ヴェルティア異世界無双編

ヴェルティア誘拐①

「誰かに見られてる?」

「そうなんですよ!! この数日誰かの視線を感じてるんです」


 シルヴィスの問いかけにヴェルティアが力一杯返答するとシルヴィスは目を細めた。


「お前に気取らせない……中々の手練れかも知れんな」

「私のように完全無欠の美女に熱い視線が注がれるのはいわば当然のことなんですけどねぇ。でも心配しないでください!! このヴェルティアはシルヴィス以外の方に心奪われることなどあり得ません!!」

「あのな」

「はっはっはっ!! 大丈夫です。そんな頭を抱えるほど心配なんですか? もう少し自信をもって…いひゃい」

「誰がそんな心配するか」


 ヴェルティアの頬をシルヴィスが抓りながら言う。


(これって惚気よね)

(ああ、どう考えても惚気以外のなにものでもないな)


 ディアーネとユリは主夫婦のやりとりをため息混じりに見ている。二人の会話は要約すると、「お互いのことしか見ていない」という意味でしかないのだ。

 

「あ、そうでした!!」

「ん?どうした?」


 ヴェルティアが何か思い出したようでシルヴィスが尋ねる。


「お母様のところにいかないといけませんでした」

「お前……今度は何をしたんだ?」

「何をいっているのです。このアインゼス竜皇国の皇女である私がお母様にしかられるようなことをするわけないでしょう!!」


 ヴェルティアは胸を張ってシルヴィスに向かって断言した。大変自信たっぷりな物言いだがよく母親にしかられているのだが、その前向きすぎる・・・性格のためにアドバイスとしか受け取っていないのである。それゆえにヴェルティアにしかられたという認識がないだけなのだ。


「なら義母かあさんに呼び出されるようなことって何なんだ?」


 シルヴィスがヴェルティアに尋ねる。シルヴィスは私的な場所では義父母のことを義父とうさん、義母かあさん呼びしているので、咎められるようなことはない。


「よく分かりませんけど、一人で来なさいとのことでした」


 ヴェルティアが胸を張って明るく言うのを見て、シルヴィス、ディアーネ、ユリの三人はため息をついた。どう考えても母親であるアルティミアによる説教が予想されるのに当の本人はどこ吹く風なのだ。


「ディアーネさん、ユリさん……申し訳ありませんがついていってあげてくれませんか」

「承知いたしました」

「うん、まかせてくださいよ」


 シルヴィスの提案にディアーネとユリは即答した。その様子を見てヴェルティアは首を傾げた。


「お母様は絶対に一人で来なさいと言ってましたね。ディアーネとユリは連れてこないようにと言ってましたね」


 ヴェルティアの返答にシルヴィス達三人は顔を見合わせた。ここまで厳命されていると言うことは本当に一人でいかないといけない流れであることを三人は知っているのである。


「わかったよ。とりあえず義母かあさんのところにいってきな」

「そうですね!! お母様も待っていることですし行ってきますね!!それからメルナさんへのお祝い品をどうするかを考えなければなりませんね」


 メルナというのは先日生まれたシルヴィスの兄夫婦の娘の名である。


「ああ、叔父は食器を贈るというのが普通らしい」

「そうなんですか?」

「ああ。生まれた子が食べる時に困らないようにという願いがこめられているらしい」

「なるほど良いものですね」

「こういうしきたりは大切にしないとな」

「そうですね。そういうしきたりを馬鹿にしてはなりません!!」


 シルヴィスもヴェルティアもしきたりをバカにするようなことはしないし、自分達とは違う風習に対しても否定するようなことはしない。だが、それはあくまで無制限ではなく自分達の文化を否定しない限りである。こちらから否定することはしないが、相手からの否定に対しては唯々諾々と従うつもりなど一切ない。シルヴィスもヴェルティアも徹底的な相互主義者であり、侮辱してくる連中に対して敬意など一切持たないのである。


「さて、それでは行ってきますね」


 ヴェルティアはそう言うとシルヴィス達は苦笑を浮かべながら頷いた。これから何かしらの説教が行われるのだろうが、本人はさらりと受け止めるのだろう。ある意味、ヴェルティアの最も人にうらやましがられるところかもしれない。


 部屋を出たヴェルティアは母であるアルティミアの元に向かう。


「うーん、またですね」


 ヴェルティアはまたも自らに注がれる視線に首を傾げる。


「まぁ用があればむこうから来ると考えましょう。とりあえずお母様の所にいそぎましょうかね」


 ヴェルティアはそう言うとアルティミアの元へと歩き出した。


 そして、しばらく歩いたところで四人の男がいた。黒いロングコートに幾何学模様の入った仮面を身につけたいかにも怪しい雰囲気の男達四人である。


「どなたです? うちとは違う装束ですけど?」


 ヴェルティアがそう問いかけたところで二人の男が動いた。ヴェルティアへの間合いを一瞬で詰める。


『*>・、!!』


 男はヴェルティアの知らない言語の雄叫びを上げて右拳を放ってきた。ヴェルティアは驚異的な速度で放たれた右拳をするりと手を添えて軌道を逸らし、裏拳を男に見舞う。


 ドゴォ!!


 まともにくらった男はそのまま一回転して床に転がった。


「^:@#!!」


 動かなくなった男に仲間の一人が声をかける。明らかにヴェルティアの強さに驚いているようであった。


「てぇい!!」


 ヴェルティアがそんな好きを見逃すはずはない。容赦なく前蹴りを男の胸骨へと放つ。


 ギョギィ!!


 形容しがたい音が周囲に響き男は口から大量に血を吐き出しながら大の字になって床に転がる。ビクンビクンという痙攣がそのダメージの深刻さを示している。


「&%()%$#”!!」

「*`~~~(&$(!!」


 残りの二人の男はまたも何やら叫びながら動く。一人は右に飛び壁を蹴り三角飛びの要領でヴェルティアに襲いかかり、もう一人は跳躍し天井を蹴ってヴェルティアへ向かって飛んだ。

 

 同時に二方向からの攻撃であり、これを躱すことは容易ではない。ヴェルティアの実力であれば問題なく対処できる攻撃であった。だが、それでも二方向に意識を向けざるを得ない。それが原因であったのだろう。ヴェルティアの足下に魔法陣が浮かぶとヴェルティアの姿がかき消えた・・・・・


「$#……」

「@@……」


 男達は緊張した面持ちで自分達の任務が完了したことを確認するとほっと一息をついた。


 だが、その一息は次の瞬間に恐怖に染まることになる。


「ヴェルティア!! なんだお前らぁぁ!!」


 怒りに満ちた表情を浮かべるシルヴィスが男二人に襲いかかったのだ。



 

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