後日譚 第6話 シルヴィスの帰郷⑥

 シルヴィス達とゼイル達は楽しい食事を終えた後で、歓談の時間になった。


 ゼイル達は当然ながらシルヴィスがどのような生活をして、ヴェルティアとの馴れ初めを聴きたがった。


「いや〜実はアインゼス竜皇国でタチの悪い魔神が現れましてね〜。住民が困り果てていたので、この私が懲らしめてやろうとしたわけなんですよ」

「ま、魔神……ですか?」

「はい!! 皆の憧れであるこの私ならば負けることはないだろうということで魔神の元に|派遣〈・・〉されることになったんですよ」


 ヴェルティアが褒めてもらいたいのか声の調子が少しばかり上がっていた。


「記憶の改竄はおやめください。ヴェルティア様が私たちの制止の言葉を聞かずに飛び出していったんじゃないですか」

「そうだよ。どの軍団を派遣しようかという話の流れだったのに、『任せてください!! 魔神ですね。 ちょちょいと行って懲らしめてきますね。お父様、いいですか?いいですよね!! わかりました!!』とそのまま駆け出していったじゃないか」


 ディアーネは頭を押さえつつ、ユリはため息まじりに答えた。ちなみにユリのヴェルティアのモノマネのクオリティはかなり高いモノであった。


「そうでしたっけ? まぁ、そんな小さいことはいいじゃないですか。とにかく私が魔神の元に向かっていったら、途中ですごい破壊音がしましてね。急いで行ってみるとそこには魔神を斃したシルヴィスが立っていたというわけです」

「ギオル……お前、魔神を斃したのか?」


 ゼイルの声に驚きの感情が含まれており、恐怖の感情は全く含まれていない。もちろん、ゼイルだけでなく家族の面々も同様であった。そのことにシルヴィスは少なからずホッと胸を撫で下ろした。

 覚悟はしているとはいえ、親や兄妹に恐怖のこもった視線を向けられるのはシルヴィスであっても精神的にはきついモノなのだ。


「うん。どうやらうちの先祖には魔族と神族がいたらしいんだ。お師匠様は先祖返りとか言ってたよ」

「先祖返り……それは俺もそうなのか?」


 ミリムがシルヴィスに問いかけるとシルヴィスは即座に頷いた。


「お師匠様は顕現しない限りは人間のままという話だったよ」

「そうか。俺はそんな力を使いこなせるとは思えんからな。それはそれでよかったよ」

「別にないならないで困ることはないしね」

「そんなもんかな?」

「うん、神とか魔族の力がないと幸せになれないなんてないし、実際に兄ちゃんは幸せだろ?」

「ああ、もちろんだ」


 ミリムはアリシアへチラリと視線を一瞬だけ向けると自信たっぷりに言った。その様子は本当にミリムとアリシア夫婦の幸せが表れているようにシルヴィスには思われた。


「ところでギオルはやっぱりアインゼス竜皇国の宮殿に住んでいるのか?」


 ゼイルがシルヴィスに尋ねる。その様子はシルヴィスにあやかろうというものではなく簡単に会いに行けないことに対する悲しさの感情が含まれているようにシルヴィスには思われた。


「いや、俺はアインゼス竜皇国にある離宮に住んでいるんだ」

「そうか……」

「おっと!! お義父様!! 心配はいりませんよ!!」

「え?」


 そこにヴェルティアがシンミリとした空気を破壊する明るい声で言い放った。ヴェルティアはモノを破壊する爆走娘であるが、シンミリとした空気ですら粉砕するのである。だが、それはヴェルティアのある意味優しさであることがわかっているシルヴィスとすればありがたいものであった。


「ふふふ、みな様方もいつでも竜皇国の離宮に遊びに来ていただいて構いません!! いえ、ぜひご招待させてください!!」

「し、しかし……」

「大丈夫です!! 問題ありません!! シルヴィスのご家族であれば私にとっても家族!! そんな皆様をご招待しないことは許されるのでしょうか? いえ、そんなことはありません!!」


 ヴェルティアは鼻息荒く言い放った。


「さぁ!! それではみな様方!! 早速行きますよ!! はぅ!!」


 ヴェルティアがさらにテンションを上げた瞬間にシルヴィスが脇腹をつついたのだ。


「いきなり、行きましょうじゃないだろ。父さんや兄さんは畑の仕事があるんだぞ」

「はっ、そうでした。この私としたことがお義父様やお義兄様の事情も鑑みないとは……いけませんね。やはり、私のようなできる女であってもこのようなミスをする……シルヴィスよかったですね」

「何がだ?」

「普段完璧な私が時折見せるこのうっかり……このうっかりこそがシルヴィスが気後れしないですむ理由なのです!!」

「お前、すごいな」

「そうでしょう。そうでしょう! さぁ、みな様方も安心してください!! いつでも離宮の方に遊びにきてください!!」


 ヴェルティアの言葉にゼイル達は顔を綻ばせた。


「ありがとう……ヴェルティアさん……」


 特にアルマは涙ぐんでいる。ヴェルティアの言葉をリップサービスと捉えているのかもしれない。アルマは自分達がアインゼス竜皇国の離宮に行くことなど絶対にできないと思っており、そのことに対して気遣ってくれていると思っているのだろう。


「母さん、多分誤解していると思うけど、ヴェルティアは本気だよ」

「え?」

「母さんはヴェルティアの言葉をリップサービスと思っているかもしれないけど、こいつ……本気で招待しようと思ってるからね」

「え?冗談だと思ってるんですか?」

「で、でも……ここからアインゼス竜皇国は遠すぎます」

「あ、大丈夫です。転移魔術の基点を設定しますので、いつでも行き来できますよ」

「え?」

「実際に、私たちがアインゼス竜皇国を出発したのは二時間ほど前です」


 ヴェルティアの言葉にゼイル達は顔を見合わせた。


「だからいつでもみなさんをご招待できるのです!! そう、その気であればいつでも行き来できるのです!!」

「まぁ、そういうことだよ。だから何の心配もいらないし、何かあったらすぐに駆けつけることが出来るから安心してくれ」

「そうなのね」


 シルヴィスとヴェルティアの言葉にアルマは嬉しそうに微笑んだ。アルマにしてみれば二度と会うことはできないかもしれないという息子が帰ってきて、しかも今後とも関係が絶たれることはないということは嬉しい限りであるのは間違いない。


「ああ、もちろんさ。今後ともご近所付き合いさせてもらうよ」


 シルヴィスはそう言ってにっこりと笑った。シルヴィスの笑顔にアルマもまた嬉しそうな表情を浮かべた。


「さて、それじゃあ。一度戻るよ」

「もう帰るのか?」

「うん。さっきも言った通りいつでも来れるし……というよりも来るからね」

「そうか。いつでも来てくれ」


 ゼイルは笑顔で言う。シルヴィスの『来る』という言葉が素直に嬉しかったのである。


「あ、ちょっと待って」


 アルマが慌てたように立ち上がるとそのまま家の中に駆け込んでいった。


「母さん、どうしたんだろう?」


 シルヴィスは首を傾げて言うと、アルマはすぐに戻ってきた。アルマの手には大きめのバスケットがあった。


「ギオル、これ……食べてちょうだい」


 アルマが差し出したバスケットの中には蒸しパンが入っていた。


「……母ちゃん、ありがとう」


 シルヴィスはその蒸しパンを見たときに少しばかり涙ぐんでしまう。幼い時によく作ってくれていた蒸しパンだと即座に思い至ったのだ。それが手渡されたということはシルヴィスの分が用意されていたことを意味することに気づいたのだ。すなわち、シルヴィスがいつ帰ってきても良いようにアルマは作り置きをしていたことに他ならない。


「お〜これは美味しそうですねぇ〜。シルヴィス、私にも少しくださいよ」

「ああ、帰ったら一緒に食べよう」

「はい!!」


 ヴェルティアは嬉しそうに返答した。その様子に全員の表情が柔らかいものになる。


「それじゃあ、また来るよ」

「ああ、いつでも来い」


 ゼイルの返答にシルヴィスは嬉しそうに呟くと転移魔術を起動した。


「父さん、母さん、ギオルが戻ってきてくれて良かったな」

「ああ、あんなに立派になって」

「ええ、よく生きててくれたわ。それに幸せそうで本当によかった」


 ミリムの言葉にゼイルとアルマは涙ぐみながら返答した。

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