ディアーネの結婚話⑤

 ヴェルティアの宣言に全員が唖然とした。いや、この状況にあって即座に動けるものがいた。


 アインゼス竜皇国の勇者・・(本人は知らない)であり、夫、そして将来の皇配であるシルヴィスである。


 スパーーン!!


 シルヴィスがヴェルティアの頭を叩いた音が響き渡った。結構な痛さだったのだろうヴェルティアは頭を押さえて蹲った。


「お・ま・え・は・ど・う・し・て・そ・う・な・ん・だ!?」


 シルヴィスは蹲るヴェルティアの前で仁王立ちして言う。


「全くシルヴィスはちょっとばかり愛情表現が過激ですねぇ〜」

「もう一発行っとくか?」


 シルヴィスは拳を握りしめた。


「ふふん、甘いですねぇ〜シルヴィス」


 ガバっと立ち上がったヴェルティアは余裕の表情を浮かべて言い放った。


「はぁ?」

「ふふふ、いいですか!! シルヴィスは私がディアーネの結婚話をぶち壊すことでリールワルト男爵から恨みを買ってしまうという心配をしているのでしょう? ですがそのような心配は無用なのです!!」

「ほう……どういう論法だ?」

「それどころかリールワルト男爵からもディアーネからも感謝されることは間違いなしです!!」

「一応聞いておこう……お前、何をするつもりなんだ?」


 シルヴィスの様子はこれから先を聞くのが頭が痛いという様子である。


「もちろん、ディアーネの職場での様子を包み隠さず伝えるつもりです!! 器の小さな男ではこの段階でドン引きして結婚を辞すことになるでしょう!!」

「おい……」

「なんですか? シルヴィスは私の深慮遠謀を褒め称えたいという気持ちはよく分かりますけどここは押さえてください」


 ヴェルティアは得意満面の表情でシルヴィスに言い放った。


「第一、これから夫婦として長い間一緒にやっていこうと言うのに一面だけみて偶像化することなんか良いことは一切ありません!! 結婚というのは相手の良い面も悪い面も相手に知ってもらう必要があるのです!!」

「一理あるな……」

「ちょっとシルヴィス様!! 論破されかけないでください!!」


 ヴェルティアの意見にシルヴィスが理解を示しかけたところで、ディアーネが慌てて止める。


「お〜さすがはシルヴィスですねぇ〜まぁ私のような完全無欠な皆の憧れである私には悪いところが見当たらないでしょうから対象外でした」


 ヴェルティアはうんうんと頷きながらいう。


「いや、お嬢の場合はとっくに並の男達を置き去りにしてたよ」

「まぁ、それはそうですね。本当にシルヴィス様以外の方から言い寄られた経験はないですしね……」


 ユリとディアーネの声は苦渋に満ちている。おそらく二人の脳裏にはシルヴィスと出会う前のヴェルティアの爆走を思い出しているのだろう。


「何を言ってるんですか? 私は皆の視線を感じてましたよ?」

「ヴェルティア様への視線は魅力的に注がれる異性の熱い視線というよりも、すごいなという超越者に注がれる尊敬の視線です」

「何が違うんです?」

「今となっては大したことではありません。気にしないでください」

「そうですか?」


 ディアーネの言葉にヴェルティアは少し首を傾げたが、すぐに気を取り直したのだろう。


「さて、話は決まったということでディアーネの仕事の様子を包み隠さず話すことしましょう!!」

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

「まぁ、まぁ」

「ちょっとユリ!!」


 ディアーネが静止しようとしたところユリがディアーネを後ろから羽交締めした。


「考えてもみろ。これから長くやっていこうという相手がお前の本当の姿ではなく偶像に恋をしていたらどうだ?」

「う……」

「わかるだろ? ある意味、お前もお嬢と似た立場なんだって」

「な!! それをいうならあなたもでしょう!!」

「私はそんなことないぞ!! お嬢とお前と一緒にするな」

「なんですってぇ!!」


 ここでディアーネとユリの紛争が勃発した。


「おお!! 二人とも喧嘩はいけませんよ!!」

「元々はヴェルティア様のせいです!!」

「お嬢が発端だよ!!」


 三人はいつものやりとりを始めた。その様子はごくごく自然であり、貴族としてはともかくだが、個人としてイキイキとしているのを感じる。


「リールワルト男爵閣下」


 シルヴィスはヒイロへと声をかける。


「はい」

「あれがディアーネさんの素です。いえ、より正確に言えばああいう一面もディアーネさんにはあるということです」


 シルヴィスの言葉にヒイロはにっこりと笑って頷いた。その笑顔にはとても穏やかなものであり、三人のやりとりに悪感情を持っていないことをシルヴィスは察した。


「ええ、本当に魅力的な方です」

「それでは?」

「はい」


 ヒイロはシルヴィスにそういうと一礼してディアーネの元へと近づいていく。


 ヒイロが近づいてきたところで三人はやりとりを止めてヒイロへと視線を向けた。


「ディアーネ嬢、あなたに結婚を申し込みたい。私の妻になってはくれないだろうか?」


 ヒイロはそう言ってディアーネの元に跪いた。アインゼスの貴族達の求婚の儀礼である。


 ヴェルティアとユリは今度はディアーネへと視線を向けるとディアーネはゆっくりと微笑みヒイロの手をとる。


 これは求婚を受ける・・・という合図であった。


 貴族令嬢としてあまりふさわしくない様子を見せたにも関わらずそれを魅力として捉えたことに対してディアーネは応えたのである。


「えっと……これはひょっとしてディアーネは結婚が決まったということですか?」


 ヴェルティアがあれ?というように首を傾げながらいう。


「そうみたいだね。まぁディアーネの素をみても求婚したということは、貴族だからというわけではないんだと思うよ」

「え〜私の試練を越えてないんですよ!!」

「お嬢、あんまり他人の恋路に首を突っ込まない方がいいよ。一応聞いておくけど何をリールワルト男爵に言うつもりだったの?」

「え〜とですねぇ。やっぱりディアーネは私ほどではありませんがデキる女であることを伝えるつもりでした!!」

「それは試練にならないよ……」

「そうですか? 私のような圧倒的な完璧な美少女に褒められるということはそれだけ気後れすると思うんですけど?」


 ヴェルティアの言葉にシルヴィスが額をぺチリと叩いた。


「ほら、帰るぞ。これ以上は迷惑だ」


 シルヴィスがヴェルティアの首の後ろを掴むと転移術を起動すると三人の姿はかき消えた。



 ◇ ◇ ◇


 こうして結婚が決まったディアーネであったが、結婚後もヴェルティアの侍女として働くことを二人で話し合って決まったようであった。


 ただし、まだ正式な結婚はもう少し先ということになった。


 このディアーネの結婚を知った白バラ派の面々は最初嘆き悲しんだもの達が多かったが、結婚後も侍女として働くこと、そして何よりも幸せな様子にやられる白バラ派のメンバーが続出することになったのである。

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