第4話 事件発生
「目、閉じて」
勇者が賢者の両肩に手を置いた。
その肩が小さく上下している。緊張しているのかもしれない、と勇者は想い、賢者のことがより愛おしくなった。
「ん」
賢者が目を閉じる。
彼女の肩が少し激しく上下する。
勇者は気付いた。
いやこれ、緊張しているんじゃなくて、唇に狙いを定めているんだ!
唇狙ってターゲット絞って急接近しようとしているんだ。
勇者はさっきの誤った教えを少しだけ反省した。
キスは目を閉じてから狙うのではなく、狙ってから目を閉じる。
……これ当り前じゃない?
仕方がないので勇者は目を開けて、彼女の肩をぐっと引き寄せた。
唇と唇を重ねる。
離す。
「……えへ」
「……ん」
「勇者の腕、好き」
「そうか? 戦士みたいにマッチョな方が男らしくない? 腕も足も俺の二倍くらい太いけど」
「ううん、華奢な方が好き」
賢者が嬉しそうな顔をした。
俺とキスできたことが嬉しいのか、と思ったけど違うわ。この子うまく唇と唇が合体して喜んでいるんだ。
賢者がまた目を閉じたので、勇者は小さく笑って再び肩を引き寄せた。
「ん」
長いキス。
時間が止まってしまったかと思うほど長い時間、勇者と賢者はキスをした。
その瞬間。
急な眩しさと熱気を感じた勇者は慌てて目を開けた。
目の前、少し目線を下げた先には半裸の会計がいた。え?
突然周りの景色が急にギラギラしたネオン色に染まったことと、全裸の自分を確認した瞬間、全身に浮遊感と激痛が走って、勇者は死んだ。
←←←
馬鹿げた会話をしている間に消し炭になった魔王の欠片を見て、勇者は「フロムのゲームならここから第二形態がはじまるが……」と警戒しながらあたりを見回したが、一向に蠢く気配はなく。
雷を纏って復活する、などといったこともなかった。
細切れの肉片を見て、勇者は「これも、世界のため」と小さく呟く。
十分ほど待って、魔王に完全勝利したことを確認した勇者は、仲間たちとハイタッチした。
「これでアビスガルドに平和が訪れるってことでええんかな?」
戦士が誰にともなく尋ねると、賢者はすました表情で「さあね。あたしの知ったことじゃないわ」といった。
よくさっきの会話の後にそんな凛とした表情ができるものだ。
「……え?」
「あれ?」
「これは……」
「何が起きたんや」
「時間が、戻った?」
勇者は酷く困惑した。
さっきまで賢者と二人きりでイチャイチャパートと洒落込んでいたはずなのに、気が付くと周りの景色が魔王城になっていて、目の前には魔王の消し炭が転がっている。
そして、自分でも無意識に、「これも世界のため」みたいなわけのわからないセリフを吐いていた。
時間が戻ったとしか思えなかった。
異変に気付いたパーティがお互いに顔を見合わせると、会計が何かに気が付いたような顔をしていた。
「会計、何か知っているのか?」
「……これは、わたしの、時を戻す禁術です」
それを聞いた瞬間、全員の顔に衝撃の色が浮かんだ。
禁術。
命と引き換えに使用できる、高難易度の術。
会計の言う通り、本当に時間が巻き戻ったのなら、この時間軸では禁術の話はまだされていないが、全員記憶に残っていた。
「わたしの禁術は、時を巻き戻すことです」
「……」
会計が言葉を続ける。
「発動条件は」
ごくり、と三人がつばを飲み込んだ。
「一分以内にわたし以外の三人が死亡することです」
「なっ」
「禁術は人の命を犠牲にする術。わたしは、わたし以外の三人の命を犠牲にすることで、時間を戻します」
自分以外の命も誓約に使えたのか、と勇者は思った。
「でもすごく不思議です。魔王を倒したわたしたちを、一分間に三人殺せる存在って、誰なんでしょう?」
勇者は言葉に詰まった。
一分間に自分たちを殺めた存在。
その言葉よりも、気になることがあったからだ。
時間が戻る直前、勇者は確かに半裸の会計を見た。
あのギラギラしたネオン色は、ラブホテルなんじゃないだろうか。
「なあ会計。時間が戻る直前、お前ラブホにいなかったか?」
「!?」
戦士の肩がびくりと震えた。
四人の間に沈黙が広がる。
それを見た勇者は、重苦しい表情で沈黙を破った。
「反省会を、しようか」
その沈黙を破るのは、魔王を破るよりも難しかったという。
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