第2話 浪狗町に棲む者達
「ぽぽぽ、ぽ、ぽ……」
「町に着くや否やいきなり八尺様に襲われるたあ驚いたぜ。とんでもねえな
八尺様の身体を切り刻んで血塗れになった股間のチェーンソーを元に戻し、ズボンを履く。ズボンもシャツも黒系だ。返り血はなんとか誤魔化せるだろう。
――こんな町で暮らしてんのか。スゲェなあいつ。
橋上真弓と別れてから3時間が経とうとしていた。太陽はすでに天高く昇っている。もう昼だ。
「しっかし、どこだここ」
気がつけば、見知らぬ町のどことも知らぬ場所に連れ込まれていた。このままだと今夜の会合に間に合わない。
どうしたものか、と考えつつ町を歩く。スマホはいつの間にか――おそらくあの村に泊まった時だろう――何者かに破壊されていた。地図アプリは使えない。
「……ん?」
ふと、服がぶかぶかになってるのに気付いた。腕は白く、細く、まるで子供のよう。
「なんだ、これ?」
――ちりん。
鈴が鳴った。顔を上げると、眼前には緋袴の巫女。あどけない顔立ちの少女である。
おかしい。なんで俺の目線が、この子と合っている? かがんでいるわけでもないのに――。
「八尺様に襲われたことで、あなたは概念汚染を受けました。これが、今のあなたです」
無機質な声とともに少女は鏡を見せる。そこに映っていたのは、まだヒゲも生えていないガキだった。
「私と共に来て下さい。あなたにお話があります」
少女は手を差し出した。
迷いつつも、その手を取る。次の瞬間、俺は大鳥居の下にいた。
◆◆◆
「この町には今、ネットロアのような歴史の浅い伝承存在を現実のものとし、使役する者たちがいるのです」
巫女の少女に連れて来られた神社。その社務所の中で、目を呪符で覆い隠した女性はそう話を切り出した。彼女がこの集団「お
女性は
「俺を襲った八尺様も何者かに操られていたと?」
「術者の手を離れて勝手に行動してる例も確認されてます。断定はできません」
「そうか。ともあれ、あれは竜の異能者ではなく使い魔だったと?」
「使い魔。ええ、その表現が適切でしょう。あれらは魔女たちが、十数年前から周囲の村々から人々を攫い、繰り返してきた実験――その成果として生み出したものなのですから」
「――な」
それじゃあまさか。橋上真弓の母親が生まれ故郷の村をあんな風にしたのは、村人たちが使い魔にされるのを防ぐためだった、ということか?
だとしたら、橋上真弓、あいつは――。
「その、胸糞悪い使い魔を作り出した連中の名は?」
「ヘクセンナハト」
橋上真弓、あいつは、死ぬつもりなのかもしれない。
▽△▽
浪狗町は四方八方を山で囲まれ、中心に湖を持つ町だ。湖の周囲には小さな森があり、ヘクセンナハトはそこを拠点としている。
だが、魔女の拠点である。幾重にも組まれた魔術結界によって余人には侵入できない。無論、結界を構成する要石などは厳重に隠匿されている。
ゆえに、まずは仲間になる必要があった。
「本当なんだろうなァ? こいつがありゃ魔女の結界をブチ壊せるってのはよォ」
「ウソじゃありません。あと、正確にはそれで要石に傷をつけるんです」
正午過ぎ。橋上真弓は黒服の男たちと行動をともにしていた。赫龍会という、極道集団である。
黒塗りの高級車の中は赫龍会の構成員が十名ほど。窓の外に目をやれば、真弓の乗る車に追従する同型の車が複数台ある。そんななか、真弓は女子高生然とした姿のままだ。一見、男たちが無理矢理に少女を誘拐してるようにも見えるが、この状況を望んだのは他ならぬ少女の側だった。
赫龍会はこの町の異能者集団の中では最大勢力とされる。その「数」を味方につけるべく、真弓は彼らに取引を持ち掛けたのだ。その結果がこれである。概ね、真弓の思惑通りにことは進んでいる。
だが、すべてが望み通りとはいかない。
真弓は隣に座る蛇顔の男に絡まれていた。この組織の幹部の一人で名を、
「まァ感謝するぜ。連中には天狗組を潰された。このまんまのさばらせといちゃあよォ、オレらの面子は丸潰れだ。今夜来るとかいう新幹部に
「……そうですか」
「ところでよォ、ウチのモンが見たっつってたんだが」
「見た、とは?」
「オメェが男と話しながら歩いてるトコをだよ」
きっとそれは天佑だ。機械の異能者。
真弓は、彼とは町に入ってすぐに別れた。なのに話してるところを目撃されたとは一体……。
考えて、一つの可能性に至る。
「尾けてたんですか?」
「タリめェだろ。オレは仲間以外、信じねェ。どんなに美味い話でも、手を貸すにゃあそれ相応に情報が要る。……だから、オレはお前のコトならなんでも知ってるぜ橋上真弓。生まれた病院、ファーストキスの相手、小学校から中学校までの成績通知書の中身、もちろん初体験の相手も――そんなビビるなよ。最初に声をかけてきたのはそっちだろォ?」
蛇島の手が真弓の肩に回される。いやらしく、ねちっこい手つき。普段の真弓ならばすぐにのけていただろう。だが、今は。それさえできない。
蛇島に、完全に呑まれていた。
「なぁ。真弓ィ」
男が手に力を込めた。
「あの野郎はなんだ?」
「分かり、ません。……町の外から来た異能者ということしか」
「ほォ? なんの異能だ」
「……知らないん、ですか」
蛇顔の男はただでさえ細い目をさらに細めた。
「あの村は厄い。オレらとしても、お前の監視のためだけにあそこに近付けンのは美味くねェ。つーワケで、お前とあの男が村でナニしてたのかは情報がねェ……オメェの口から聞くしかねぇんだわ」
真弓の耳に、男の息が吹きかけられる。
「オラ、言え」
ここで、本当のことを話してしまったらどうなるだろう。
新種の異能について赫龍会がどの程度把握してるかは未知数だ。最悪、実験材料として捕えられてしまう可能性もある。
恩人がそんな目に遭うのは、嫌だ。
「あの人の異能は……、神仙、です」
「ホォ。遠い昔にココを出てった連中の一人ってェワケか。それで今、なんのつもりかノコノコ戻ってきた」
「そこまでは、聞いてませんけど」
「――ナメてんのか」
真弓の視界が暗転した。なにをされたのか理解が追いつかない。げぇ、と口から何かを吐き出すような感覚がして、真弓は腹を殴られたのだと気付いた。それは一発で終わらない。二発。三発。車の座席に押しつけられるように、殴られる。
それが済むと、前髪を掴まれ、無理矢理に顔を上げられる。
「覚えとけ橋上真弓ィ。結界さえ解けりゃ、テメェは用済み。殺すも犯すもオレらの自由だってコトをよォ」
「……………………は、い」
「で? 奴の異能は?」
――頼る相手を間違えた。
そんな後悔が無力感と混ざり合いながら真弓の精神を絶望の色に染め上げていく。復讐が成功しようとしまいと、自分の未来がどうしようもなく閉ざされてしまったのだと、真弓は悟った。
あるいは、ただの復讐鬼であったなら。それさえも肯定できただろう。しかし、真弓は鬼には堕ち切れていなかった。
少し潔癖症な、普通の少女だったのだ。
◆◆◆
お社もまた、ヘクセンナハト同様に魔女の集団だった。しかし、その性質は大きく違うらしい。
「平たく言えば、私たちは公務員です」
車を運転しながら、忌寸鎮はそう言った。
呪符で目が隠れてるのに運転してる人にそう言われても、説得力がまるで感じられない。
「信じてませんね?」
「まあ、鏡見ろって話だからな」
「ふふふ。大丈夫ですよ。視界は陰陽術で補ってますし。それに、認識阻害も使ってるので、一般人にはバレません」
「その割に、さっきはパトカーにビビってるように見えたが?」
「たまに、私たちのことを何も知ない異能者の警官に呼び留められることが……ありまして。一応、上の方には話を通してあるのですが……」
「……話を戻すが、つまり、お社のバックには国がついてると?」
「ええ。我々お社は神祇省陰陽部に属する一部署に過ぎません。ちなみに、主な仕事はこの町の監視。不穏な動きをいち早く察知し、本部に伝達する――そんな役目を負っています」
「そして、事態が差し迫ったものなら、介入もする?」
「その通り」
この町における勢力図が、少しずつ見えてきた気がする。
現状、俺が把握してるこの町の勢力は三つ――赫龍会、お社、ヘクセンナハト。赫龍会は、裏社会の支配を。お社は表社会に属して監視を。それぞれ行っている。
そしてヘクセンナハトは――「平和的」な組織。他二つとは異なり、自分たちの目的のために普段は森に引き籠っている。水面下で息を潜めて、ほんの少しのさざ波もたてないような、静かな集団。
それは同時に、裏でなにしてるのか分からない、ということだ。
「ヘクセンナハトについては、こんな噂があります。……曰く、ヘクセンナハトは、この町に亡命してきたとある将校が創った組織なのだとか。第三帝国の復活、そして千年王国実現のために――」
「そりゃまたB級映画にでもありそうな話だ」
「ですが、彼らの今回の動きを見るに、ありえない話とも言えないでしょう。ネットロアのような歴史の浅い伝承存在を竜の因子で顕現させる――そのような真似が可能ならば、例えば。ごくごく一部の人々の間で囁かれる話を竜の因子によって現実にできるかもしれない」
「ちょび髭のおっさんは実は不死身で、今も生きてるとかか?」
「あるいは、かの大戦で死した軍人たちは100年後、生者の身体を借りて甦る――とか」
「なんにせよ、今のうちに叩き潰しておかないとマズそうだな」
「ですから私は今、運転したくないのに運転してるんです。……今はまだ、結界のせいで禹歩じゃ行けないでしょうし」
「なんだ。俺の身体を元に戻すためだと思ってたぜ」
「……八尺様の呪いも、なんとかして差し上げたいのですが、診たところ……あなたを元に戻すのは現状不可能かと。使い魔の主を倒せばどうにかなる、という話でもないので」
「……そりゃ困ったな」
こんなナリじゃ、連中にナメられる。
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