第14話BLUE ON BLUE ~敵対行動~ Part.2

 そよぐ風


 擦れる木の葉達


 どこかで鳥が鳴いていた


 でも二人の間に会話はなくて、なんだか少し気まずそうである。ある意味、これまでは嫌悪や憎しみといった感情が静かに二人の間を取り持っていたのだが、その間に挟まっていた繋がりが、今朝を境にまるっきり別方向に変わってしまっているのに、彼等はようやく気が付いたのである。最初の出会いが悪かっただけに、なんというか、こういうふとした瞬間に交わす雑談が非常にやりづらく、とにかく二人とも居心地が悪そうだった。


 それでも幸いだったのは、一応、共通の話題が存在していること。しばらくの沈黙に耐えられなくなったのか、メアは尋ねていた。


「……時にグリムよ、我らの居場所がどこか判ったのか?」

「国名が判ったからな、大体の位置なら」

「重畳じゃ、妾にも教えてもらえぬか」

「ああ、構わねえよ。えっと、そうだな――」


 グリムはその辺に落ちていた枝を拾って、地面に世界地図……らしきものを描いていく。

 縮尺も細部も適当なので、とりあえずは海を挟んだ東西に大きな大陸があるとだけ思ってもらえればいい。


これが黒の大陸で、魔王城は……この辺か?」

「うむ、大陸の中央部より僅かに北側じゃ、大まかな位置はあっているぞ。これを世界地図と呼べるのであればじゃが」

「うるせぇな。世界地図なんかそうそう眺めるもんでもねえだろ。とにかくだ、俺たちは魔王城からレイラインに乗って――」


 木の枝が魔王城に突き立てられ、そのまま西へと線を引く。歪んだ曲線が結んだ先は、西にある大陸、その北部にある大きな島だった。


「――この島に飛ばされた。確か、アルトリア島って名前だったはずだ」

「世界中を旅していたのじゃろう? お主は立ち寄ったことがあるのか」

「いいや、この島には寄らなかった。とくに用事もなかったしな」

「つまり伝手はないわけじゃな、ううむ……」

「なんとかなる。これでも一応、勇者のパーティにいたんだ。うまく運べば王との謁見も叶う」

「……お主から、始めて楽観的な意見を聞いた気がするのじゃ」

「腹を括っただけだ、やるしかねえんだろ?」


 どんな手段を用いても、魔王城での出来事を伝える使命が彼等にはあったし、そうと決めたのであれば悲観的に構えるよりも少し気を抜いたほうが上手くいく。何事も適度ってのが物事を運ぶ時のポイントで、そういう意味ではメアの方が彼よりも一枚上手だった。


 なによりも切り替えがうまい。


 グリムとは対照的に気の抜き方を得た彼女は、微笑みを返してから瞼を閉じる。そのまま身も心も自然に任せてしまえば、身体は勝手に休まるのだ。

 しばらくしてから目を開けたメアの気力はすっかり充満していて、元気よく腰を上げるなりグリムに向かって言い放つ。


「今度は妾が薪を割るのじゃ。グリムよ、お主には荷積みを任せるぞ」

「……それはいいけどよ。積み込みで息上がってた癖に、薪割りなんか出来るのか?」


 訝しむグリム。

 体力的に考えれば薪割りの方が疲れるので当然なのだが、メアは自信ありげに胸をそびやかすと、周辺をざっと見回した。


 かと思えば、納得したように指を弾いて変化を解いたのである。


「うむ、この姿であれば仔細無いのじゃ」

「お前なぁ……、気軽に変化解くんじゃねえよ。誰が見てるか知れねぇんだぞ」

「平気じゃよ。我ら以外の気配がないことは、お主だって承知しておるじゃろうが」


 メアが指摘した通り、周囲への警戒はグリムも抜け目なく行っていたから、無人であることは確実、なので彼は大人しく指示に従うことにするが、やはり不安は残っていた。


「力仕事したことあるのか?」

「フフン、女の細腕と侮るでないぞ、お主たち人間とは身体の造りからして異なるのじゃからな。グリムに出来ることならば、妾にも出来るに決まっておるじゃろ」

「……そこまで言うなら任せるか。魔王女様のお手並み拝見させてもらいましょう」

「うむ、刮目するがよいのじゃ!」


 実際には、グリムは自分の作業に付くことになるので、刮目どころか流し見程度になるのだが、まぁそこは大した問題にはならない。むしろグリムが気になっているのは、どうやって薪を割るのかだ。元々、自分の大剣を使って薪を作る気でいたグリムは、手斧などの道具を一切借りてこなかったのである。


 そうなればメアは当然借りるしかないが、剣士から剣を借りるというのは、中々に巫山戯た行為だ。流石の彼女もそれくらいは察しているらしく、伺う口調は慎重だったが――


「ついてはグリムよ、お主の大剣を借りたいのじゃが……」

「あぁ、構わねえよ。好きに使え」  

「のじゃッ⁈ よいのか、そんなにアッサリ渡して⁈」


 あまりの気軽さに、むしろメアが驚いたくらいだった。


「良いも悪いも、他に道具ねえんだから仕方ねえだろ」

「いや、そうじゃけど……。こ、これまでお主が命を預けてきた大剣じゃろ! 剣士にとっての武器とは誇りそのものではないのか⁈」

「大丈夫だ、思い入れもあるし大事な剣だが頑丈だ。下手に振っても痛みやしねえよ」


 メアが気にしていたのは、剣が痛むとかそういうことではないのだが、あまりにもグリムがアッケラカンとしているから、彼女は言葉を継ぎ損ねていた。


 そして、彼女が二の句を探している間に、グリムはさっさと荷積み作業を始めている。

 どうせ村まで運んだら荷台から降ろすのだ、ならば積み込みの段階で時間をかけるだけ無駄である。そう考えたグリムの作業は異様に早く、荷台に載せるというより次々に投げ込んでいるも同義、手際の良さの代わりに失った丁寧さは、先にメアが積んだ薪と比べれば一目瞭然であった。


 ただし、精度が低いのには一応の理由がある。

 グリムが向けている意識の半分は、大剣に手をかけているメアに注がれていた。

 地面に突き立てられた大剣を抜くだけでも四苦八苦、しかもようやく抜けたと思ったら、その重さのあまりメアは驚きの声を上げている。


「の、のじゃぁ……⁈ なんという重量じゃ、じゃがこれしきのことでぇ……!」


 と、踏ん張ったメアはなんとか構えてみせたが、すぐに見かねたグリムが止めに入った。

 場数を踏んだ戦士は、相手の構えを見ただけでおおよその強さを直感で測れるようになり、彼もまたその域には達している。そんなグリムの測りで言わせてもらえば、メアの剣術は控えめに言って素人同然、言葉を選ばなければ、剣をまともに持った事さえ無いド素人。


 重心、握り、構え


 どれを取っても褒められる点が一切無い、見事なド素人である。努力を認めるとするならば、よくぞあの大剣を持ち上げたって所が精々だ。まぁ持ち上げられはしたが、腕も脚もプルッてるので、かなりギリギリなんだろう。


「……流石に魔族でも重てえか」

「ぅむ、手出し無用はじゃぞ。こちらは妾に任せて、お主は荷積みを続けると良いのじゃ」

「もう終わった。それに、危なっかしくて見てられねえよ」


 嘗めるでない、とメアは息巻いているが、ちょっと力を込めただけで剣の重さに振り回されているようでは説得力は無い。


「お主が【授かりし者ギフト】とはいえ、よくこの大剣を振り回せるものじゃな。およそ人間が振れる重量ではないぞ、一体なにで出来ておるのじゃ……」

「黒ミスリルだ。ミスリルと何かを混ぜた金属とかで、詳しくは知らねえ」


 グリムにとって大事なのは材料ではなく、その剣に何が出来るか・・・・・・

 それはつまり重量であり、頑丈さであり、魔法への耐性、または伝導性。そういった必要となる要素から考えていくと、最後には、使えるか否かの二択に落ち着くので、持ち主である彼自身、頓着していていなかったのだ。


「鋼よりは軽くて、オリハルコンよりは重い。魔法を受けるも貯めるも自在、特徴としてはそんなトコだな。あぁ、あとよく切れる」

「……鋼より軽いと言ってもこの重さじゃぞ? 魔族である妾でさえ、持ち上げるのに苦労するというのに、よくも自在に振れたものじゃ」

「自力じゃ俺だって無理さ、仕掛けがあるんだよ」


 そう嘯いたグリムが刀身に振れ、そして同時に起きた変化はメアを驚かせるのに充分だった。

 彼女の細腕に掛かっていた重量が、嘘のように消えていた。感じる重さは、精々木の棒程度と言ったところか。


「のじゃぁ⁈ なんじゃ、なんじゃ⁈ 途端に軽くなったぞ! お主、何をしたのじゃ⁈」

「なぁに、タネを明かせば簡単だ。刀身に埋め込んである魔法石があるだろ、そいつで剣の重さを弄ってるのさ。どんなにスゲェ剣でも、振れなきゃなまくら以下だからな」

「……そのような仕掛けがあるのなら、教えてくれても良かったのではないか?」

「自信あり気だったから余計な世話かと思ってよ。それに教えたトコでコツがいるから、俺以外に重量弄れねえんだよ」


 説明されてもメアはしばらく不服そうにしていたが、やがて気持ちを切り替えたのか立木に向かって剣を構えた。ただし、重量が軽くなっても彼女の練度が上がったわけではないので、相も変わらずド素人の構えである。


「つぅかメアよぉ、薪を割るんじゃなかったのか? 材なら俺が切ったやつ使えば良いだろ」

「妾だって立木を切れるのじゃぞ? どうもお主には侮られているような気がしてならんし、ここは一つ小手調べじゃ」

「しくじったら村まで薪運べよ、あと二往復はしなくちゃならねえんだ。分かってるか知らねえけど、お前、さっきからロクに働いてねえんだぞ」

「ふん、抜かしておるがいい! お主こそ、魔王女の力に驚くでないのじゃッ!」


 勢いはある。しかし、力任せに立木を切り倒すには相当な怪力が必要だ。それこそ片手で大岩を持ち上げるくらいの怪力でなければ不可能で、大剣一本の重さに四苦八苦していたメアに、力任せというのは幻想も同じ。


 となれば技を以て切ることになるが、いくら魔族でもド素人構えの奴に扱えるほど、剣というのは温くない。しかも彼女が選んだ木の太さからして、いっそ人間を斬り殺すよりも高い熟練が求めれる一太刀だった。

 ……そうしてメアが振り下ろした大剣がどういった結果をもたらしたのかは、あえて詳細を省く。結論だけを言えばその数分後、メアは変化した姿でもって馬車の御者席に座っていた。


「何故なのじゃ⁈」

「何故もクソも失敗したからだろうが。見ろよ、あのザマ」


 グリムが指さす大剣は、立木に食い込んだまま中途半端に放置されている。魔法石の効果で重量を軽くしたので重さを利用する事が出来ずに威力不足、さらにメアの技術不足も相まって、ものの見事に切り損ねていた。

 とはいえそこそこ深く食い込んでいるので、簡単には抜けそうにもない。メアが何度か引き抜こうとしたが、そのままってことは、まぁそういうことである。


「く、屈辱じゃ……。妾の力が、樹木如きに通じぬなど」

「荷下ろししたら戻ってこいよ。追加の薪、用意しとくから」

「……剣はどうするのじゃ? 現状をつくった妾が言うのもなんじゃが、あれは抜けぬじゃろ」

「なんとかするさ。お前は自分の仕事をしろ」


 グリムの命令口調に、メアは何か言いたそうに口を開いたが、元の正せば自分が蒔いた種であることは明白なので、そのまま呑み込んで馬車を動かした。


 ガタゴトと小気味よい音を立てながら、薪を積んだ馬車が遠ざかっていき、その姿が木陰に消えていくのを見送ったグリムは、身体を伸ばしながら大剣の傍に立ったのだった。

 刃のほとんどは、幹に食い込んでしまっている。これでは切るのも抜くのも難儀するが、かといって放置するわけにもいかないのだ。


 深呼吸が一つ

 軽く胸を二回叩くと

 重心を深く落としてグリップを握る


 すると、こみ上げてきた感情に、グリムは小さく笑っていた。


「懐かしいな……。ウォードの奴に、こうして斬り方、教えられたっけ」


 荒々しい戦士だったが面倒見がよく、ろくすっぽ剣を握ったことがなかったグリムを鍛えたのも彼である。ウォードと出会っていなければ、グリムはとっくの昔に死んでいただろう。


 ……だからだろうか、死んでしまった師の言葉が、今更ながらに思い出される。


『こンのバカヤロウ、何度言ったら分かるんだ! 『授かりし者ギフト』ってことに甘えてんじゃねえ! 剣ってのは腕力じゃなくて、全身の回転を使って振れっていつも言ってんだろうが、硬い奴を斬るとなったら尚更だ! 足の爪から始まって、サボらずに全部の関節使って鋒まで力を伝えンだよ! そうすりゃあ――』


「――――フッ!」


 教えを忠実に守り、満身の力でグリムが剣を振り抜けば、横凪ぎにされた立木が斜めにズレて倒れていく。ただし、彼はそのまま倒れるのを見守りはしなかった。


 切り抜けた方向にステップ


 そこから上体を深く沈め


 倒れ行く立木に向かって構え直すと同時


 猛然とした勢いで切り上げる


地奔一閃ちばしりいっせん昇龍五爪しょうりゅうごそうッ!」


 地面を抉る鋒が抜き放たれる際の斬檄速度に乗せて、魔力の刃で敵を切り裂く大技は、見事に立木を三つに断ち割ってみせた。


 だが、これだけでも並の人間はおろか、魔物や魔族でさえも容易には為し得ない技であるにもかかわらず、倒れた木々を眺めるグリムは渋面だった。それは本人にしか分からぬ不完全さで、彼は実に不服そうにその断面をなぞると、深い溜息をついたのだった。

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