第4話
薄暗い室内。執務机の椅子に毅然とした態度で座り込む男。
その目の前には、男と言うには年若い──何処か浮世離れした雰囲気の青年が佇んでいる。男が尋ねた。
「──彼女"はどうしている」
「至って変わりなく」
「そうか」
淡々と青年の報告を聞く男が、ふと思い出したかのように尋ねた。
「……お前が拾ったというあの男は?」
あの男、と言うのは、青年が見つけた有望株のことだろう。
使えるか?という意味に、青年は微笑む。
「彼は面白そうですよ。上手く仕込めば、……この世界に馴染んでくれそうです。素晴らしい逸材を拾いました」
「……良いだろう。こちらとしては、嬉しい限りだ。くれぐれも扱いを間違えるなよ」
男は目を閉じ、ため息を吐いた。
「教団などという馬鹿げた輩に、"我が庭"を荒らされては困るからな」
青年は目を瞬かせた。この男のそういった発言など、初めて聞いたからだ。
いや、そもそも男が──自身の生まれであるこの界隈を嫌悪しているような感情の吐露など。
「しかし貴方自身、旧い家の家系では?」
"自身もあちら側の人間だと言うのに、何故、それほど毛嫌いしているのか?
込められたその意味に、かの男は当然気づいたのだろう。一瞬顔をしかめたが──すぐに元の無表情へと戻った。男がつぶやく。
「かの大戦が終わり、世界は変わった」
「迷信が溢れ、人が信じることで力を得た魔術もまた、人々の変化と共に力を失いつつある」
「世界は変わり、力を失いつつある魔術など───狂信者どもに骨の髄まで吸い尽くされた残骸、負の遺産そのものだ。犬も食わんよ」
男はふっと嘲笑を浮かべた。
「魔術だと? 馬鹿馬鹿しい。この国は、進んだ科学が浸透する"偉大なる合衆国"だ。何人たりとも、その認識を覆させることは許さん」
魔術だとか下らないものに、振り回されるのは、もう御免だ。
おそらく男の本音なのだろう。
旧いものと言うのは、なかなかどうして、その縛りに縛られることが多く──この界隈に振り回されたというのも、あながち間違いでは無いのだろうか。
毛嫌いしている理由には、どうやら私怨も混じっているらしい。
青年は内心微笑んだ。この男は冷酷だ残酷だと言われるが、それなりの感情はある程度には人間らしいということが分かり、やはりこの男も人間だ、ということに、安堵を覚えたからだ。
得体の知れないものほど、恐ろしいものはない───この男の内側を、ほんの少しでも知ることが出来た。
スキを見せなかった男の、ほんの僅かな緩みを垣間見て、青年は細く笑んだ。
「この国を守る義務のある私としては、狂信者の下らない遊びで、"大事な国民"が傷つけられてはたまらないからな」
クックッと喉を鳴らすように笑った男は、椅子に座ったままくるりと身体を翻した。
射抜くような青い瞳には、冷酷さが宿っている。
「例え、私自身が──貴様らの管轄内の人間として生まれたからと言って、大統領としての判断は、あくまでも国の為だ」
青年は内心眉をひそめた。
国の為──最優先は国であり、もしそれが阻害されるような事態がおこれば、捨てることも厭わないと?
その意味が込められているのなら──それは青年との間の契約に反する。
その一線を越えられると、青年は黙ってはいられなくないだろう。
血が沸騰するような、全身が研ぎ澄まされる感覚に身を委ねながら、非難するように向けた視線。
その男は──身体を震わせた。滑稽な冗談を聞いたとでも言うように。
「ふふ、そう勢い着くな。君達を手放す様なことはしないさ。私には君たちが必要だ。君たちの力は大きく、より広いツテもある。……せっかく手に入れた便利な物を、手放すだなんて勿体ないだろう?」
モノ扱いとは酷いものだ──青年は苦笑した。
目の前の男は、人間だ。ただの人間。青年が飛びかかれば抵抗する間もなく、絶命するだろう程には弱い、脆弱な生き物。
人ではない青年にとって、目の前の男は殺そうと思えば簡単に殺せる獲物。
そうしないのは、この男の管轄に置かれることによって、居場所を得ているからだ。奴隷のような劣悪な扱いを受けることは無い。それに、行き過ぎた力を持つ存在は、粛清されがちだ。首輪をつけ、順従なフリをしているのが平和だと言うことに気づいた。それを理解するのに、人ならざる青年は随分と時間を要した。
仲間というより、それなりの規模の組織を率いている人ならざる青年にとって、──組織員達は家族のように愛着がある。それを傷つけられるような間違いがない限り、この男の命も、自分たちの居場所も守られる。万が一、かの契約が違えることがあるのならば、青年は。
青年の背後に一瞬、ゆらりと浮かんだ───蠢く異形の触手達。
その触手が、自らを大統領と言った男の背後に──忍び寄りかけた刹那、ふっと青年の力が抜けた。
契約は守られる限り、永続する。
ならば、青年も守る義務がある。
何より今は、手に入れたかの男の仕込みの仕事もある。暫くは飽きずに済みそうだ。
「分かりましたよ、偉大なる大統領様。───"偉大なる合衆国に栄光を"」
そうして賽は投げられた。
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