閑話 ~軍官僚達の休憩話~

「何とか物資の調達は目処が立ったな」

「ああ、兵員総数六十万の大軍だ。これだけの計画は先輩達も覚えがないという話だが何とかやり遂げたな」

「ふう。一息入れようか」


 一人の文官がそういって立ち上がると紅茶を同僚の分と一緒に入れる。


「お、ありがとうな」

「いいってことよ」


 文官は紅茶の入ったコップを同僚に手渡すと向かい合って座る。


「しかし、ものすごい事になったな」

「六十万もの大軍を運用するのは骨が折れるな」

「しかし、今回の相手は異世界の神とシュレー何とかという国だろ?」

「ああ、そういう話だな異世界の神か。どれだけ強いかわからんな。相手の規模も分かっていないのは不気味だな」

「それは確かにあるな」


 この文官達はリザーノルフ軍務卿の元で働く軍官僚であった。ヴェルティア誘拐に端を発したアインゼス竜皇国の親征の準備によりアインゼス竜皇国の文官達は大忙しであった。

 

 軍の出兵というのは一度決定されれば自動的にととなうわけではない。情報収集、物資の確保、兵の訓練、物資の移送計画、軍の編成、指揮官の選択とやることは限り無くある。

 この二人は物資の確保を担当する部署の軍官僚である。


 アインゼス竜皇国では武官と文官の仲は悪くない。武官達は兵士達に自分達が眼前の的に集中できるのは文官達が物資を確保して効率的に輸送計画をたてているからだとして、決して軽んじることないようにと常日頃伝えているし、文官達は前線で命を張っている武官や兵士達のような事は我々はできない。だが支えることはできるという教育を新人時代から叩き込まれるのだ。


 なぜこのようなことになったのかというとヴェルティアがたびたび暴走し、その後処理に武官と文官が連携して事に当たっているために自然と互いに敬意を持つようになっているのである。


 これではヴェルティアの被害者という感じになるのだが、実はそうではなくヴェルティアの暴走は結果的に国益に大きく貢献しているのだ。神族が支配しているヴェスランカ王国の侵攻に対して独力でヴェルティアが撃破したことで軍は人的、物的被害はなくなったし、軍を動かさなくてすんだことで財政的に負担も一切なかったのである。確かに仕事は増えたがヴェルティアがいなかったことに対する国家の負担に比べれば何の問題も無い。


「しかしアルマパン・・・・・の存在は助かるな」

「ああ、戦場で甘味は必要不可欠だ。今までであれば砂糖を大量に使うからそれで苦労したものだがアルマパンのおかげで砂糖の使用量が格段に減ったのは正直助かる」

「皇女殿下が広めたらあっという間に広まったからな」

「最近はバターで焼くという食べ方も流行っているようだぞ」

「やってみたんだがアレは確かに美味いな」

「おれはシンプルにそのまま食べるという方が好きだな」


 アルマパンというのはシルヴィスの母アルマがシルヴィスのために作っていた蒸しパンのことで、ヴェルティアがいたく気に入り、それをユリが軍の携帯食に推薦すると一気にアインゼス竜皇国で広まったのである。

 ヴェルティアの行動は直接的、間接的に国益に繋がり、その恩恵も文官、武官問わずに受けるのである。


「しかし今回の軍編成は苦労してるらしいな」

「ああ、志願者が多すぎるらしい。軍編成の部署の連中が悲鳴を上げていたよ」

「まぁ気持ちはわかる」

「だな」


 二人の軍官僚はそう言って互いに笑う。今回の出征は相手が神と言うこともあり、相当な激戦が予想されるという危険極まりない戦いなのは全員が理解している。だが、それでも、自分達からヴェルティアを奪おうと考えている犯罪者国家や神に対しての怒りが凄まじく志願者が後を絶たないのである。

 軍編成から外れた者達が陳情に訪れるような事は日常茶飯事であり、兵が集まらないという苦労とは全く真逆の状況に陥っているのである。


「ひょっとしたら将兵数が増えるかも知れんな……」


 この同僚の発言にもう一人頷かざるを得ない。


 あまりにも志願者が多いことで編成部署が根負けしてしまう可能性を捨てきれないのである。

 これは単に屈したということではなく、軍の士気を維持するために必要な措置であるとして上層部が決断する可能性があるのだ。


「どれくらい増える可能性を考えてる?」

「俺は四十万位増えるのではないかと思っている」

「総勢百万か……」


 二人の軍官僚はゲンナリとした表情を浮かべた。六十万の大軍の食料、物資を確保する目処が立ったばかりなのに、さらに四十万増える可能性があると考えればゲンナリとするものである。


「しかし、前線の兵達をうえさせるわけにはいかんな」

「ああ、そんなことになれば俺達の永遠の汚点だ。そんなみっともない真似はできんな」


 二人はそう言うと互いに頷くと、少し残った紅茶を飲み干した。


「さて、やるか」

「おう」


 二人はそう言って再び物資確保の仕事に取りかかった。


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