後日譚 第10話 護衛体勢完了

「さて、みなさん。こちらを向いてください」


 ディアーネはそういうと手を二回叩いた。その言葉に百人程の男達は虚な目をディアーネに向けた。


「ほら、ちゃんとディアーネの言うことを聞くんだぞ」


 そこにユリが声を発すると男達は一斉に身を震わせた。


 彼らはアインゼス竜皇国へ流れてきた盗賊団であった。竜皇国は豊かな国であり時々、周辺国から犯罪者が流れ込んで来るのである。しかし、例外なく犯罪者達は竜皇国に来たことを後悔するのである。


 その理由は、すぐにアインゼス竜皇国の官憲に捕縛されるからである。アインゼス竜皇国の治安維持に携わる官憲の実力は周辺国と比べて頭一つ、いや二つは抜けているのだ。

 そんな連中がいるのになぜ犯罪者達はアインゼス竜皇国へとやってくるのかというと単純に知らないか、他国を荒らし気が大きくなったからにすぎない。その鼻っ柱をアインゼス竜皇国の官憲は叩き折り、勢い余って顔面まで粉砕してしまうのである。


 今回はその官憲の役目がディアーネとユリであった。それが盗賊団にとって限りなく運が悪かったと言えるだろう。何しろ、ユリ一人で百人の盗賊団を叩き・・伏せてしまったのだ。


 もうそれは圧倒的を通り越して蹂躙、いや虐待の様相を呈していたくらいである。


「さて、みなさん、このアインゼス竜皇国に来てくれて本当にありがとうございます。盗賊団であるみなさんは今後犯罪行為で生計を立てる必要はございません」


 ディアーネはそういうとニッコリと微笑んで一礼した。このディアーネの態度と言葉に盗賊団は顔を見合わせた。


「おい、ねーちゃんよ」


 盗賊の一人がディアーネに不躾な言葉を投げかけた。ディアーネの言葉から自分達を配下に加えることが目的と考え、自分達を高く売りつけようとしたのだ。普通に考えればそんなことはあり得ないのだが、ディアーネの美しさに甘い期待を抱いてしまったのだ。


「俺……」


 男の言葉はそこで永遠・・に途切れることになった。次の瞬間には男は空高く宙を舞いそのまま地面に落ちたからだ。男はピクリとも動かない。既に絶命しているのは確かだ。


「え?」

「ジ、ジェ……」


 盗賊達は何が起こったのかまったく理解できなかった。ディアーネに不躾な言葉を投げかけた男が気づいたら宙を舞っていたのだ。いや、より正確にいうと地面に叩きつけられて気づいたくらいだった。


 ディアーネの手にいつの間にか斧槍ハルバートが握られていたことに気づいた時、盗賊達はディアーネもまたユリに匹敵する強者であることに気づいたのだ。


「さて……自分達の状況がわかってないような方は他にいますか?」


 ディアーネの声の温度は凍死しないのが不思議なほどの冷たさである。その冷たさに盗賊達は凍えながらもかろうじて首を横に振った。


「おい、ディアーネ。せっかく殺さないようにしたんだから殺さないでくれよ」

「ごめんなさいね。自分達に価値があると思っているような阿呆にはこれくらいしないと理解できないわ」

「それもそうだけどさ」

「あと十人くらい始末しましょうか? それくらいしないとわからないんじゃないかしら」

「まぁ、それくらいは間引いた方もいいかもしれないよな」


 ディアーネとユリの会話に盗賊達はガタガタと震え出した。二人の会話が本気かどうかなど関係なく・・・・体の震えが止まらなくなってしまったのだ。


 ディアーネは男達を見渡すと視線を受けたもの達から震えが痙攣レベルにまで引き上げられていく。


「どうやら立場が理解できたみたいだぞ」

「あら残念ね……」


 ディアーネの返答に数人の盗賊が意識を飛ばしてひっくり返った。


「あなた達は我がアインゼス竜皇国の不死隊アーゼンに入隊していただきます」

不死隊アーゼンとは一体なんでしょうか?」


 ディアーネに恐る恐る盗賊の一人が尋ねた。先ほど宙を舞った男の二の舞になるのは是非にも避けたかったことだろうが勇気を総動員しての質問である。


「我がアインゼス竜皇国の特殊部隊です」

「特殊……部隊?」

「はい」


 ディアーネはそう言ってニッコリと笑う。ディアーネの笑みは間違いなく見たものを魅了するほど美しいものである。しかし、盗賊達は魅了されるどころか震えを止めることがどうしてもできなかった。


「はい。不死隊アーゼンとは不死の部隊です」

「不死……ですか?」

「ええ、あなた達が戦死しても戦死者に数えられることはございません・・・・・・。ゆえに不死の部隊……不死隊アーゼンです」

「……」


 ディアーネの返答に盗賊達は体の震えに加えて顔を青くした。不死隊アーゼンとは使い捨ての部隊であることを意味しているからだ。


「盗賊団……血霞ガルギオンの皆様方、あなた方の今までの経歴を考えれば不死隊アーゼンへの入隊はなんの問題もございません。よかったですね。今まで他者に害しか与えることができなかった皆様でも最後くらいは良いことをできるのですからね」


 ディアーネの言葉に一切の慈悲は感じられない。


「まぁ、今までの人生を思い返せばどんな扱いを受けてもしょうがないだろ?もし、不満があれば裁判を受けるか?私たちは何の問題もないよ?」


 続いて発せられたユリの言葉に盗賊達は沈黙する。自分達のやったことを思い返せば裁判を受けても同じ結果になるのは間違いない。他国であれば間違いなく死刑か鉱山奴隷として使い潰されるかであるのは間違いない。


「さて、は確保できましたのであとは差し手・・・を選ぶとしましょう」

「それなんだけどさ、真祖トゥルーヴァンパイアのエメルさんとアルテナさんはどう?」

「なるほど……確かにあの方々なら適任ですね」

「だろ?こいつらを眷属化してもらって率いてもらおう」

「そうね。エメルさんとアルテナさんなら申し分ないわ」


 ディアーネとユリの会話に盗賊達は何人かが気絶した。





「あっ、お義父さま!! お義さま!!」


 ヴェルティアがブンブンと手を振って呼びかけるとシルヴィスの父であるゼイルとミリムは顔を綻ばせた。

 ヴェルティアとゼイル達家族はもはやすっかり仲良しである。ヴェルティアが義母であるアルマに手料理を習いにくるのがその理由だ。


「お〜ヴェルティアさんこんにちは、よくきたね」


 ゼイルが嬉しそうにヴェルティアに声をかける。


「はい!! 今日もお義母さまに料理を教えてもらいます!!」


 ヴェルティアの楽しそうな声にゼイルとミリムは顔を緩ませている。


「今日はギオルは?」

「今日は別件が入っていて来てないです」

「そっか、それじゃあ。仕方ないな。あ、そうそう」


 ミリムが何かに思い出したようにいうとヴェルティアは静かにまつ。ヴェルティアは意外と人の話を聞くのである。


「最近、この村にお金持ちの夫婦が引っ越して来たんだ」

「お金持ちですか?」

「うん。すごい綺麗な方達でさ。村に家を建ててそこで暮らしてるんだけど、その方達が開拓団も率いて来てるんだ」

「開拓団ですか?」

「ああ、最初は柄の悪そうな連中だったんでみんな警戒してたんだけど、その開拓団の人たちって村のみんなには絶対に敬語なんだよ。どうやらそのリーダーであるご夫婦の意向らしい」

「へぇ〜随分とできた方々ですね。村の人々との余計なトラブルをなくすためにきちんとした指示を出してるんでしょうねぇ。素晴らしいです!! うんうん!!」

「うん。確かにそうだね。ただ開拓団の人たちって見た目は怖いけど、村の人たちに危害を加えるようなことはしないから安心してね」

「はい!! 教えていただいてありがとうございます!!」


 ミリムからの情報にヴェルティアはお礼を言って深々とお辞儀をした。


「それではお義母さまに指導を受けて参ります!!」

「ああ、行っておいで」

「はい!!」


 ヴェルティアはもう一度頭を下げると家に向かって駆け出していった。


「さて、今日も頑張るか」

「そうだね」


 ヴェルティアを見送りゼイルとミリムは畑へと向かって歩き出した。





「ここは本当にいいところね」

「そうだな。心が休まるよ」


 銀髪白石の美男美女が穏やかな表情で語り合っている。


「ええ、あなたのこういう穏やかなところで暮らすという夢が叶ってよかったわね」

「ああ、まったくだ。ディアーネ様とユリシュナ様に感謝だな」


 二人はそういうと互いに微笑んだ。この二人の名はエメル=ザンストヴォルトと妻のアルテナである。

 エメルとアルテナは真祖トゥルーヴァンパイアであり、アインゼス竜皇国に仕えている。二人とも真祖トゥルーヴァンパイアという出自でありながら、傲慢とは無縁であり、温和な性格をしている。


 二人はディアーネとユリにゼイル達家族、村の護衛の依頼を受けたときに二つ返事で快諾した。アインゼス竜皇国の勇者・・であるシルヴィスの家族を守るという名誉ある仕事であるに加えて、自分達の憧れである長閑な田舎で土いじりをして暮らすという二人の夢も叶うとあれば受けない理由はなかったのだ。


 ディアーネとユリが捉えた血霞ガルギオンを眷属化し、村のさまざまな雑務、力仕事を引き受けることで良好な関係を構築している。


「アリシア様もそろそろ出産ね」

「ああ、シルヴィス様もお喜びになられることだろうな」

「そしてヴェルティア皇女殿下もね」

「ああ、あのお二方が仲睦まじい状況であればあるほどアインゼス竜皇国は繁栄するのは間違いない」

「ええ、間違いないわ」

「それにこの村の方々は本当に良い方ばかりだ。個人的にはこの村まで護衛対象を広げたいものだ」

「賛成だわ」

「それじゃあ決まりだな」


 エメルとアルテナはそう言って笑顔を浮かべた。


 真祖トゥルーヴァンパイアであるこの夫婦は一個師団を二人で相手取ることのできるほどの猛者達である。


 アインゼス竜皇国……ヴェルティアの暴走を止めるためならば手段を選ばない国家であった。

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