その八 お宅訪問(ならず)
「今日はちゃんと掃除してるようね」
「わたしだって約束ぐらい守るわよ」
終礼が終わった途端堤野さんが声を掛けてきた。
机を教室の一方に片づけて、掃き掃除を始める。僕も今日は手伝っている。掃除を手伝えと言われた訳ではないが、ただ終わるの待っているのも退屈だから手伝っていた。僕が手伝った事もあり掃除はすぐに終わった。
「昨日なぜあんな嘘ついたの? 昨日は理由を聞く暇がなかったから無視していたけど、説明してくれるよね」
職員室に向かう途中で捺稀さんに詰問された。
「それは、捺稀さんがこれ以上孤立したらいやだなって……」
あきれ顔から、眼鏡の奥の瞳に強い光を浮かべ睨まれる。
「そうかなって思ったけど、それって全然嬉しくない。君は気を回してくれたんだろうけど。だめだめだから。
わたしが孤立気味なのは事実として、それはわたしの責任。わたしの行動の結果としてそうなっているんだから、何らかの不利益があるなら、それを受け入れるのもわたし。君には関係ないでしょ」
立ち止まり、人さし指を立て、前かがみ気味に上目遣いで僕を睨みつけるように捺稀さんは続けた。
(あ、可愛い)怒られているのに、何だか嬉しい。でも、関係ない…… 事はないよ。君の事が気になって仕方ない、とは口に出せなかった。
「君の嘘でわたしの孤立がましになるかも知れない。でも! 嘘を
ショックを受けた。それこそ、ガーンと効果音が付きそうなくらい。恥ずかしさで目の前が暗くなる。身体が熱い。真っ赤な顔で謝るしかなかった。
「ごめん。捺稀さんが、孤立するのが心配だった。この学校ではいじめの話はあまり聞かないけど、僕が通っていた中学は結構酷いいじめが起きていたから。心配だったんだ」
「そうだったんだ。心配してくれた事は感謝するけど、もう嘘は
その考え方にも衝撃を受けた。そんな方法考えた事もなかった。辞めれば、良いかも知れない…… でもでも、そうしたら。ドキドキしながら、この気持ち届けとばかり僕は言葉を絞り出す。
「えー、その、僕は、捺稀さんと一緒に学校に通いたい」
「うん。辞めるなんて言ってないって。いざという話だよ。折角知りあったのに、別れたくないしね。
あ、そうだ。わたし、どうにも他人の目というのにピンと来なくて…… まずかったら、真仁くんが忠告してよ」
そうだよね、今の話じゃないし。変な事言っちゃったよ。取りあえず返事をしよう。
「判った、気をつける」
掃除で遅くなったので急いで職員室で地学準備室の鍵を受け取った。
「捺稀さん、あの部屋本当に一週間で整理できる?」
彼女は大岩根先生に一週間で整理分類すると約束したのだ。僕は難しいだろうと思う。
「今週末の土日を使えば何とかなると思う。それに、文化祭の事を考えると少しでも早く博物クラブを作らないと間に合わなくなっちゃう。手伝ってくれるよね?」
眼鏡の奥の瞳が、授業をさぼって博物館に誘われた時と同じ表情をしている。なぜか、逆らえないんだよな。でもいいや、予定無いし、土日一緒にいられるって事だよね。
「……うん。大丈夫。
えっと、文化祭の事考えてるの?」
「そうよ、面白い事を伝える為にはもってこいでしょ。文化祭は六月末だからひと月半くらいしかない。クラブ作って、出し物を検討して、準備して、もう全然時間ないよ」
それは無茶じゃない? 僕の顔色を読んだのか説明をしてくれた。
「あのね、準備室の品々ね、結構希少な物もあったの。あれらをうまく展示して説明をつければ結構目玉企画になると思う」
そう言って準備室のドアを開ける。
準備室内は昨日と変わっていない。そりゃそうだ、まだ全然手を付けてないんだもの。
「昨日ざっと調べたから、今日は仕分けできるように机の上を空けよう」
「了解!」
ふたりで棚の物を動かして隙間を空けて机の上の物をしまったり、隅に置いてあったバケツに水を汲んで埃だらけの机の上をふき掃除する。
机の上にノートを広げこれからの
「真仁くん、わたしの顔に何かついているのかな。チラチラとこっちを見てるけど、気になって集中できないでしょ。真面目にやらないなら帰っても良いからね」
「ごめん」
それから真面目に相談した。僕は昨日作った博物クラブの紹介チラシの見本を見てもらう。クラブ紹介の時に配られたチラシを参考にしたのでまあまあのできだと思う。良さそうという事でまずは校内掲示板に掲示する事になった。入部希望者がくるといいなぁ。
この部屋の物品についてはまずはジャンルに毎にまとめる事になった。
捺稀さんの指示に従い物を右に動かしたり、左に動かしたり、上げたり、下げたりすっかり日が暮れてしまうまでこき使われた。取りあえずキリが付いた時にはすっかり暗くなっていた。これは明日は筋肉痛かな。
「すっかり遅くなっちゃったね。今日は送っていくよ」
「悪いからいいよ。大丈夫だって」
「でも、もうすっかり暗くなってるから、危ないよ。博物館の泥棒も捕まっていないんだし」
「そうだね。うーん……」
そう言っても本当にあの泥棒に遭ったら逃げるしかできないけど、捺稀さんが逃げる時間なら少しぐらい稼げるさ。
捺稀さんは準備室の中を見回している。何かひらめいたのか顔が明るくなる。
「じゃあ、甘えちゃおうかな」
やった! 途中までは一緒に帰っていたけど家まで送るのは初めてだ。彼女の事は何でも知りたい。必要以上に嬉しそうな顔はしないぞ、ストーカーみたいだもの。
「お、おう。まかせて、ちゃんとお宅まで送り届けるよ」
へんな返事をしてしまった。
鍵を返しに警備室に寄ると、下校時間をだいぶ過ぎていたので警備員さんに注意された。お説教を聞き流しつつ準備室の鍵を預けて、家路を急いだ。途中で携帯で連絡は入れたけどあまり遅くなると親が心配するからね。
彼女の家は僕の家からそれほど遠くなかった。僕の家に向かいいつも曲がる交差点をそのまま真っすぐしばらく進んだ先の高級住宅街にあった。 なだらかな丘の上を取り巻くように土壁に囲まれた邸宅だった。
彼女の自宅に着いて初めて知った、捺稀さんってお嬢様なんだ。
彼女の家は大きく、地方都市の中心街から少し離れているとはいえ、敷地も相当広く、一戸建ての住宅で周りを土壁の塀に囲まれて外からは中が見えない。建物そのものは歴史のありそうな木造平屋だった。立派な門扉と大きな玄関の引き戸が印象深い。
マンション暮らしの僕の家とは大違いだ。
それで、今僕は閉じられた門の前で佇んでいる。いや、それはね部屋まで上げてもらえるなんて期待していなかったよ。でも、門を開けたところで礼を言われて、そのまま閉じられてしまうのも想定していなかった。少しは門の前で駄弁って、それから別れの挨拶を交わすものだと思ってた。
「送ってくれてありがとうね。それじゃあ、また明日」とさっさと門の向こうへ姿を消してしまった。
まあ、初めてお宅まできたんだしそんなものかな。きっとこれからも送ってくる機会はあるはずだよね。
少しずつでも距離を詰められればきっと…… 招かれる希望はあるさ。
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