第2話 RPGなら

 馬鹿げた会話をしている間に消し炭になった魔王の欠片を見て、勇者は「フロムのゲームならここから第二形態がはじまるが……」と警戒しながらあたりを見回したが、一向に蠢く気配はなく。

 雷を纏って復活する、などといったこともなかった。

 細切れの肉片を見て、勇者は「これも、世界のため」と小さく呟く。

 十分ほど待って、魔王に完全勝利したことを確認した勇者は、仲間たちとハイタッチした。

「これでアビスガルドに平和が訪れるってことでええんかな?」

 戦士が誰にともなく尋ねると、賢者はすました表情で「さあね。あたしの知ったことじゃないわ」といった。

 よくさっきの会話の後にそんな凛とした表情ができるものだ。

「じゃあ、反省会でもしましょうか」

 と会計が言うので、全員で「しないわ!」と叫んだ。

 どこの世界に、魔王を倒した直後に反省会をするパーティがある。

 そんな会話をしながら、勇者は待っていた。

 魔王の第二形態を、ではない。

 エンドロールをだ。

「おかしいな。俺の想定だとそろそろエンドロールが流れるんだが……」

 テンプレの通り、この勇者は転生者である。

 正確に言えば現代日本から剣と魔法の世界に移転してきた、転移者だ。

 ゲーム好きが高じて引きこもりになっていた勇者は、ある日突然異世界へと転移したのだった。

 彼の好むRPGでは、魔王を倒した後に『こうして世界に平和が訪れました』という旨のエンディングメッセージが流れ、ゲームが終了する。

 勇者はその文章を求めて旅をしていたと言っても過言ではない。

「てっきり魔王を倒せばエンドロールに入って、そのまま元の世界に戻れると思っていたんだが」

 勇者がそう嘯くと、賢者が嬉しそうに言った。

「あら、久しぶりね! 勇者のそのわけのわからない発言録」

「せやなぁ。出会った頃はほんまに何言うとるかわからんやつやったもんな。出身もニポン? みたいな聞いたことのない国やったし」

「日本な。戦士は物の覚え方が雑なんだよ」

 勇者は説明が面倒だったので、転移や転生という言葉は使わず、はるか遠くの国から来たということにしていた。

 しかし、と勇者は考察する。

 魔王を倒しても終わらないとすると、いったいこの転移の終了条件はなんなんだろう。

 もしかしてずっとこのままなのか、それとも何か満たしていないトリガーがあるのか。

「そういえば、魔王を倒した後にパーティメンバーの地元に行って別れの挨拶をするRPGも結構あるな。もしかしてそれがトリガーか?」

「RPGって何よ」

「ん、ああ、賢者は知らないかもな」

 この世界には魔法という文明があったが、ビデオゲームという娯楽はなかったので、少なくとも勇者の想像しているRPGは存在しないだろう。

 しかし、RPGだって元々はテーブルトークRPGから始まっている。この世界にもボードゲームの類はあったので、RPGという単語が存在している可能性はある。

「RPGって言われても、『空は青く澄み渡り』みたいな曲しか知らないわね」

「この世界にもセカオワはいるのかよ!」

 この世界でも海を目指して歩いているのかよ! と勇者は突っ込んだ。

 戦士は「セカオワはオレですら知ってるなぁ」としみじみ言う。

「ちょっと待て。ていうことはRPGっていう単語も知っているんじゃないのか?」

「うん? あれって適当な造語でしょ」

「うううううううん!」

 確かに深瀬は適当な造語をタイトルにしそうだけど。

 これは偏見ですよ!

「まさか、冒険終盤にして知る真実が、”SEKAI NO OWARI”がこっち側にもいるということだとはなあ」

「大人気アーティストだよね。てか勇者、セカオワのイントネーションなんかおかしくない?」

「え? “SEKAI NO OWARI”だろ?」

「いや、“世界の終わり”でしょ」

「こっちの深瀬の方が尖ってるじゃん!」

 じゃん じゃん じゃん と魔王城に勇者のツッコミがこだました。

 その声が消えたタイミングで、「パチーン!」と景気のいい乾いた木のぶつかる音が響いた。

「計算が終わりましたよー」

 会計終了の報告だった。

「今回の戦いはですね……めちゃくちゃお金が入ります!」

「やっふ-!」「いえーい!」「当然やろ」

 三者三様の喜びだった。

 会計の役割は、文字通り会計を行うことである。

 全国の少年少女を悩ませてきた大きな問題のひとつに、四人目のパーティメンバー問題があげられる。

 悩んだ人数で言えばリーマン予想よりも多い。

 RPGには様々な役職がある。肉弾戦の得意な武闘家や戦士。攻撃魔法や回復魔法が得意な魔法使いや僧侶。さらには盗賊や踊り子といった一風変わった一芸を持っている仲間。

 基本的に主人公は、攻守のバランスが取れた勇者である。

 そこに、肉弾戦が得意な戦士。さらには魔法使いと僧侶の上位職であり、攻撃も回復も自由自在に操る賢者の二人を入れたら、あと一枠余るのだ。

 いま、天秤はばっちり釣り合っている。

 バランスのいい勇者、肉弾戦の戦士、魔法の賢者。

 ここに武闘家をいれてみな? 天秤が傾くだろう。

 天秤って面白いよね。ボクシングと違って、負けた方が手を挙げるんだぜ。これは茶の間でせんべいをかじっている時に思い付いたセリフ。

 かといって、四人目に盗賊や踊り子を入れるのは、なんというか……枠の無駄使いという感じがする。

 そのバランス感覚に、全国のキッズ共は悩まされてきたのだ。

 もちろん勇者もその一人である。

「しかしまさか、最適解が会計だったとはなぁ」

 勇者は遠い目をした。

 彼自身も実際に戦闘を行うまで知らなかったが、この世界では魔物を倒した後、示談というフェイズが挟まる。

勇者は初めて戦闘後のお金取得の仕組みを知った時、驚愕した。

そして、「これは公認会計士の資格を持った人間がパーティメンバーにいなければならない」と気が付き、会計を勧誘したという運びになる。

「魔王は死んでしまいましたが、親族が残ってらっしゃるので、修繕費や賠償金はそこからいただきます」

「……」

 少し魔王一族を憐れに思った勇者だったが、支給される額を見て両手を上にあげた。

「やったー! これで『みぐるみはぎのつるぎ』が買える!」

「あんたずっとほしいって言ってたもんね! 買っちゃおうよ。あたしもこの『うさみみスカート』買おうかしら」

「うさみみのスカートってもはやズボンじゃない?」

「あのねえ。今時ズボンなんて言わないわよ。パンツよパンツ」

「え、そこ? それにパンツ(↓)って……」

「パンツ(↑)!」

「ぱ……パンツ(↑)」

「よろしい」

 そんなやり取りをしていると、戦士が気まずそうに割って入った。

「や、もう魔王倒したんやし、装備品なんかいらんくない?」

「……」

「……確かに」

 四人は目を合わせた。

 旅の思い出が一瞬で想起される。

「……これで、旅は終わりなんだな」

「せやなぁ」

「ふ、ふん。何辛気臭い雰囲気にさせるのよ!」

「でも、魔王を倒したんですね、わたしたち」

 そんな少しだけ切ない雰囲気の中、次は賢者が気まずそうに口を開いた。

「あのさ……あたし、結局すごく頑張って習得した『禁術』を使う機会なかったんだよね……」

 すると、戦士と会計がその話題に食いついた。

「ほんまそう! なんか魔王が思ったより弱かったせいで『禁術』習得したんが馬鹿みたいやわ」

「わたしもです!」

 『禁術』とは、文字通り『使用が禁止された術』のことであり、習得にはものすごい労力がかかる。

 三人は万が一のために禁術を習得したが、結局使う機会がなかった。

「まあでも、禁術って基本的に人の命を犠牲にする能力だろ? じゃあ使う機会なくてよかったじゃないか」

 一人だけ禁術トークに乗れなかった勇者が言った。

「でもさ、せっかく習得したんだよ? 使いたくなるって。ほら、大学受験でもロピタルの定理使いたかったでしょ?」

「え、この世界大学もロピタルの定理もあるのにテレビゲームないんか?」

 ちなみにロピタルの定理とは、基本的に大学入試では使ってはいけない数学界のバグ技みたいな定理のことである。

 微分積分。

 いい気分。

「ちなみに賢者はどんな禁術を習得したんだ?」

「あたし? あたしはほら、自分の身に危険がせまったら云々ってやつだよ」

「ふうん?」

 聞くと、戦士は勇者を守る術、会計は基本的に戦えないので、みんなを守る術を習得したようだった。

「わたしは所詮そろばんしか持てないクソザコですから、せめてみんなを守れるようにはなりたいなと思いまして」

 いやいや、せいぎのそろばん、強いから。

 勇者は誰にも聞こえないし伝わらないつっこみを放った。

「まあともあれ、魔王を倒したことだし、乗ってきた船のドラゴニア号でみんなの故郷まで送っていくよ」

 全員を故郷に送り届ければ、エンドロールがはじまって元の世界に戻れるかもしれない。

 勇者はそう思った。

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