ハッピーエンドロール
姫路 りしゅう
第1話 キスの仕方
最後の一撃は、えげつない。
「キスよりも簡単だったぜ」
不敵に笑ってそう吐き捨てた勇者は、最上級火炎系魔法『大火斬炎舞弐式』を放った。
横で眺めていた戦士は「そのセリフ、途中から使いだした気ぃするけど気に入ったんかな」と思った。
賢者は「キスしたことないくせに」と思ったし、会計は「キスしたことない勇者にとってそのトドメは簡単なんですか?」と口に出した。
勇者は「口に出したら、戦争だろうが!」と思ったが、実際に口に出すと戦争になってしまうので、心の中にとどめておいた。
会計と戦争になるのだけは避けなければならない。
戦士や賢者と喧嘩になってもどちらか、あるいは両方が大怪我するだけで済むが(そして大抵は回復魔法で傷が治る)会計と喧嘩すると、勝っても負けても地獄である。
だってみんな確定申告のやり方とか知らないでしょ?
「こんな……こんなところで……ぐわああああああ!」
魔王の断末魔が世界に轟いた瞬間、確定申告のことを考えていた勇者の耳元に、もう一つの音が飛び込んできた。
「……キスって難しいのかな」
それは賢者の声だった。驚いて賢者の方を見ると、顔を少しだけ赤らめて、俯いていた。
「なんや賢者はん、キスが気になる年頃なんか?」
戦士が茶化すと、「えっ、あたし今口に出てた……? べ、別に興味なんかないもん!」と、テンプレートなツンデレ語で興味があります、といった。
略してテンデレ。
会計が気まずそうに口を開く。
「でもキスってただ口を重ねるだけですし、そんなに難しい要素ないですよね?」
「あんたそんな幼女体型なのに経験は豊富そうね……じゃあ、ここは恥を忍んで、今まで気になっていたことを聞くわ。いいかしら?」
「はい!」
「俺も答えてやるぜ」
「勇者はキス未経験とちゃうんか?」
「うっせぇわ! お前が思うより経験あるわ!」
「ああああああああああああああああああああ」
「じゃあ最初の質問なんだけど、キスをする時って目を閉じるじゃない」
一同頷く。
「どうして目をつぶっているのに、相手の唇の場所がわかるの?」
「……」「……」「……」
「ちょっと、黙らないでよ……あたしなんか変なこと聞いた?」
賢者が顔を真っ赤にしてそういうので、一同は気を遣う。
「いや、全然、気になるよな!」「そういうものですよね」「あああああああああああああああ」「オレもそう思ぅてた時期があったわ」
そして勇者が代表して答えた。
「あれはな、勘だ」
「……え?」
「お互い『キスするぞー』の雰囲気になったら目を閉じる。そしてそのまま距離を零に近づけていく」
「でも、それじゃあ相手の唇じゃなくて鼻とかおでこにあたっちゃうんじゃ」
「映画とかでおでこにキスしているシーン見たことないか?」
「……あっ、ある!」
「あれはそういうことだ」
「ふうん。リテイクすればよかったのに」
戦士と会計はバレないように肩を震わせていた。
「じゃあ質問二つ目ね」
「あああああああああああああああ!」
「ちょっと魔王、断末魔長いよ」
「あ、はい。すいません」
こうして魔王は死んだ。
「キスするときって、どうやって呼吸するの?」
「くっ……」「んくっ」「ひゃはははは」
戦士だけ笑いをこらえきれなかった。
「ちょっと、そんなに笑うところ?」
勇者が代表して答えた。
「あれはな、賢者の言う通り呼吸していないんだ」
「えっ……でも」
「ほら、映画とかで長いキスをした後、海面から出たみたいに『っぷはぁ』ってなるだろ? それに呼吸も荒くなっている」
「……! つまり、本当に呼吸をしていないっていうことだね!」
こんな賢者がパーティでよく魔王に勝利できたなあ、と勇者はしみじみ思った。
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