後日譚 第14話 グランパリオ激震④

 アインゼス竜皇国の交渉団は三百名を超えるほどの規模であり、グランパリオ公国として担当者達が目を回していた。


 しかも、一人一人の能力が完全に自分達の遥か上を行っていることは交渉開始後三分で思い知らされていた。


 グランパリオ公国の担当者達は終始圧倒されて交渉に赴くことになるのだが、アインゼス竜皇国は超大国である驕りなど一切見せずにグランパリオ公国との交渉を行った。

 このことにグランパリオ公国側も不思議に首を傾げることが多かった。どうして、ここまでアインゼス竜皇国が真摯な態度で交渉に臨むのか、なぜ大国の威を使ってこちらに要求を通さないのかが不可解だったのだ。


 交渉は一週間でまとまり、アインゼス竜皇国とグランパリオ公国との間で正式に国交が樹立した。


 グランパリオ公国の交渉に当たった面々は精魂尽き果てるという表現そのものであり、交渉に当たった面々はそれから一月ほどの休業に入ってしまったのである。


 残された数少ない役人達はこの危機を団結して乗り切ることに成功したのだが、役人の数が不足していることが浮き彫りとなり、アインゼス竜皇国の支援を受けながら教育機関が設立されることとなり、グランパリオ公国は小国から脱却していくこととなるのであった。



 ◆ ◇ ◆ ◇


「お父様!! 聞きましたよ!!」


 バンと扉を開け放つと同時に入ってきたのは、アインゼス竜皇国第一皇女であるヴェルティアであった。ちなみに扉を開け放って入った部屋はアインゼス竜皇国の絶対権力者である竜帝シャリアスである。


 本来あってはならないことであるが、もはや達観の域に達しているシャリアスは咎めるようなことはしない。


「アホ!!」


 部屋に飛び込んだヴェルティアの頭をペシとシルヴィスが叩いた。


「う〜痛いですよ。いきなり頭を叩くなんてシルヴィスひどいじゃないですか」

「蚊がいたんだよ」

「お〜蚊がいたんですか!! それでは仕方がありませんね!! ……ん?でもシルヴィス私にアホと言いませんでしたか?」

「それはお前が注意力散漫だったから注意喚起だ。蚊に刺されるような皇女がこのアインゼス竜皇国のみんなを導いていけると思っているのか?」

「は!! そ、そうでした!! 私としたことがあまりにも嬉しいニュースを聞いたためについ我を忘れてしまってました」

「さ、というわけで、お前は一度部屋から出てノックからやり直せ」

「はい!!」


 シルヴィスの言葉にヴェルティアは元気よく返事をすると部屋を出て扉を閉める。


 コンコン!!


 そこから即座にノックするとヴェルティアが声を発した。


「お父様!! お話があります!! 入ってもいいですか? いいですよね!!」


 ヴェルティアはシャリアスの返答も待たずにドアを開け放った。


「う〜ん、陛下の返事を待たなかったから減点な。母さんにも伝えておく」

「ちょ、ちょっと待ってください!! お義母様に伝えるのは待ってください!!シルヴィス!! 後生です!!」

「まったく。お前は、母さんに伝えられたら困るようなことをするなよ。それ以前に、陛下やみなさんにも呆れられないような行動を心がけろよ」

「わかりました!!」

「本当に……申し訳ございません。陛下、皆様方、ヴェルティアがお仕事の邪魔をしてしまい申し訳ございません」


 シルヴィスがそう言ってシャリアスと文官達へ頭を下げた。


「いや、別に構わないよ。今からシルヴィス君やヴェルティアを呼びに行くところだったんだ。手間が省けてよかったよ」


 シャリアスがそういうとヴェルティアが顔を輝かせた。


「お〜この間の良さ……やっぱり私って優秀ですねぇ」

「そんなわけないだろ。気を遣ってくださったんだよ」

「なんと!! まさかお父様がそんな心遣いをしてくださるなんて……お父様もそこまで成長されたのですねぇ〜うんうん」

「お前は何目線なんだよ」

「もちろん、娘です!!」

「お前、とりあえず今日の夕食はピーマン出してもらうからちゃんと食えよ」

「な!! シルヴィスはなんて意地が悪いんですか!! 鬼です!! 悪魔です!!」

「だ・ま・れ!! これ以上、陛下や文官の方々の仕事の邪魔をするわけにはいかないだろ。話を進めてもらうぞ」

「う〜仕方ありませんね。シルヴィスのいうことにも一理ありますのでここは引き下がりましょう……。さぁ、お父様!! 今日は私がここにきたのはですね。グランパリオ公国との国交樹立の件です!!」


 ようやくというかヴェルティアが本題を切り出した。


「ああ、私もそのことお前達を呼ぼうとしたんだよ」

「何と!!」

「簡単にいえば、我がアインゼス竜皇国とグランパリオ公国は国交樹立が成立した。それに伴い両国間での安全保障、技術、文化交流が促進されることになったわけだ」

「おお!!」

「それに伴いシルヴィス君の実家のある村に君たちが自由に行き来する権利を獲得することができた」


 シャリアスの言葉にシルヴィスは静かに一礼した。アインゼス竜皇国が突然、グランパリオ公国と国交を樹立した理由をシルヴィスは自分の実家があるためであることを当然の如く察していたが、それをシャリアスの口から聞けば感謝の念も当然のごとく湧いてくるというものである。


「今回のグランパリオ公国との国交樹立……俺、いえ、私の家族の保護のためのことだと思います。本当にありがとうございました」


 シルヴィスがそう言って深々と頭を下げる。


「シルヴィス君、今回の件は確かに君のためでもある。だが、友好国を増やすことはアインゼス竜皇国の国益にも叶うことだ」

「それでもありがとうございます」

 

 シルヴィスの再びの言葉にシャリアスは顔を綻ばせた。こういうふうに素直に謝辞を述べるシルヴィスの姿勢をシャリアスは気に入っているのである。


「ヴェルティア、いいかい」

「はい!!」

「シルヴィス君の実家の方達に迷惑をおかけしたらいけないぞ」

「わかってます!!お義母様だけでなくシルヴィスの実家の方々に私はそれはもうひっじょーーーーにお世話になっています!! そんな方々に迷惑をかけるなんてことはこのヴェルティアがやるわけにはいきません!!」

「うむ、まさしくその通りだな。ヴェルティア、今回のグランパリオ公国との国交樹立はシルヴィス君の実家の方々をアインゼス竜皇国にお招きすることが目的だ。両国の友好によって自由に行き来できるようにできれば気軽に遊びに来れるだろう?」

「おお!! 確かに!!」

「将来的に孫ができた時に気軽にお祝いに来て欲しいだろ。それに実家の方々も来たいだろうしな」

「なるほど!! しかしお父様がそんな深慮遠謀的なことを言われるとは!! 私ほどではないと思っていたのですが、お父様も結構やるものですねぇ〜」

「あれ? なぜ私はヴェルティアに上から目線で評価されてるんだろう?」


 シャリアスは首を傾げながら疑問を呈する。


「はっはっはっ!! そのような小さなことにこだわる様では困ります!! お父様は今後も成長していって欲しいものです」

「はいはい」


 ヴェルティアの言葉にシャリアスの顔に苦笑いが浮かんだ。


「しかし、お義母様達がいつでもアインゼス竜皇国へ来れるという法的根拠ができあがったことは本当に嬉しいです!! お父様!! 皆さん!! 本当にありがとうございます!!」


 ヴェルティアはそういうとシャリアスやその場にいた文官達にペコリと一礼する。ヴェルティアはこういうふうに他者に礼を述べることに一切躊躇しない。このような態度がヴェルティアが慕われる理由でもあるのだ。


「さぁ、シルヴィス!! 早速、お義母様に料理を教わりに行くとしましょう!! そして料理の後はお母様に裁縫を習います!!」


 ヴェルティアは嬉しそうにいう。ヴェルティアは料理を義理の母アルマに教わり、裁縫を実の母アリティミアに習っているのである。すっかりテンションが上がったヴェルティアはシルヴィスを伴って転移魔術を行使しようとするが、シルヴィスが止める。


「アホ、嬉しいのはわかるが少し落ち着けと陛下も言われたろうが」

「はっ!! そうでした!! 私としたことがしくじりましたねぇ」

「まったく……陛下、皆様方お騒がせいたしました」


 シルヴィスはシャリアス達にそう声をかけるとヴェルティアを伴い退出していった。


「陛下……シルヴィス様はやはりすごいですね……あの・・ヴェルティア皇女殿下をきちんと止めてくださっている」

「ああ、ヴェルティアは本当に良い伴侶に恵まれたよ」


 シャリアスはそう言ってうんうんと頷いた。


「陛下、シルヴィス様のご実家の方々も皇女殿下のストッパーとして我が国への貢献度は高いと思われます」

「うむ……ヴェルティアが慕っているというのは本当に大きいな。そして常識人というのは本当に貴重だ」

「……はい」

「何かな?」

「い、いえ、何でもありません!!」


 文官は慌てて話を逸らす。ヴェルティアのストッパーとしてシャリアス達があまり役に立ってないのはある意味、ヴェルティアが爆走するのはシャリアス達の教育の結果とも言えるのだ。言い換えれば原因とも言えるのだからストッパーになり得ないのも当然であったのだ。


「とりあえず。我が竜皇国にとって得難い人材が加わったのは本当に喜ばしい」

「はい。全くもってその通りでございます」

「現在はザンストヴォルト夫婦が護衛についているが、部下が百名弱の不死隊アーゼンというのでは我がアインゼス竜皇国も器が疑われてしまう」

「はい。しかし、正規軍を村に送り込めば……村の方々も心穏やかに過ごすことは難しいと思われます」

「ああ、そこが問題だ」

「軍部に……いえ、私ごときが依頼しなくても軍部ならば手を打ってますか」


 文官がポツリとつぶやいた言葉に周囲の文官達も頷く。このアインゼス竜皇国では文官と武官が反目し合うということはあまりない。もちろん意見の相違により激論を交わすことはあるが、それにより仲が悪くなるというわけではない。文官も武官も半目しあっては、ヴェルティアの暴走に対処することができない事を理解しているからだ。


「ふむ、アインゼス……いや我々・・の安寧のためにもグランパリオ公国、そしてシルヴィス君の実家の方々の平穏は我々が守るぞ!!」

「はっ!!」


 シャリアスの言葉に文官達は一斉に返答するとそれぞれの仕事に散っていった。


(いっそのこと……私自ら……護衛に入るか?)


 シャリアスは心の中でそんな考えが頭をよぎる。確実にやりすぎだが、それだけシルヴィスの実家の面々に期待しているということでもあった。


 アインゼス竜皇国という超超大国の中で重要事項になっていることをシルヴィスの実家は知らなかった。

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