第3話 シリアスやんのか?

 船旅は退屈だった。

 あまりにも退屈だったので、四人は思い出話を始めた。

「この冒険で一番焦った瞬間っていつだった?」

 勇者が雑談を振る。

 みんなが少し考えこんだので、勇者は六面共に“賢者”と書かれたサイコロを振った。

 出目は“賢者”だった。

「じゃあ賢者、なんか話して」

「え、なにこのパワハラダイス。こんなのノーカンでしょ、ノーカン」

 ノーカン! ノーカン!

「でもまあ思いついたから話すわ」

「話すのかよ。そうやって受け入れるせいで世にパワハラが蔓延るんだぞ」

「あれは冒険中盤の頃だったかしら」

 ノースウッドウェア大陸の、アバル洞窟の奥にいた六凶魔ろくきょうまの最後の一人“虹の御子、エルケィリン”を倒した直後の出来事だった。

「覚えてる? 突然頭の中に魔王の声と映像が流れ込んできてさ」

 それはかなりの衝撃事態だったので、三人は頷いた。

「お前たちが倒した六凶魔は偽物だって言われてねぇ」

「六凶魔を倒してあとは魔王だけだ! と思ったらリアル・六凶魔が出てきたときは本当に膝から崩れ落ちたよ」

「なんか温泉入って口笛吹いている奴いたよな」

「あれは気持ちよさそうだった」

 四人とも少しだけ温泉に入りたくなった。

 賢者が戦士の方に目配せをする。次お前の番な、と。

「うーん。言うても賢者はんのその瞬間は結構上位やしなあ」

 戦士は数秒俯いて、顔をあげた。

「カップ焼きそば作っててお湯入れる前にソース淹れちゃったときやな!」

「……」

「……」

「……有効」

 会計が静かに呟いた。

「ちょっと待てや、有効てなんや」

「一本、技ありより下の判定ですね」

「人の一言に変な点数つけんなや! せめて六十点、みたいなわかりやすい指標にせえや! そもそも有効ってどれくらいやねんな」

「有効!」

「おお。やったー、有効取ったで。これでこの試合の残り時間もって待て待て待て! 人にノリツッコミさせんなや!」

「……」

「なんやその目は。有効取った選手に向ける目とちゃうやろ!」

 選手は……戦士は肩で息をしていた。

 恨めしい目で会計を睨みつけている。

「そういう会計ちゃんはなんなん? 人に判定下すくらいやったら自分はもっとおもろい焦った瞬間用意しているんやろな?」

「わたしですか?」

 会計は静かに目を閉じて、言った。

「勇者が締め日翌日に証明書を出してきたときですかね」

 ズゾゾゾ、と背筋が凍った。


**


「本当に世話になった。またな、勇者、賢者はん」

「ずび……ばだねえ……ばだあいばしょうね……」

 戦士と会計は同じ街出身だったので、二人同時に同じ港でドラゴニアから降りた。

 さすがに長い間一緒にいるだけあって、別れは少しだけ寂しかった。

 船が港から離れたあとふと振り返ると、戦士と会計が手を繋いで街の奥へと消えていくところが見えた。


 そして賢者の故郷にたどり着いた。

「……ねえ、勇者」

「……どうした?」

 賢者が勇者の裾を引っ張った。

「……」

「……」

「言わせないで」

「……」

 心臓が止まるほど長い時間、二人は見つめ合った。

 そして勇者が口を開く。

「キスの仕方、俺が教えるよ」


 結論から言うと、この世界を救った四人パーティのうち三人が死亡する。

 世界を脅かす脅威は去ったはずなのに、最強の四人が瓦解してしまう。

 最初は、最初に命を落としたのは戦士だった。

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