叶うはずもなかった

倉成 義乃

叶うはずもなかった


 僕にとって高校生活は、あまり良い思い出は無い。



 今、僕は大学を卒業し、新社会人になったばかりでありこんな昔のことに気を払うべきではないのだけれど、出会ってしまったからには、同仕様もない。



「やぁ、乙鳥じゃないか」


「風島先生、お久しぶりです」


「ははは、嬉しいものだな、生徒に覚えていてくれているというものは」



そんな事を言っている目の前の、凛としている女性は、僕の元教師で元想い人である。

いや、こんな会話だけでドキドキしている時点で、

元では無いのかもしれないけど。


「先生こそ、良く僕の事覚えてましたね」


「君は中々面白い生徒だったからな、記憶にしっかり残っているよ」



僕は、涙が出そうになるのをぐっと堪えた、

あの時の想いが報われた気がしたのだ。



「どうした、泣きそうな顔をして、先生会えたのがそんなに嬉しいか?」



ここで素直嬉しい、なんて答えれたら良かったのだろうが、僕はそんな事が言えるような人間では無いので、「いえ、何でもないです」なんて事しか言えなかった。


全く、僕はつくづく自分が嫌になる、ドキドキしている自分も、こんな自責の念に包まれている自分も。


「先生はこれから何処か行くとこですか?」


「あぁ、そろそろ子供も大きくなってきたし、

子供用品の下見でもと思ってな」


「・・・・・」


「ん、どうした」


「先生、今、幸せですか」


「急にどうした」


「どうなんですか?」


「あぁ、幸せだ」



先生の顔を見れば聞かなくとも分かる、それでも聞いてしまったのは、僕の僅かな下心だったのかもしれない。そんな下心も先生の人一言で吹き飛んでしまった。


「おっと、そろそろ時間だ、人を待たせていてね、

すまないが失礼するよ」


「はい、先生またいつか」



先生と、別れてから蝉がなき出した、夏は終わっていると言うのに、あの蝉は相手も居ないのに泣き続けている、そんな姿が、僕と重なって少し切なくなった。



「先生、お幸せに」


僕は、陰ながら先生の幸せを祈るとしよう。




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叶うはずもなかった 倉成 義乃 @KuranariGino

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