後日譚 第11話 グランパリオ激震①
「た、たたたた大公様!!」
グランパリオ公国の大公であるサーヴィル3世の執務室に秘書であるジムスが飛び込んできた。
「どうした? お前がそんなに慌てるなんて珍しいな。しかし、我らに慌てるようなことはあってはならんのだぞ。何しろ慌てるということは判断を誤る可能性が一気に高くなるからな。私のようにきちんと冷静に物事には対処しなければならないんだぞ」
サーヴィル3世はそう言って秘書であるジムスを嗜めた。サーヴィル3世は統治者として十分な力量を持っている42歳の大公で大公の地位を20歳で継いで精力的に政務を執り行い大過なくグランパリオ公国を治めている。
「も、申し訳ございません!! し、しししししかしですね!!」
「まったく、少し落ち着け。世の中には慌てるようなことは何一つもないのだよ」
「ア、アインゼス竜皇国の特使が国書を」
ジムスの返答にサーヴィル3世は返答しない。
(ジムスのやつ……今、アインゼス竜皇国って言ったか? 特使? 国書?)
サーヴィル3世は心の中でジムスの言葉を反芻した。
「お、おい……ジムス……お前は今アインゼス竜皇国と言ったか?」
「は、はい!!」
「特使が国書を持って来ていると言う意味か?」
「は、はい!! その通りです!!」
「それで……どこにだ?」
サーヴィル3世は普段ならこのような間の抜けた問いかけなど絶対にしない。しないのだが、この時彼は想定外の単語に混乱していたのである。
「わ、我が国に決まってるではないですか!!」
「……え?」
サーヴィル3世はようやくそれだけを絞り出した。もちろん、彼はジムスの言っていることの単語の意味は理解している。理解しているがそこに感情が結びつかずに止まってしまったのである。
そして感情と意味が結びついたときにサーヴィル3世は感情を爆発させた。
「待て待て待て待て!! なんでアインゼス竜皇国のような超超超大国がうちみたいな小国に国書を持ってくるんだ!?」
「わ、わかりません!! わかりませんよ!! うちのような小国なんてアインゼス竜皇国からしたら相手にするような国家じゃないですか!! でも実際に特使が来て、国書を持って来ているのは事実なんです!!」
「お、おい!! 俺はなんかアインゼス竜皇国に失礼を働いたのか?」
「大公様が失礼を働いてなくても、うちの国の出身者が何かやらかしたのかもしれません」
「……土下座か?」
「いや、土下座ってよその国の謝罪方法でしょう? 我々がやれば火に油を注ぐことになるのではないでしょうか?」
「ジムス……アインゼス竜皇国が我が国を従属しようとしたら……争うことはできるか……?」
「無理です!!」
「だよなぁ……」
ジムスの即答にサーヴィル3世は諦めの感情がこもりすぎた返答を行う。実際にアインゼス竜皇国とグランパリオ公国との国力さを考えれば抵抗自体が無意味であると結論づけられるのだ。
「大公様!! まずは相手側の出方を見るしかございません!!」
「ああ……気が重い……」
サーヴィル3世は大きく息を吐き出して立ち上がった。流石に通常の執務用の服装で超大国の特使を出迎えるわけにはいかないのである。
サーヴィル3世は最速で礼服に着替えると特使の待つ謁見の場へと急ぐのであった。
「初めて御意を得ます!! グランパリオ大公サーヴィル3世陛下!! アインゼス竜皇国特使エルヴィル=ザースレンクと申します」
アインゼス竜皇国特使エルヴィルは恭しく一礼した。言葉、仕草の全てからエルヴィルのサーヴィル3世への敬意が伝わってくる。そこに大国特有の見下すという雰囲気は一切感じられない。
「うむ。アインゼス竜皇国より我が国ははるか遠方にある。遠路よく参られた」
「ありがとうございます」
「それでは早速ではあるが、国書を拝見させていただこう」
「はっ!!」
エルヴィルは一礼したまま国書を掲げた。それを文官が受け取るとサーヴィル3世へと渡った。
「ふむ……」
サーヴィル3世は国書を紐解くと文面に目を通していく。
(なになに……国交……樹立を希望……? それに伴い……貿易協定の締結……各分野での交流を促進したい……だと?)
サーヴィル3世は国書に目を通していくうちに訝しんだ。
(これでは……こちらの利益しかないではないか……これを利用して我が国を侵食するつもりか? いや、そんな面倒なことをせずとも力関係から考えれば従属を求めた方がよほど手っ取り早い)
サーヴィル3世はかつてないほど混乱していた。アインゼス竜皇国とグランパリオ公国の国力の差は経済力、技術力、軍事力ありとあらゆる面で天と地ほどの開きがある。そんな超大国と交流することはグランパリオの国益を考えれば十分に理解している。しているがなぜそのような利益をアインゼス竜皇国がグランパリオ皇国に与えるのかが理解できないのだ。
「ザースレンク特使」
「はっ!!」
「国交を樹立するという意見……各分野での交流促進という意見……とても魅力的であり、そこに不満はない」
「それでは!!」
サーヴィル3世の言葉にエルヴィルは弾んだ声を発した。
「しかし、疑問はあるのも事実だ」
「疑問……なぜそのような一方的な利益をアインゼスが提示するのかということでしょうか?」
「……そうだ。貴国と我が国では経済力、技術力、軍事力の全ての面において天と地以上の開きがある」
「それは事実かもしれません。ですが……我々アインゼス竜皇国にとって貴国と国交樹立することは限りない利益を生むのです」
「……ますますわからぬ。我が国と国交樹立することが貴国にどのような利益を生むというのか?」
サーヴィル3世はそう言って唸る。
「貴国の安寧は我がアインゼス竜皇国の利益に直結しているのです!! それだけはご理解いただきたい!! そしてそれはグランパリオ公国において決して不利益をもたらすことはございません!! 何卒!! このことだけはご理解くださいませ!!」
エルヴィルはそういうと深々と一礼した。そのあまりにも必死な姿にサーヴィル3世は周囲を見渡した。重臣たちもその様子に大いに困惑しつつも頷かざるを得なかった。
「特使殿、誤解されないでほしい。あまりにもこちらとしては寝耳に水のことであったために疑問を呈したにすぎない。アインゼス竜皇国と友好関係を築けるなど望外の喜び、喜んで国交樹立をお願いしたい」
「あ、ありがとうございます!!」
サーヴィル3世の返答にエルヴィルは万感の思いを込めて礼の言葉を発した。
「それではすぐに私は戻ります!!」
「は?」
「無礼は百も承知です!! ですがこの吉報を一刻も早く陛下へお伝えせねばなりません!! どうかご容赦を!!」
「あ、ああ……」
ザーヴィル3世はエルヴィルの勢いに押されつい了承をしてしまった。エルヴィルはそれを聞いて再び一礼するとそのままサーヴィル3世達の前から退出していった。
「た、大公様……」
ジムスの声にサーヴィル3世はやや呆然としていたが我に返る。他の重鎮達も同様であり、あまりの展開に声を失っていた。
「と、とりあえず……従属を求められたわけではないということで……」
「そ、そうですな」
「え、ええ……とりあえずは危機ではなかったということで」
「アインゼス竜皇国から見れば我らなど相手にするのも馬鹿らしい小国……悔しいですが交渉団は大物がくることはないでしょうし」
重鎮達の言葉にサーヴィル3世はやや調子を取り戻して頷いていった。
「ああ、そうだな。あの特使殿の様子だと……我らを侮っている様子は皆無だったな……ひょっとして交渉団には大物がくるのではないか?」
サーヴィル3世の言葉に重鎮達の顔が凍った。エルヴィルの態度からはアインゼス竜皇国の本気度が感じられており、信憑性がありすぎた。
「陛下……私は少し地方の視察に行かなくてはなりません」
「陛下……私は年老いた母が地方におりまして見舞いに行かなくてはなりません」
「陛下……私は……何の予定もありませんが、頭を痛くしますので休養させてもらいます」
重鎮達は口々に逃げ口上を発し始めた。
「待て!! お前ら私を見捨てるつもりか!?」
サーヴィル3世の言葉に重鎮達は視線をそっと外した。重鎮達はグランパリオのために命を投げ出す気概があるのは確実であるが、その彼らをしてアインゼス竜皇国の大物と交渉するというのは胃が痛くなるというものだ。
もちろん、彼らは国が滅びるとなれば剣をとって最後まで戦う覚悟はあるが、それでもできることなら胃が痛くなるような事案からは逃れたいというのも人情というものだ。
「皆様、現実を考えてください。我が国はアインゼス竜皇国から見れば蟻にも等しい存在です。そんな国に大物がくると思えますか? 各機関の局長クラスが来たら御の字ですよ。ひょっとしたら課長クラスというところだと思います」
ジムスの言葉に重鎮達は冷静さを取り戻すと互いに視線を交わすと頷いた。
「申し訳ございません……取り乱しました」
「ああ、気にするな。アインゼスの大物と協議せねばならないなど……私とて気が重いからな」
「いや、誠にお恥ずかしい。あまりの事態に取り乱してしまいました」
「ははは、お主らも心配性だな」
サーヴィル3世はそう言って笑う。元々はサーヴィル3世の発言が原因であるがそのことは考えないことにしている。
しかし、それが誤りであったことを全員が思い知ることになるのであった。
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