後日譚 第7話 シルヴィスの帰郷⑦
「さて、早速いただきましょうか!!」
離宮に戻ったヴェルティアの第一声がこれであった。
「まずはきちんと手を洗ってからだぞ」
シルヴィスの言葉はもちろん嫌味である。
「おっと、確かにそうでしたね。清潔さが売りの私としたことが……やはり、お義母様の作った蒸しパンが私を狂わせているわけですね。とてつもなく美味しそうというのがその理由でしょう」
ヴェルティアはうんうんと頷きながら魔術を展開して自分の両手を水球で覆うと高速回転させ、汚れを落とした。
「さぁ、いただきましょう!!」
ヴェルティアは嬉しそうにシルヴィスを急かす。流石にシルヴィスはヴェルティアの行為に対して苦笑を浮かべた。
「言っておくが、この蒸しパンは豪華なものじゃないぞ」
「ふふふ、甘いですね」
「?」
ヴェルティアは妙に勝ち誇った笑みを浮かべてシルヴィスへと返答する。ヴェルティアの返しにシルヴィスは首を傾げてた。
「この蒸しパンはお義母様が
「勝利って……」
「ふ、シルヴィスも当然ながら私が言ったことくらいわかっているのでしょう? さっき、蒸しパンを受け取った時のシルヴィスの嬉しそうな表情、あれは間違いなくお義母様の愛情を察したからでしょう」
「お前……」
「さぁ、美味しさに満ちた蒸しパンを独り占めしようなんてご無体なことを考えてはいけませんよ!! 私たちは家族なんですから、喜びを分かち合おうではありませんか!!」
ヴェルティアはそう宣言した瞬間にシルヴィスは自然とヴェルティアを抱きしめていた。
「ふぇ!! ど、どうしたんですか!?」
シルヴィスに突然抱きしめられたことに流石のヴェルティアも戸惑ったようである。珍しくヴェルティアの上ずった声が発せられた。
「お前と結婚できて本当によかったよ」
「え? そ、そうでしょう!!そうでしょう!! 皆の憧れである私と結婚できたシルヴィスは幸せ者です!!」
シルヴィスの言葉にヴェルティアは誇らしげにそう返答する。
「なぁ……私たちは何を見せつけられてるわけ?」
「主夫婦のイチャつき」
「だよねぇ〜我々もいるんですけどねぇ〜」
「中々容赦ないわよね」
ディアーネとユリの言葉にシルヴィスとヴェルティアはパッと離れた。
「あら? 続けてくれていいんですよ?」
「そうそう、二人が仲睦まじいというのは喜ばしいことなんだから」
二人のニマニマとした笑みを浮かべての言葉にシルヴィスとヴェルティアは顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。
「と、とりあえず、この蒸しパンをみんなで食べよう」
シルヴィスの言葉に三人は頷いた。
「はい」
「おお!! 美味しそうですねぇ〜」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「はい、ユリさん」
「いただきます」
シルヴィスがバスケットから蒸しパンを三人に渡すとそれぞれいただくことにした。皇族一行としては行儀が悪いこと甚だしいのだが、
「おお、美味しいですねぇ!!」
「ええ、素朴ですが、クセになる美味しさです」
「冷めててもこれだけ美味しいのなら、軍の携帯食としても……いける!!」
三人の様子はお世辞ではなく本心からのようであった。それを見てシルヴィスは嬉しそうに蒸しパンを食べる。口の中に懐かしい味が広がった。
(ああ……これだ。母ちゃんの作ってくれてた蒸しパンだ)
シルヴィスは心の中でそう呟きながら母の味を堪能した。
「さて!! それではディアーネ、ユリ!! 行きますよ!!」
「承知いたしました」
「了解!!」
ヴェルティアの言葉にディアーネとユリが即答する。
「ん? どこに行くんだ?」
シルヴィスの問いかけにヴェルティアは首を傾げた。まるで「なぜわからない?」というような仕草である。
「もちろん、お義母様にこの蒸しパンの作り方を伝授していただくのです!!」
「ええ、ユリも言ってましたが、この蒸しパンの冷めてもこれだけ美味しいを保っているのは素晴らしいものです」
「シルヴィス様、戦場では甘いものはものすごく貴重だよ。この蒸しパンは冷めてもこれだけ美味しいのだから、軍の携帯食として推薦しようと思ってるんだ!!」
「え?え? 気に入ってくれたのは嬉しいんだけど……え?正気?今から行くの?」
シルヴィスとすれば今帰ってきたばかりというのに、間髪入れずに戻るというのは恥ずかしすぎるというものだ。
「何言ってるんですか!! さぁ、シルヴィスも行きますよ!!」
ヴェルティアはシルヴィスの腕にしがみつくと同時に転移魔術を起動した。
「ちょ……待て」
シルヴィスの制止の声が虚しく発せられた時には既に離宮から一向の姿は消えていた。
「え……っと……兄さん? 義姉さん?」
先ほど別れたばかりの一行がもう戻ってきたことにラディアが流石に困惑した様子で言った。
「おおっ!! ラディアさん、こんにちは!! 先ほどぶりですね!!」
「え?え? あ、はい」
「お義母様はいますか?」
「は、はい」
「よかったです!! お邪魔してもよろしいですか!?」
「は、はい。もちろんです」
ラディアは完全に呆気に取られている。先ほどの涙は一体何だったんだという感じなのだろう。
「ラディア、お客さま……え?」
そこにアルマが出てきた。アルマは四人の姿を見たときに驚いた様子であった。
「おお!! お義母様!! お久しぶりです!!」
「え?え? ギオル? ヴェルティアさん? それにディアーネさん、ユリさんも……どうしたんです?」
「実は先ほどシルヴィスに持たせてくれた蒸しパンがひっじょーーーうに美味しかったのでぜひ作り方を伝授してもらいたいと思いまして参りました!!」
「え?……あっはい。ありがとうございま……す?」
アルマはヴェルティアの勢いに完全に押されている。
「母ちゃん……何というかこいつはこんなやつなんだ。思い立ったら即行動するのが信条なんだ。すまないけど蒸しパンの作り方を教えてあげてほしい」
シルヴィスの言葉にアルマは苦笑を浮かべると頷いた。
「わかったわ。
「おお!! ありがとうございます!!」
アルマの返答にヴェルティアは本当にやる気に満ちた声と表情で返答した。
「え? ギオル……お前どうしたんだ?」
そこにゼイルとミリムが家の中から姿を見せ、シルヴィス達の姿を見て驚きの表情と共に疑問の声を発した。
「疑問は最もだよ……でも、俺の妻って……こういうやつなんだ」
「?」
シルヴィスの返答に二人は首を傾げた。
「とりあえず……二人とも畑仕事を手伝うよ」
「あ、ああ」
シルヴィスの言葉にゼイルとミリムは戸惑いつつ返答した。
こうして、シルヴィスは夕食も実家で取ることになったのであった。
しかし、シルヴィスはどことなく嬉しそうであり、実家の面々もそうであった。
(これもこいつのおかげだな)
シルヴィスは隣で美味しそうにアルマの作った料理を食べるヴェルティアを見て心の中で感謝した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます