第6話
「……なるほど。つまり、"僕"はもう用済みーーということですか?」
そう目の前の人物に問いかける。内心に燻る不安を殺しながら。その不安を見抜いたのか、その相手は馬鹿馬鹿しいというかの様に目を細め、
「ーーまさか。こちらとて、組織全体人手不足な現状、更に減らす様な馬鹿ではないさ」
と否定し、咳払い一つ。
「確かに貴様は特例でありーー"新参者"だ。しかしその能力は……悔しいことに、上層部で認められている」
そこでーー先程渡された書類ーー限定的身分から自由身分への昇格により、海外渡航を許可するーーという内容を思い出し、納得する。
所属する組織内では、厳格な身分制度が導入され、全体の機関生及び機関員を管理している。
何せ、所属する組織にはーー各国に支部がありーーそれまでユージンは支部で働いていたので、いわゆる異動を言い渡されたのには驚いた。
ーーあの出来事をきっかけに、この世界へと転がり込んできた"新参者"であり機関生である自分が、同僚よりも早くこうなるとは。
合わない人間と働き、内心環境にうんざりしていたところだったので、これには彼にとって喜ばしい事だった。
どうやらそこに本部があるらしい、と知ったのはつい最近のことだ。かなり厳重な情報統制をしかれているらしい。
それまでは己の事で完結していたので、そこにーーおまけに、その厄介な場所に送られるとは考えもしなかった。
重要な任務だと言うことを匂わされただけであり、
詳細は現地で確認してこい、とでも言うように瞬く間に船に乗せられてしまった為、どうも情報が少なく、不確定要素が多いのだ。それだけ、今回は機密度が高いのだろう。
…念の為、もう一度脳内でプロフィールをめくり、記憶を反芻する。やることは同じだ。ーー前と変わらない。
感情を殺すことも、偽ることも。
あぁ、それはとても得意だ。たとえどんなに姿が変わろうと、…でなくなったとしても。
ユージンという名前、混血二世……移住の為移民として国を渡る…。
この時代にはありふれた、有象無象の経歴。
戦後の混乱ーーによって人々の国際化が進んだ結果、混血児は溢れかえった。
顔も知らぬまま去った異国の親に、その故郷に幻想を抱いて渡る人々は少なくない。
移民として渡る隠蓑にいいだろうと充てられたものだ。
混血というプロフィール通りに、瞳に青の薄いレンズを仕込んでいる為、少しの目の違和感には目を瞑っている。
ーー本当に初期の、"成り立て"の頃は、違う人物になった姿に違和感を覚えた。
しかしその違和感も今や無くなりーー麻痺したと言えるのかもしれないがーーなんら感情も動かない。
何者でもないことを完全に受け入れた今では、揺らぐこともない。
何者でもない己は、ただ使われるだけの狗であれと叩き込まれたからだろうか。
自ら手を切ったと言うのに、奥底ではいまだに囚われているのだろうか。
違う生を歩くーーそれが叶ったと言うのに。
気付けば自身の一部となり、あの人生の全てが溶け込んでいた。
冷笑を浮かべていることに気づいて、笑みを消す。
どちらにせよ。
新大陸に渡るのは、◇◇ではないユージンとしてーー見極める為にも、今は流れに身を任せるしかない、と区切りをつける。
ーー新大陸への到着を知らせる汽笛が、鳴り響く。
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