第四話 祖父を探す条件
「ねぇ。『現世』へ戻る電車は、いつ出るの?」
尋ねる茜に、彼は細く煙を吐き出す。
「こっちの感覚で一日後くらいかな。といっても『現世』の身体感覚ではほんの一晩くらいだろう。こっちとあっちでは時間の感覚が違うから」
「そっか……」
周りの景色から視線を引き剥がすと、今度は暇そうに煙草を吹かしている彼に目を向ける。
そして、茜はにっこりと彼に笑いかけた。
「じゃあさ。私、それまでの間、おじいちゃんを探したいんだけど」
「……へ?」
彼は煙草をくわえたまま、間の抜けな声を出した。
「だから、私の祖父を探したいの。そんで、謝りたいんだ。ううん、おじいちゃんを探してきちんと謝るまで、私、帰らない」
きっぱりとそう宣言する茜に、彼の視線が再び鋭くなる。
「……お前、自分が何を言ってるかわかってんのか? 生霊が長い間、肉体から離れていると二度と戻れなくなって、本当に死んじまうんだぞ?」
「そ、そうなの?」
死んでしまうと言われると迷いが生まれる。でも、どのみち次の電車が出る時間まではここに留まるしかないのだ。
「じゃ、じゃあ、次の現世行きの電車が出るまででいいから。お願い。私におじいちゃんを探させて。私、おじいちゃんと会えるかもしれないのに駐在所でじっとしてなんかいられない! おじいちゃんに謝らなくちゃいけないことがあるの! 私、おじいちゃんが亡くなる直前に酷いこと言ってしまって、謝れないまんまなの」
両手を合わせて、彼に拝む。煙草をくわえたまま、彼はおもいいきり苦虫をかみつぶしたような顔になった。
しかし、しばらくお互い無言で見つめあったあと、折れたのは彼の方だった。
盛大なため息をついたうえで、
「……わかったよ。無理矢理、駐在につれてったところで、このままじゃ脱走しそうだしな」
「じゃ、じゃあ」
嬉しくて顔を綻ばせる茜に、彼は厳しい顔をしたまま煙草を挟んだ指を茜につきつける。
「ただし、条件がある」
「じょ、条件?」
「条件は二つ! 一つは、期限は次の『現世』行きが発車するまでだ。それまでにお前の祖父とやらが見つからなかったとしても、有無を言わせず車両に放り込むからな」
それは確かに従っておかないと、二度と『現世』に戻れなくなりそうなのでこくこくと茜は頷く。
「もう一つは、俺も同行するから文句言うな。お前一人がうろちょろして、不慣れな『たまゆらの街』で迷子になられても困るんでな」
「ええええ……」
祖父に謝りたいというごくごく個人的な、それも後悔とか謝罪とかどちらかというと後ろめたい気持ち満載の人捜しを見知らぬ他人に手伝ってもらうのは、なんとなく気後れしてしまう。
でも、考えてみれば、見知らぬ街で時間制限もある中、一人で人捜しをするのは不安も大きい。そもそもこの『たまゆらの街』がどれくらいの広さがあるのかすら、茜は知らないのだ。
その点、彼は警察みたいな仕事をしているらしいから街のことにも詳しいだろう。人捜しを手伝ってもらえたら、こんなに頼もしいことはない。
なんてことを頭の中で巡らせたあと、茜はこくりと大きく頷いた。
「わかった。おじいちゃんを探せるのなら、条件をのむわ。あ、私、茜って言うの。ちょっとの間ですが、よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をして顔をあげると、彼と目が合った。さっきまでの厳しかった目つきは影を潜め、どこかほっとしたような笑みを浮かべた彼は意外にも優しそうだった。
「ああ、よろしくな。俺のことは、『キヨ』とでも呼べばいい。よしっ、そうと決まったら時間がもったいない。走るぞ」
「え、えええええ!? 走るの!?」
キヨは煙草を靴でもみ消すと、とっとと先に走っていってしまう。その背中を必死に追いかけながら、一瞬でも彼を優しそうだなんて勘違いしたことを後悔する茜だった。
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