魔王参戦②

 アインゼス竜皇国にキラト、リューベ、ジュリナが転移してきたのは太陽が傾き始めた頃である。


 キラト達の気配を察したシルヴィスはキラト達を出迎えるために移動すると、そこには文官に丁寧に案内されている姿が見えた。シルヴィスとヴェルティアの結婚式に異世界の魔王が参列したこととその後も交流があることは武官、文官問わずに広く知られていることである。

 しかも現在はアインゼス竜皇国が親征の準備中である。この状況での魔王キラトの来訪は助力の申し出であると期待してしまうのは当然であり、対応もより丁寧になるというものである。


 また、キラトも対応した文官に『今回の親征に対し助力に来た』と話しており、より文官達はさらに丁寧に対応することになるのである。


「キラト」


 シルヴィスがやってくるとキラトは小さく微笑んだ。


(ん?何かおかしいな)


 シルヴィスはキラトの表情にやや違和感を感じた。具体的には何かやってやろうという雰囲気を感じたのである。


「今日はどうし」


 シルヴィスが声をかけてキラトの間合いに入った瞬間にキラトの右拳が放たれた。恐るべき速度と威力、そして初動をまったく読ませないレベルの一撃である。


 シルヴィスであってもキラトの一撃を避けるのはギリギリである。並の、いや一流の者達であっても気付く間もなく命を失っていても不思議ではない一撃である。

 シルヴィスはその一撃を紙一重で身を捻って躱すと、そのまま裏拳を放ち反撃する。


 バシィ!!


 シルヴィスの一撃もまたキラトと同レベルのものだ。シルヴィスの一撃がカウンターで入らなかったのはキラトだからである。


「ほう……ヴェルティアさんが攫われたからといって萎れてはいないみたいだな」

「誰が萎れるか」

「愛する嫁が攫われれば真っ先に飛び出していって異世界の連中を皆殺しにするお前が動いていないのだから、すっかり萎れているのかと思ってたんだよ」

「ちょっと待て、お前の中で俺はそんな理性無く暴れまくるやつなのか?」

「違うのか?」

「当たり前だろ。お前を基準に理性を語るなよ」


 シルヴィスは不満気に言う。口調と表情は不本意というものであるが、その奥にシルヴィスの楽しいという感情が感じられる。


「シルヴィスさん、キラト様は自分に声かけてこなかったことを拗ねているんです」

「ほう」


 リューベの言葉にシルヴィスはニヤリと笑う。リューベの言葉にキラトがこのやろうという表情を浮かべてるのを見るからである。


「事実?」


 シルヴィスはニヤニヤしながらキラトに尋ねる。この辺りは完璧にキラトをからかってやろうという思惑が感じられる。


「シルヴィスさん、あんまりいじめないでください。それにシルヴィスさんも問題あるんですよ」


 そこにジュリナがシルヴィスに文句を言ってくる。ジュリナの言葉にシルヴィスはやや旗色が悪い事を察した。その様子を見てジュリナが言葉を続ける。


「そもそも、なんでキラト様に声をかけなかったのですか?」

「リネアさんが身重だし、キラトを引っ張り出したときにリネアさんに何かあったら大変と思ってさ」

「リネア様はそのシルヴィスさんの心遣いが無用とおっしゃってましたよ」

「う…」


 ジュリナの言葉にシルヴィスは反論することができなかった。気を遣ったリネア自身に配慮無用と言われれば返すことが出来ないというものである。


「シルヴィスさん、我々はシルヴィスさんやヴェルティアさん達に世界を変えてもらいました。そのご恩を返すというのはもちろんありますが、何よりも私達はみなさんが大好きなんですよ」

「はい…すみません」


 ジュリナの言葉にシルヴィスは小さくなった。相手の道理を認めてしまえばシルヴィスは反省するのである。逆に言えばどんなに権威のあるものであっても、道理に合わない主張に対しては猛然と反抗するのである。


「リューベもどうしてあんな事を言うの」


 今度はジュリナの矛先がリューベに向かう。自分に矛先が来たことに対し、今度はリューベがバツの悪そうな顔を浮かべる。リューベとすれば場を和ませようとした発言であったのだが、結果としてキラトの立場を悪くしてしまったのである。もちろんリューベも第二軍団長を務める男であり、通常は主の立場を悪くするようなことはしない。あくまでもシルヴィスとキラトという関係性によるものである。


「いや、キラト様とシルヴィスさんの関係性を考えればな……そう問題にはならないだろうなと思ってさ」

「でもキラト様の立ち位置が悪くなったし、シルヴィスさんは立場が悪くなったわよ?」

「う…」


 ジュリナの言葉にリューベはあえなく撃沈されてしまった。


「さて、キラト様、シルヴィスさん。今後の事もありますので素直に気持ちを話してください」


 ジュリナはニッコリと微笑むとシルヴィスとキラトは苦笑を浮かべた。この状況で互いに意地を張るのは確かに情けないと言うべきである。


「助けに来たぞ」

「助かる」


 キラトとシルヴィスはそう言葉を交わすと互いに笑う。


 キラト達が親征に加わった。

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