第3話
──死ぬ。何も死を恐れている訳では無い。…否、死ぬことによりも、その死によって任務を果たせなくなることがよほど重要だ。
諜報員にとって、任務途中の死は屈辱であり、野犬が野垂れ死ぬようなものーー死する時でさえ、誰の目にも入らず、あくまでも偽装したその人間として死ぬ。
本来の自分さえも表に出すことを許されない、何者でも無い───忠実な駒。
その事実に憤慨することは無い。覚悟を持ってこの界隈へと飛び込んだのだ。これから受ける筈だった任務がどう言ったものだったのかは分からない。
諜報員としてこれ以上の活動は出来ずに、死を持って終わりを迎えるだろう。その性質上の、秘密を暴きもち帰るという最低限の仕事はこなした。その情報をどう扱うかは、上が決めてくれるだろう。
意識が混濁してきているのだろうか。
誰かの足音が聞こえるなど。
無事な乗客が居たのだろうかーー。或いは、死神のものだろうか。
僅かに不明瞭な視界に映った、乗客の誰か──死神かもしれない、黒く磨かれた靴。
死の迫る身体に、起き上がる余力はなかった。
本能的に、"死神"だろうと理解していた。
「──死にかけの君に、良い提案があるんだ」
死神の声はやけにハッキリと聞こえた。
軽い声音で"死神"が言った。
その提案は、もし叶うのならば────ひどく魅力的なものだった。
何者でもない、ただ代わりのきく手足としての道を選んだ慎二にとって。
示された希望。組織への裏切り。捨てきれなかったもう一つの人生。願うのならば。抗うことなど考えられなかった。ただ、その言葉を受け入れることしか。
──その言葉を聞き取ったらしい、死神の満足げな嗤い声が聞こえた。
聖歴19xx年。
大規模な鉄道事故。
死者行方不明者合わせ──人という規模の記録を出した悲劇の事故。その中には不慮の事故に巻き込まれた、哀れな留学生も含まれていた。しかしその記憶も、いつしか人々の記憶から忘れ去られた…。
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