魔女と機械
砂塔ろうか
第1話 魔女と機械①
「悪いことは言わん。
早朝。俺の背に、老婆のそんな言葉が投げかけられた。
「わしの娘は浪狗町に嫁に行った……ここはホレ、見ての通り山の真ん中を切り開いてできた村じゃ。なにもない。じゃから、『悪し
涙も枯れ果てたかのような声で、老婆は淡々と語る。
「…………娘は、あの町で死んだ。あの町に行ってしまったばっかりに、死んだ」
一体なにがあったのか、それは教えてくれなかった。分からないのか、語りたくないのか。なんにせよ、老婆が俺を引き止めようとしているのは明白だ。
「悪い。約束があるんだ」
「じゃが、あすこにはバケモンが――」
「ああ。知ってる」
ずぶり。俺の手はあっさりと、老婆の胸を貫いた。幻術で生きてるかのように見せかけてはいるが、その本質は腐肉であるらしい。
先ほどまで口うるさく忠告してくれていた老婆が、モノ言わぬ屍に変わる。同時に凄まじい腐臭。老婆の死体はぐちゃりと、泥のように崩れ落ちた。
「ご親切に俺を家に泊めてくれてありがとう、婆さん。でもさ、この村ももう、バケモンの巣窟って意味じゃ変わらねぇぜ」
複数の足音がする。幻術は無駄だと判断してか、四方八方から濃厚な腐臭。現れ出たのは、出来損ないの泥人形のごとき村人たち。鍬や鋤といった農具を手に持っているが、農作業ってワケじゃないだろう。
どこを見ても荒れ地。耕す畑なんてないのだから。
「一夜にして廃村になったらしいが――なるほど。魔女の仕業か」
腐肉人形が襲い来る。動きがノロいから逃げるのは造作もないが、こいつらは倒しても倒しても蘇えるだろう。魔女の居場所を突き止めて、魔女を討つ。おそらく、それが最善だ。
背後で腐肉の形成される音がした。さっきの婆さんだ。まずい。意外と復活が早い。
黎明の、薄明かりの中を駆け出す。ひとまずは村の東へ。あそこには小さな神社があったはずだ。
腐肉人形どもを蹴散らしつつ、進む。濃厚な腐臭で、気分が悪い。
「――伏せて!」
鋭い声と共に、何かが飛来してきた。反射的に身を伏せると直後、付近から腐肉の崩れる音。ちらと目をやると、腐肉の山に一本の矢が刺さっている。
「その矢は貴重品です! 回収して神社まで来てください!」
女の声だった。言われた通りに矢を腐肉からひっこ抜いて神社を目指す。
意外にも、社は健在だった。ボロボロではあるが、形を保っている。
そして、その前には弓を携えた少女が一人。白のブレザーに紺のスカート姿。女子高生のようだ。こちらを射貫くような鋭い目つきで、彼女は俺を見る。
「臭い」
「ごあいさつだな。仕方ないだろ」
気の強そうな顔立ち、そのままの性格であるらしい。
「向こうに湧き水が。綺麗な水です。身体と矢を洗ってきてください」
「連中に襲われたらどうする」
「ご心配なく。ここには結界が張ってあります」
「魔女か」
「はい。
◆◆◆
「前提情報の確認といこうか。協力するにしても、情報の食い違いがあっては困る」
腐臭を落としたあと、カビくさい社の中で俺と橋上は互いの知識を確認し合った。
浪狗町が異能者たちに支配された特別な町であること。
異能の分類には、魔女、竜、獣、神仙の四種類が存在すること。
概ね、両者の認識に相違はなかった。
「……さて、それじゃあ聞かせてくれ。お前がこの村でごっこ遊びをする魔女を殺そうとしてる理由を」
「ごっこ遊び……そうですね。普段は、ゾンビに生前の姿を幻術で被せ、そして生前の通りに行動させています。そうして、この村は何年もの間、終わっているのに続けられてきた」
橋上は辛そうな顔をする。
「お前、この村の出身者か?」
「いえ。私が生まれたのは浪狗町です。でも、この村には縁者が」
「なるほど」
死んでからずっと弄ばれ続けている――到底看過できる状況ではあるまい。
「そういうことなら、俺は君を信頼できる」
「じゃあ、次は私の番です。――あなたの名前は? どうしてこの村に? そして、あなたの異能は? 獣化能力の獣か、神話の力を宿す竜か、魔術を行使する魔女か、はたまた不老不死の肉体を持つという神仙か」
「ふむ。名前は――
既存の四種のどれとも違う、最新の異能なのだから。
◆◆◆
――ぶぅん。ぶぅん。ぶぅゥぅぅゥぅん。
唸るエンジン音。飛び散る腐肉。俺は叫ぶ。
「どうだ! これが俺の異能、チェーンソーだ!」
「逆探知に成功! 魔女の拠点を発見!」
橋上は村の真ん中で腐肉を頼りに逆探知を仕掛けていた。腐肉が敵の魔女に操作されている以上、腐肉と魔女の間には繋がりが存在している。それを辿っていけば、魔女の居場所を突き止めることができるというわけだ。
「拠点までどのくらいだ!?」
腐肉人形どもを切り刻みながら、俺は道を拓く。
「もう少しです!」
ふと、見覚えのある場所が多くなってきたことに気付いた。昨日来たばかりの村だ。そんな場所で、見覚えのある場所が増えてきたということは、つまり。
「……ハッ。魔女は、俺のすぐそばにいたんだな」
俺が厄介になった老婆の家だった。魔女はこの家の地下にいるらしい。
表札に目をやる。「橋上」とそこには刻まれていた。
「いきましょう」
橋上真弓と名乗った少女が言う。そこに、一体の腐肉人形が出てくる。腐肉人形は襲って来ない。俺はさっきの非礼を詫びて、その脇を通る。
しかし、もし敵の魔女の正体が俺の想像通りならば、あの老婆の話と食い違うが……。
客間の畳をめくると地下室への入口があった。そこを開くと、地下に押し込められていた空気がむわっと立ち上がってくる。
俺たちは階段を降りた。
「……祖父は特撮番組が大好きな人だったそうです。それで、秘密基地と称して地下室を作ったんだとか」
「祖母は、そんな祖父のわがままに辟易としていたと、母さんは話してました」
「なにもないけど、良い村だった。あんな終わり方は許せない。だから、その前に私が――母の言葉です。そう言って、幼い私を置き去りに、母は消えました」
階段を上り終えて、俺たちは空気の澱んだ地下室の土を踏む。
「なあ、この地下室。換気は――」
「……祖父は一度、ここで酸欠になって倒れたそうです」
「だよな。そうでなくてもここ、食い物とかないもんな」
畑は荒れ果て、動くのは屍のみ。それが現在の、この村だ。
静寂に満ちた地下室。そこで俺たちを待ちうけていたのは一体の死体だった。
「この魔女は、死の間際、自分自身に死霊術をかけたのだと思います。全てが手遅れになる前に、この村を終わらせて、そして続けさせるために」
魔術の妖しい光がうすぼんやりと照らすなか、ミイラのようになった魔女が立っている。魔術を行使し続けているのだ。とうの昔に死んでしまった身体で、それでもなお。
「……いいのか?」
「このために来たんです」
魔術を破壊する弓矢を持っていたのも、つまりこのためだったのだろう。
決着は、あっさりとしたものだった。
少女は手に持った矢を母の胸に突き刺した。それで全てが終わった。すべての魔術は破壊され、魔女は――魔術によってかろうじて維持されていたのであろう形が崩れ、塵となって消えた。
◆◆◆
「ありがとうございました。私のわがままに、付き合ってくれて」
「気にするな。君を手伝うのが、村を出るには一番だっただけだ」
「私の矢で、ゾンビを皆殺しにする手もあったと思いますよ?」
「それは気付かなかった」
「えへへ。本当に、ありがとうございます」
……なんだかむず痒い気分だ。俺は話題を変えることにした。
「それにしても、なんで君のお母さんはこんなことをしたんだろうな」
「……確証はないのですが、心あたりなら」
「聞いてもいいか?」
「浪狗町は化け物の巣窟です。異能の持ち主たちは徒党を組んで、町を分割支配している。おそらく、そのうちの一つがあの村に狙いをつけて、悪事に利用しようとしたのでしょう。それもきっと、死んだ方がマシだと言えるほどに、悍しい……」
俺と真弓は村を出て、山を下りていた。目指すはふもとの町、浪狗町だ。
「それで、君はこれからどうするんだ?」
「もとの生活に戻ります。私の属するグループ――ヘクセンナハトは平和的なところですから、どうぞご心配なく」
「ふうん。なら良いんだが」
「ところで、天佑さんはなぜ浪狗町へ? というか、なんなんですチェーンソーって」
橋上は胡乱なものを見る目つきで俺の手を凝視する。先ほど、チェーンソーになっていた俺の手を。
「さあな……俺にもよく分からん。一つ分かることがあるとすれば、この異能は何者かが新たに『開発』したものだ、ということだ」
「そんなこと、できるんですか?」
「現にこうして、チェーンソーなんてメカメカしい異能が発現してる以上、そう考えるのが妥当だろう。そもそも、俺を異能者に変えたのだって、一発の銃弾だったわけだし」
「――金の銃弾!?」
橋上の顔が驚愕に染まる。「まさか」とでも言いたげだ。
「なんだそれ」
「ヘクセンナハトが警戒し続けてきた、仮想魔道具の名称です。打ち込まれた人間を異能持ちにする、超常の弾丸――まさか、完成していたなんて」
「というと、普通は違うのか? 異能に覚醒するのに、銃で撃たれる必要はないと?」
「浪狗町に満ちる魔力に適応した者は、心臓が悪魔のものに変化し、異能を発現する――そのように、ヘクセンナハトでは教わります。つまり、浪狗町に住んでいるうちに能力に覚醒するわけですね。あと、親が異能者の場合は親の異能が遺伝することもあるみたいです」
「……へえ。悪魔の心臓、ね」
なんとなく、金の銃弾が警戒される理由が分かった。
自分の腹に、かつて撃たれた箇所に手を当てる。銃創痕の下。異能を行使すると、熱くなるところ。俺にとっての異能の核、「悪魔の心臓」は、おそらくそこだ。
つまり金の銃弾は異能の核を銃創部分に作るのだろう。
ならばもし、すでに心臓が異能の核になってる者に金の銃弾を打ち込んだなら? 俺の予想が正しければ、二つの異能を持つ異能者が誕生するはずだ。
それはきっと、浪狗町という町のパワーバランスを大きく揺るがしうるだろう。
「よし、決めました」
そんなことを考えていると、橋上が隣で言った。
「なにをだ?」
「あなたの異能の分類名です。いつまでもチェーンソー、チェーンソーと連呼してるわけにはいかないでしょう」
「B級映画みたいで、それも悪くないと思うんだが」
「機械――そのように呼ぶことにしました」
「ならさしずめ、俺の腹にあるこいつは『悪魔の心臓』ではなく、『
太陽が東の空高くに昇る頃、俺たちは山を下りて目的地に到着した。化け物の巣窟と称される町、浪狗町に。
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