得策なのだが、二人は敢えてその場に留まり、機が満ちるのを待っていた。
そうでなくては意味が薄いのだ。
メアが力を同胞に示し、彼等を配下とするためには
グリムが覚悟を示すため、危険を負っても戦うためには
それぞれの矜恃と意地は、ある種くだらないものとも呼べるが、それらは存外に寄る辺となって人に力を与えるのである。事実メアはこれまで以上に闘志を漲らせ、僅かに回復しただけの魔力とは思えないほど、彼女が両手に焚いた蒼炎は煌々と燃えさかっていた。だがしかし、いっそ気持ちがいいくらいに力強く背中を打たれて、彼女の集中は乱されることになる。
バチンと響いたその打音は、きっと包囲の外側にまで聞こえただろう。背中の痛みにもだえながらも、彼女は叩いたグリムに向かって怒鳴っていた。
「イッッタァいではないか⁈ グリム貴様、なにをするんじゃッ!」
「心臓に魔力ぶち込まれた礼をしておこうと思ってな、忘れる前に」
「何故いまじゃ⁈ 事が済んでからでいいじゃろうが!」
牙を剥いて喚く彼女に、だがグリムは悪びれもせずに笑うだけである。何事も過ぎたるが及ばざるがごとし、集中していればしているだけいいというものでもない。
「……気張りすぎだ、少し緩めろ。普通にやれば勝てる相手も、気負いすぎてりゃ喰われるぞ。落ち着けメア、お前なら大丈夫だからよ」
「むぅ……。だ、だとしても他にやり方があるじゃろう、このたわけめッ!」
怒鳴ったメアはふくれ面のままグリムに背中を向けて構えをとるが、誠に業腹ながら、かわかわれた効果を自覚していた。先程よりも視野が広がり、焚きなおした蒼炎にも安定感があるともなれば、これはもうグリムのおかげとしかいいようがない。
とはいえ、グリムの方は彼女の心持ちなど何処吹く風で、話題を次に進めている。彼もまた、周囲の魔物達を観察しながら口を開く。
すでに包囲は完成していた。
「メア、一応断っとくが殺す気でやるぜ、それでいいな?」
「魔族の
「そうかい、なら遠慮はいらねえな」
グリムはやはり不敵に笑い
メアは僅かに目を伏せる
すると遠く包囲の外側で
ハラガが腕を振り下ろした
「殺っちまうブヒィッ!」
豚声の号令と同時に獣魔共が
剥かれる爪に、牙に鉈。魔物達はひたすら本能の赴くまま、二人の血肉を浴びるべく遮二無二包囲の内側に向けて突撃していくばかりである。その圧力は、およそ人間であれば、それだけで挽肉にしてしまう程に強烈なものであったが、魔物達は、自分たちが相手にしている者が、人間の範疇からも、また並の魔族の範疇からも逸脱してい存在だということを認識してはいなかった。
メアは初撃をひらりと
上空からの獄炎でもって敵を灼き
そうして焦げた草原にしなやかな足取りで着地した
「いくばくか魔力が戻ったおかげで加減が難しくなったのじゃ。つまり我が同胞(はらから)よ、これまで通りとはいかぬことを覚悟して向かってくるがよい」
かたやグリムは魔物の群れへと進んで切り込み
一番の大物である巨大熊を袈裟懸けに屠り去っている
このグリムの一撃は恐れ知らずの魔物達にも恐怖を抱かせる一刀であり、彼は二の足を踏んでいる魔物達に向かって、これ幸いとばかりに落ち着いた声で言うのである。
「運が悪かったんだよ、お前らは」
一見すると平静と見紛うような殺気。
声音は静かで、グリムの眼光は寒気がするほど邪気がないが、容赦という言葉が如何に無意味かをその眼差しは語っている。
「メアの顔を立てて一度だけ警告してやるが、あいつに賛成ならその場に伏せてろ、立ってる奴は戦闘の意思ありってことで斬る。俺は王女様ほど優しかねえからな、死にてぇ奴だけかかってこいや」
それは威嚇するでもなく、かといって脅迫するでもなく、冷静に事実だけを見据えて紡ぎ出された予言とでも呼ぶべき言葉であった。そう、グリムには高圧的な態度も、血気盛んな大声も不要なのだ。誰しもが使いたがる強気な大口に頼らずとも、ただその身に担いでいる剣を以て示すだけでいいのだから。
グリムはきっと告げたとおりに戦って、予言通りの戦果を上げるだろう。
それはつまり、魔王軍に相当の損害を与えることを示し、前線の魔物達にはそのまま死の可能性が付きまとうことを意味していた。だがしかし、一人に人間に対して魔物達は千を越える軍勢でもって囲んでいるのだ、となれば奴等が怖じけるなどあり得なかった。
最初に飛びかかったのはグリムの近くにいた、一〇体ほどの魔物達である。示し合わせたわけではないが、彼等はなにかにせっつかれたように同時に仕掛け、そして同時に胴を割られ、その断末魔を皮切りに、四方八方で血煙が舞い上がりはじめていた。
暴れ回っているのは無論、大剣を担いだグリムである。
場は完全に彼の独壇場となっており、迫るものは斬り伏せて、怖じけた者もまた同様にした。まさに宣言したとおりに、立っているものはすべからく斬るのみで、慈悲も容赦も用なしと言った具合である。
とはいえ、包囲下での乱戦ともなればどうしたって無傷とはいかず、
だが、驚いたのはグリムよりも、むしろ魔物の方だっただろう。
グリムは『授かりし者』として天より授かった頑丈な身体を存分に活かして、食付かれた左腕を、おもむろに魔物の喉奥にまで突っ込んだのである。口内どころか気管にまで拳を押し込まれれば、魔物であっても思わず
それは生き物である以上、身体が示す防御反応だから防ぎようがないもので、そうして牙が緩んだとみるや、グリムは腕を抜きざまに魔物の舌を引き千切った。
もだえる魔物の断末魔
そしてそれは十重二十重の囲いの向こう
蒼炎の根元でも上がっているようだった
すっかり囲い込まれてしまった以上近接戦は必死で、もはや距離を取ることを諦めたメアはせめてもの備えとして両手に獄炎を纏わせている。それはさしずめ燃える手甲といった装いであり、しかしその性能は並の手甲とは比べものにならなかった。
すべてを灰に帰す獄炎を纏うことはつまり、矛を盾として扱うのと同義で、メアの両手はまさしく攻防一体を成していた。爪も牙も、斧であろうとも彼女の手が触れれば瞬間に燃え堕ち、或いは溶けおちていくばかりである。
メアが獄炎を纏っている限り、彼女の両手がすべてを防ぎ燃やすだろう。だが、そこまで分かっていながらも魔物たちが攻め続けるのは、両手にさえ触れなければ倒せるという、攻め手を見いだしているからである。
彼女は確かに頑丈で、一発二発くらいの打撃ならば耐えるだろうが、所詮は後衛よりの華奢な肉体だ。腹か頭に一撃はいれば動きが止まり、あとはそのまま押し切れる。だから魔物達は、誰とも知れずそう考えて、ひたすらに攻め続けているのだ。
しかし、その一撃があたらない。
そう奇妙なくらいにあたらなかった。
メアは両手に獄炎を纏わせているが、その焔を攻撃に用いることはせず防御に徹する。かと思えば間隙を縫って飛び上がっては、中空から放つ獄炎でもって地上の魔物を灼いていた。
そのスタイルは堪え忍んでから一撃にかける、謂うならば巨人が用いるような戦法である。
ただし巨人と異なるのは、彼女の場合攻撃を耐えるのではなく躱し続けている点だろう。
明確な攻防の切り替え、それが未熟なメアの戦いを支えていた。
守りを九、攻めに一。いっそ極端ともとれる攻防の比重であるが、一度の機会に十二分の力を注いで攻めてやれば、決して無理な戦いとも思えなくなってくるのだ。
振り下ろされる棍棒を躱し、オークの肩を踏み台にしたメアが幾度目かの飛翔
蒼く燃える両掌で定める目標は下方という大雑把なものである
「《拡散する
呪文と共に放たれた蒼の火球が地面に触れるなり――まるで大きな水滴が弾けるように――飛び散れば、大小混ざった獄炎の火の粉が触れた者を容赦なく灼いていく。それは完全に無差別の魔法であり、敵陣で孤立していなければ使えないという、かなり扱いにくい魔法だが、それ故に現状において最適な一手であったといえる。
なにしろ前後左右、どこを見ても敵なのだ。
この場におけるメアの友軍といえば、どこかで戦っているグリムだけで、上着と武器を朱に染めた彼もまた、味方が少ないという不利な状況を逆手にとった一撃を繰り出そうとしているところだった。
グリムの剣技、とくに一撃の威力を求める技を放つ場合は、必ずと言っていいほど地面の負荷を利用している。敢えて地中に刃を食い込ませることによって、解き放たれた際の剣速と威力を増加させ、人間としての非力を補うことがその目的であるが、当然、剣先で地面を抉る分だけ予備動作も隙も大きくなる。
露骨すぎる踏み込みや振りかぶりは、敵に攻撃すると知らせているようなもので、わざわざ合図を出している攻撃になど誰も当たりはしないのが必然。そしてその知らせを受けたとなれば、妨害を仕掛けるのもまた自明である。
蒼炎の柱に背を向けて腰を深く落としたグリム、その予備動作を見て数匹の魔物が彼に飛びかかった。どれほど強力な技を持っていようとも打たせなければいいだけのことで、そういう意味では魔物達の判断はきっと正しかった。ただ一つ彼等に誤算があったとすれば、グリムが大振りの一撃、その予備動作を囮として使ったことであろう。
見事、罠に嵌った魔物に向けて、グリムの口角がニタリと上がる。
「
重心を沈めたグリムが鋒を地面に向けることなく真一文字に剣を振り抜けば、そうして奔った剣の軌道、その先にいた魔物たちの動きがはたと止まった。
まるで魔物達の時間が止まってしまったような、かなり奇妙な光景であるが、数瞬前とことなる点がもう一つある。
それは、グリムの大剣であった。
振り抜かれる直前までは、確かに黒銀の刀身は血に塗れ、ぬらぬらと異様な輝きを放っていたはずなのに、今こうして残心の中にある大剣は戦闘中とは思えぬほど艶やかな表情を浮かばせている。
では、纏っていた返り血は何処に消えてしまったのか?
その行方を知っているのは、すっかり動かなくなってしまった三〇〇を超える魔物達だが、彼等が口を開くことは未来永劫あり得ない。グリムが魔力を込めて振った大剣、その鋒から糸状の刃として放たれた魔物の血によって、身体を横に両断されているのだから――
「……だから言ったろ、俺はメアほど優しくねえって」
重力に敗れ、倒れ伏していく魔物だった肉塊たち。グリムは血の雨が降りしきる中から、運良く難を逃れた魔物たちに向けて
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