後日譚 第12話 グランパリオ激震②

「失礼致します!! ザースレンク特使が戻りました」


 御前会議の真っ只中に文官が駆け込み高らかに告げた。本来であればあり得ない出来事であるが、御前会議の出席者の中から一切の不満、怒りは発せられない。エルヴィルが機関した場合はどのような場合であっても取り次ぐように言明をしていたからである。


「うむ、すぐに通せ」

「はっ!!」


 シャリアスの返答に文官は即座に返答すると、エルヴィルを呼びに文官は退出する。ほぼ同時にエルヴィルが会議室に入室してきたのは、すでに扉の外で待っていたからであろう。


「おお、よく戻った。それで首尾は?」

「はっ!! グランパリオ大公であるサーヴィル3世は我が国と国交樹立を承諾しました」

「おおっ!!」


 エルヴィルの言葉に御前会議の出席者から歓声が上がった。


「よし、よくやってくれた」

「はっ!!」

「ザースレンク伯、これより卿がグランパリオとの交渉の日程を調整せよ」

「承知いたしました!!」


 シャリアスの名を受けたエルヴィルは悦びに満ちた声で答えると即座に調整のために動き出すため退出していった。


「諸君、これより忙しくなるぞ」

「はっ!!」


 シャリアスは出席者を見渡しながら言い放つと出席者の中から気合の入った返答が発せられた。まるで戦の前のような気合の入り方であった。


「これより具体的な交渉に入ることになるがどれだけの人員が出せる?」


 シャリアスの問いかけに各閣僚達は口々に現状を確認し始めた。


「外務……三十人くらいなら何とか捻出できるが……それで足りるか?」

「商務は二十人ほどしか出せない……く……まさか、ゼルムス王国との貿易協定が大詰めの時期と重なるとは……すまん」

「法務は五十なら出すことができる。だが……グランパリオ公国の法律の確認作業に後七日はかかってしまう……」

「そうか……法務ですら確認作業がそれほどかかるか……軍務はどうだ?」

「師団長クラスであれば五人はすぐに出せる。だが、統帥部総長は現在、商務省同様にゼルムス王国との軍事協定の大詰めだ。流石に対応できない。私もだ」

「それは痛いな……軍務卿と統帥部総長が出向かねば先方への不義理と捉えかねない……」

「侮っていると捉えられれば国交交渉に支障が出るかもしれん」


 重鎮達は一応に苦い顔をする。アインゼス竜皇国の重鎮達は皆それぞれの分野で傑物揃いである。その重鎮達をしてグランパリオ公国との交渉に一分の隙も見せずに臨むつもりなのだ。


「陛下……各閣僚はゼルムス王国との交渉の大詰め」

「うむ。まさか重なってしまうとは……だが、グランパリオとの交渉は必ず締結しなければならない」

「御意……陛下、微力ながらこのゼイセアスをグランパリオに派遣していただけないでしょうか?」

「宰相をか……ふむ。切り札を切らねばならんか……やむを得んな。ここで出し惜しみして先方が国交樹立を渋るような状況になれば目も当てられん」

「はっ!! 全力を尽くします」


 宰相であるゼイセアス公爵は恭しく一礼した。本来の力関係で考えればグランパリオ公国がアインゼス竜皇国の要望を断れるはずはない。もちろんこの場にいる誰もがそのことを認識している。だが、百戦錬磨の彼らは交渉は常に思いがけない不確定要素があることを知っている。その経験が傲りというものを完全に排除しているのである。


「ヴェルティアを抑えることのできる可能性を持った方々を手放すわけにはいけないことはわかるな?」


 シャリアスの言葉に全員が力を込めて一礼する。


 ヴェルティアがシルヴィスの実家と良好な関係を築いていることは当然のこととして共通理解されているし、特に義母であるアルマに料理を楽しく習っていることにアインゼス竜皇国上層部は着目しているのであった。


『シルヴィス君の実家の方々は普通の人間の方々だ。当然ながらきちんと思いやらないといけないぞ。それに義兄の細君であるアリシア殿は臨月間近というではないか。考えなしに走り出してアリシア殿にぶつかったりしたら大変だ。絶対に走り出したりしたらいかんぞ』

『そ、それは確かにそうですね!! アリシアさんに何かあっては大変です!! それに義母さまもおっしゃっていました。料理は時として待つということが大切だったりするのよと……やはり、上の世代の方々の言うことは納得させられますねぇ〜』


 シャリアスからこのやりとりを聞いた閣僚達は何が何でもグランパリオ公国と国交を樹立して、シルヴィスの実家に平和にそして安寧に過ごしてもらいヴェルティアのストッパーとして活躍してほしいと思っているのである。

 すでにシルヴィスという最高レベルのストッパーがいる。だが、ストッパーは多ければ多いほど良いのである。

 そのためであれば、全閣僚が一丸となってことに臨むなど当然すぎることなのだ。


「陛下、あの蒸しパンの製法はユリシュナ殿より軍の携帯食に推薦がありました。簡易な製法、材料も砂糖を使ってない。しかし、素材の持つ甘味で冷めても美味いという蒸しパンは軍の携帯食としても十分に実用的なものでございます」

「うむ、前線に立つ兵士たちは大きなストレスに苛まされる。そのストレス緩和には食事、さらに言えば甘味が有効だ。この蒸しパンであればコストの安さ、製法も簡素化されているために作業効率も良い」

「おっしゃられる通りです。もちろん、いくつかの改良点も必要ではございますが素晴らしいものであることは間違いございません」


 軍務卿であるリザーノルフ侯爵の言葉に周囲の閣僚達も興味が湧いたようである。


「グランパリオ公国の料理は我々と嗜好が似ているのやも知れぬ」

「ああ、いっそのことアインゼス竜皇国の若い料理人を留学させるというのはどうだろうか?」

「それは妙案だ。新しいものは他と混ざり合って生まれることが多い」

「うむ、確かにそうだ。だが、それは国交を正式に開いてからだ。その意味でも宰相殿には頑張っていただきたい」


 閣僚達の視線がゼイセアス公爵へと向かうとしっかりと頷いた。


「任せてほしい。私の全能力・・・を注ぎグランパリオ公国との国交はまとめてみせる」


 ゼイセアス公の宣言にシャリアスを始め閣僚達は頷いた。


「よし、それでは宰相。グランパリオ公国との交渉の全権を任せる。頼むぞ」

「はっ!!」


 ゼイセアス公は近年稀に見る気合のこもった返答を行った。

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