その九 部員募集
掲示板に部員募集を貼って二日経った。
いまのところ、応募はまだない。
捺稀さんには問い合わせメッセージが数件入ったらしいけど、詳しい説明を送ったらそれっきりらしい。
地学準備室の整理は遅々として進まない。物が多すぎるのだ。ひと山整理するとその奥から物の詰まった別の袋が出てくる。それでも、ふたりで奮戦して半分くらいは終わった。毎日遅くまでふたりっきりで、これはあれだ、こうだと議論しながら作業するのは楽しい。
彼女の顔を盗み見て、その柔らかそうな頬や唇に胸がときめく。作業の折りに手が触れあう事も、鼓動が二倍に跳ね上がる喜び。そんなときに自分の上気した頬を意識して、彼女の顔を見ると手が触れあった事を気がついてもいない事にがっかりしたり。
期待したような嬉し恥ずかしイベントも起こらず、ただただ作業をするだけだったが、ただ
今日も引き続き整理作業の予定だ。終礼が終わり、掃除の準備をしていると堤野さんが近づいてきた。
「真面目にやっているようね」
「ふん。約束だからね」
「ところで、掲示板見たわよ。変な事始めたようね。博物クラブ?」
「わたしの勝手でしょ」
「それは勝手だけど、これ以上アナタにクラスの行事をさぼる言い訳は許さないわよ」
「なにそれ、そんなことできる訳ないじゃない」
そこで堤野さんの瞳が光る。あまり品の良いとはいえない笑みが浮かんだ。
「だから、私がその、えーと、博物クラブだっけ、に入ってあげる。そうすれば、勝手にさぼることさせないようにできるもの。判ってるわよ入部希望者が集まってないんでしょ。いまのままじゃあ、クラブ作れないでしょ」
なんだか、胸をはって偉そうにしている。いままで気がつかなかったけど、夏服に変わったせいでスタイルが結構良いのが判る。くびれた腰に豊かな胸が強調され、制服のミニスカートから覗く長くすらっとした足に思わず視線が引きずられる。まずい、視線に気がつかれそう。すぐに視線を外した。だめだ、だめだ、僕が好きなのは捺稀さんなのに。
「むむむむ、結構よ。堤野さんがいなくても何とかして見せる」
「へー、まあ、頑張ってみるのね。私は優しいからいつでも相談に乗ってあげるわよ」
そう言って教室から出ていった。『オホホホ』という高笑いが聞こえてきそうだった。
「なにあれ、頭来るわね。わたしがひとに頼るの嫌いなの知ってて、わざとやってるみたい」
「とにかく、掃除終わらせて準備室に行こう」
それ以上捺稀さんの機嫌が悪くならないように声をかけた。
「そうね。それどころじゃないものね」
しかし、なぜ堤野さんがあんな事言い出したのか理解できない。いくら、捺稀さんにクラスの行事に参加させるためだといえ、ちょっと納得できないでいた。
そんなことを考えながら、掃除をしていたら目の前に立つ奴がいる。
「じゃまだな」
視線を上げると、
そんな奴が何の用だ。
「東雲さあ、面白い事やってるじゃん。クラスののけ者楠本となんだか仲よくなって、掃除が終わったらさっさとどこかに行ってるようだしな。
俺は知ってるぞ、楠本って結構奇麗な子なんだよな。秘かに目を付けていたのに、いつの間にか東雲仲よくなってんのな。俺も混ぜろよ、なんだっけ、博物クラブ? 博物学には興味ないけど面白そうだから入部するぞ」
え、なに? 意味が判らない。目を付けていた? 面白そう? イケメンの
「楠本さん。博物クラブに入部するにはどうすればいいのかな? 面白そうだから俺も入部したいんだけど」
「やった、入部希望者ゲット。博物クラブを作るのはこれからですけど、よろしくお願いしますね」
「ああ、よろしくな。で、どうすればいいんだ?」
「この入部届けに氏名を書いてください。部室とかこれからの事は今準備中なので来週には連絡しますね」
捺稀さんは鞄から、いつの間に用意したのか入部届けを取り出して上部に渡していた。
僕はといえば、見ているだけだった。いや、まずいだろ。なにがって、何もしないでいると嫌な予感しかしない。
上部の入部届を鞄にしまい、顎に人さし指を添えて呟いた。
「あとひとりかぁ」
やたら可愛い仕草に見惚れる余裕もなく、咄嗟に声をかけた。
「ねえ、捺稀さん。やっぱり堤野さんも参加してもらおうよ」
「えー、あの人苦手なんだよね」
「うん、判るけど。明日までに人数がそろってないと、月曜日に大岩根先生との約束守れなくなるじゃないかな。準備室の整理はまだ残っているし」
「うーん、そうだねぇ。背に腹は代えられないし……」
「堤野さんへは僕からお願いしておくから」
「判った。じゃあ、任せるよ」
何か考えがあった訳じゃない、あのふたり《堤野と上部》はあまり仲が良くなかったはずだ。牽制になるのかと咄嗟に提案したけど、本当に良かったのだろうか。
言うんじゃなかったとの思いもあり、その日の整理作業は楽しさ半減だった。
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