第13話BLUE ON BLUE ~敵対行動~

  

 じいさんの厚意にあずかり朝食を食べてから出発。

 アヴァロン王国の王都、アルクトゥルスまでは徒歩で三日の距離であるから、昼過ぎに村を発ったとしても四日以内にたどり着くはず……で、あるのだが、グリム達はどういうワケか、のんびりと馬車揺られて森の中を移動していた。


 王都へと向かっているのならば、どうとでも説明が付くだろう。火急の知らせを、とにかくどの国でもいいから伝えるのが二人が負った使命なのだから。

 しかしである、グリム達が進んでいる方向は王都とは逆方向。最初に村へと向かった道を戻っているだから、意味が分からない。


 勿論、説明することも可能だが、納得するかどうかは別の話だ。

 きっかけはじいさんの家で朝食を終えたあと、グリムがこれまでの礼を言い、村を出ると伝えた時にメアが上げた頓狂な声である。


「なにを言うておるのじゃグリムよ、まだ発つわけにはいかぬじゃろう」

「……はぁ? いやいや、お前こそ何言い出してるんだ? 俺たちは先を急がなくちゃならねえし、これ以上じいさんの世話になるわけにもいかねえだろ」


 出し抜けにメアが突飛なことを言い出すものだから、グリムの眼はまん丸だ。先を急ぐことにしくはない筈なのに、まさか足踏みするとは思っていなかったのである。


「無論、先を急ぐにこしたことはない。じゃが、礼の一つもせずに去ってはま……いや、妾の沽券に関わる」

「礼もなにも、一文無しだって知ってるだろ。逆さに振ったとこで鼻血も出ねえぞ」

「メア様、昨晩も言ったじゃありませんか。これはわたしが、したくてやっていること、お礼などいただけません。そのお気持ちだけで充分ですよ」

「……しかし、そう言われてものう」


 あーでもない、こーでもない


 とはいえ、じゃがな、と不毛なやりとり


 どちらも頑なである。


 正直どちらでもいい押し問答を黙って聞いているグリムにしてみれば、面倒くせえからはやく折れろよと思うばかりだが、腕組みしながら待っていても話がまとまる気配は一向に無く、彼は仕方なくホリィの相手をしていた。


「おにいちゃんたち、行っちゃうの?」

「俺はそのつもりだけど、メアがあれじゃあなぁ……」

「もう少し、休んでいったらいいのに」

「気持ちだけもらっとくよ、ホリィ。……にしても、じいさんも頑固だな」

「……メアおねえちゃんもだよ」


 呆れる二人は、並んで壁にもたれていた。

 グリム達にはやらなければならない事がある。


 ……なのに全く生産性のない、不毛な謙遜合戦をメアが繰り広げているせいで、無駄な時間を食ってしまっていた。こじれるのも無理はない、大抵の言い争いというのは、誰が何を得るのか、奪うのかを決めるために行われるから、そもそも譲り合いという時点で妥協点が曖昧だ。


 どう転んだって痛手を被る奴がいないのだから、自分の要求のためにはいくらでも無理が通り、そしてその事に気がついたメアは、我を通すと決めたらしかった。


「ではご老人、こうしよう。妾は勝手に礼をしていくのじゃ」

「いや、ですからメア様……」

「もう聞かぬぞ、ご老人。我らの礼をどうするかはお主の自由じゃ。これならば、互いの主張も通せるじゃろ?」


 まぁ、一応は両者の主張を通すことも可能な案だ。

 迷案ではあるが、壁に張り付いたオブジェと化しているよりはマシだろうとグリムが思った矢先である。彼はメアから水を向けられた。


「グリムよ、なにか礼として適当なものはあるか?」

「一文無しだって何度言わせる気だ。人の話はちゃんと聞けよ」

「金銭のみが感謝を示すとは限らぬじゃろ。しかしそうは言っても、どういった礼をするのが適切なのか妾には判りかねるのじゃ」


 ――ンなもん自分で考えろ、言いたいグリムではあるが、此所で突っぱねるとまた余計な時間を食うのは目に見えていたので、彼は不満を隠さず溜息をついてからアイデアを出す。


「……じいさん、薪でどうだ?」

「薪、ですか……」


 生活に必要な物であれば確実に無駄にはならないし、互いに文句もないはずだ。なにより、じいさんの歯切れの悪さが、明らかに断るのを躊躇っていた。ホリィにはまだ重たい斧を使う薪割りは厳しいし、それはじいさんだって同じ事。どうしたって日々の暮らしには薪が必須になるのだから、コレなら断りようもない。


 なのでグリムは、じいさんが変な意地を張り直すまえに、必要な物を要求した。


「じいさん、馬車を借りるぜ。昼間には一度戻るよ。――おらメア、行くぞ」

「うむ! ――ではご老人、また後ほどなのじゃ」


 …………


 ………………


 そんな訳でグリムとメアは、馬車に揺られて森を戻り、村から離れた場所で作業を始めたのである。


 とはいえ、一口に薪を集めるといっても、そう簡単な作業ではない。

 立木を切って薪を作るのは重労働なので、大抵は枝を拾い集めるか、木に登って枝を折るという手段をとる。そうなれば必然としてかかる時間の割に、集められる量は少なくなるので、グリムが借りたような馬車は不要のだが、逆に考えれば、彼が馬車を必要とするような量の薪を作る気でいる証拠でもあった。


 立木を切って薪を作る場合は、持ち帰れる重さ……つまり細い木を選ぶのが基本。それでも切り倒すのは慣れた者でも大変な作業なのは想像に難くないのだが、グリムは成人男性の胴ほどの太さはあるであろう松の木を、大剣の一太刀で切り倒してみせたのである。


 それは『授かりし者ギフト』の名に恥じぬ剣筋で、しかも彼の技は立木を切り倒すだけに留まらず、倒れていく木に先回りしたかと思えば、その幹を次々に輪切りにしていった。


 常人ならば丸一日はかかる作業を、グリムは僅か二分足らずで終えていて、しかも彼はついでとばかりに、二本追加で切り倒して同じように輪切りにしていく。

 そこからはひたすら輪切りした幹を割って薪にしていく作業だが、これもまたグリムの身体能力と、彼の振るう大剣が存分に役目を果たしていた。


 輪切りを空中に蹴り上げては、その都度、四、五回切りつけて薪にするので、作業は驚くべきペースで進み、一時間が経つ頃には立木一本が丸々薪に変わっていた。

 こうなると、むしろネックとなるのは積み込みの方である。一回の積み込みを終える度に、その倍以上の薪が作られていくのだから、積み役をしていたメアは堪ったものではなかっただろう。荷台の半分を埋める頃には、すっかり息が上がっていた。


「だらしねえな、もうバテたのか」

「……一つ訊くがグリムよ、人間の王女も野良仕事をするのか?」

「好き者ならやるだろうけど、聞いたことはねえな」

「ならば妾を責めるのは、意地が悪いと思うのじゃが」


 メアの言い分には一理あるが、彼女はグリムが知っている王女の範疇からは外れていた。変化しているため姿は人間になっているが、中身は別物なのだ。


「そうは言っても、お前は魔族じゃねえか。力は人間の王女とは比べものにならねえんだから、これくらい余裕だろ」

「元の姿であればの話じゃ。変化している間の身体能力は、普段よりも著しく劣る」

「へぇ、そういうもんなのか」

「そういうものじゃ」


 荷台に積んだ薪を綺麗に整理し終えたメアは、そのまま上段から問う。


「のうグリムよ、何故薪作りを選んだのじゃ? 選んだからには、相応の理由があるのじゃろ」

「一応はな。村を見て、おかしいと思わなかったか?」

「いや、不審な点は思い当たらぬ。というよりも、妾は普通の村がどういうものかを知らぬのじゃから、比較のしようがないじゃろ」


 それもそうだな、と肩を竦めたグリムが剣を振って積み上げた新たな薪は、メアに突き付ける現実の数を表しているようだ。


「……働き手がいなかった。あの村にいるのは、老人と子供だけだったろ。力仕事を任せられそうな若い男を見かけたか?」

「みんな年老いていたのう。言われてみれば、若者と呼べるのはホリィくらいじゃった。不思議じゃな、ほかの若者たちはどうしたのじゃ」

「すこし考えりゃ思いつくだろ、お前なら」


 信用されているのか、それともからかわれているのか。口角吊り上げたグリムの笑いは、そのどちらともとれる物であったが、メアはとりあえず手を止めて思考を巡らせる。

 ただ別段難しい問いでもなかったので、容易く正解にたどり着いたメアは「あぁ……」と残念そうな声を漏らしていた。判ってしまえば簡単で、そして同時に虚しくもなる答えである。


「原因は戦じゃな、我らとの……」

「だろうな。じいさんの口ぶりからして、ずっと戦い続けてるんだろ。徴兵までしてるとなると、相当切羽詰まってるのかもな」


 徴兵制度は国によって様々だが、王国の大半は志願兵か傭兵を主軸とした軍制を敷いている。前者は自主的に志願しているため士気の維持がしやすく、後者は金さえ積めばどうとでも動くため扱いやすいのだが、徴兵した場合は事情が異なってくる。


 強制されていることによる士気の低さや、そもそもとして戦いに向かない気性をしている者が多いため調練も難しかったりと、問題が多いのだ。にもかかわらず、あれほど小さな村まで徴兵をかけているとなると、アヴァロン王国のケツに火が付きかけている状況を知るにも充分だろう。


 グリムから新しい薪を受け取りながら、メアは呟いていた。


「……人魔で争っている場合ではないのじゃが」

「しょうがねえだろ、魔王城がどうなったか知ってるのは俺たちだけなんだからな。つぅかよ、メア。お前は平気なのか?」

「なにがじゃ? お主がなにを心配しておるのか、妾には見当がつかぬぞ」


 グリムも一応は、彼女の意見には賛成なのである。


 この星に暮らす全ての者達が協力して立ち向かわねばならない敵がやってきた、だから人魔間での争いを収めなければならない、いや、人魔で争っている場合ではない。

 この意見にはグリムだって大いに同意するし、支持だってしよう。しかし行く道は厳しく、障害は必ずある。例えば――


「お仲間が耳を貸さなかったらどうする? 戦うことになるかも知れねえぞ」

「事を荒立てるつもりはないが魔族は力を重んじるからのう。穏便に済ませるつもりではおるが、説得してもはね付けるというのであれば、妾は魔王女としての威厳を示さねばならぬな。……相応の覚悟はしておるよ、妾も」


 メアも魔族だ。しかも王女となれば、同族の気質的にどういう反応が返ってくるかは想像しやすいのだろう。出来ることならば穏便に済ませたいとは、本心からの言葉。だが同時に、やむなく手を汚す覚悟も、彼女はすでに決めているようだった。


「同じ問いを返すが、お主こそ平気なのか? 人間を斬ることがあるやも知れぬのじゃぞ」

「平気とは言えねえが、すでに何人か斬ってるからな、余計な世話だ。必要になったら斬るべき奴を斬る、それだけだ。……なんだよ?」


 見下ろしているメアの顔が、僅かだが安堵しているように微笑んでいた。


「冷徹な剣士のようじゃが、お主は存外優しいのじゃな」

「馬鹿にしてんのか?」

「ふふ、否、感心しているのじゃ。時と場、そして理由が揃えば、お主は敵を斬るのに一切躊躇いはせぬじゃろうが、そこに至るまでには葛藤がある。ただただ無慈悲なだけではない、妾は主のそういうところが気に入っておるのじゃ」

「やっぱり馬鹿にしてやが――」


 メアの冗談を鼻で笑ってやろうとした時だった、グリムの身体が不意に傾ぐ。幸いすぐに持ち直したので転びはしなかったが、彼はしばらく目頭を押えたままだった。

 慌てて荷台から降りてきたメアの声が、甲高く彼の頭に響いてくる。


「大事ないか、グリムよ⁈」

「デケえ声出すな、ちっと目眩したくらいで大袈裟なんだよ」

「……少し休憩せぬか? お主も一息入れた方がよいじゃろ」


 提案というより宣言したメアは、積まれた薪に腰を下ろし、そうなると、積み込みを手伝っていたグリムも馬鹿馬鹿しくなって地面にケツを落とした。

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