後日譚 第4話 シルヴィスの帰郷④

「ギオル!!」

「ギオル!!」


 ラディアが父ゼイルと兄ミリムを呼びにいき、わずか十分ほどで戻ってきた。父と兄の息は大いに乱れており、それがシルヴィスに少しでも早く会いたかったと言う気持ちの裏返しであることは間違いない。


「父ちゃん、兄ちゃん!!」


 シルヴィスの表情が明るいものへと変わるとゼイルの目から涙が溢れた。そのままシルヴィスを抱き締めると一眼も憚らずに泣き始めた。


「よく……よく帰って……いや、生きててくれた!!」

「うん……遅くなってごめん」

「いいんだ。生きていてくれただけで十分だ」


 シルヴィスを抱き締めるゼイルの腕は力強いものであり、シルヴィスの目に自分がいかに両親に心配をかけていたかを思い知らされた。


「ギオル」


 ゴン!!


 シルヴィスの頭にゲンコツが落ちる。シルヴィスの頭にゲンコツを落としたのはミリムである。


「痛いよ。兄ちゃん」


 シルヴィスが恨みがましい視線をミリムに向けると、ミリムの目に涙が溜まっており、シルヴィスは申し訳ない気分になる。


「どこほっつき歩いてたんだ!! みんながどれだけ心配したと思ってるんだ!!」

「う〜ごめん」

「今後はちゃんと連絡をしろよ!!」

「はい」


 ミリムの説教にシルヴィスは素直に従う。もちろんミリムはシルヴィスが帰ってこなかったことに対して何らかの理由があったのだと言うことは理解している。だが、それを差し引いても十年以上も何の音沙汰もないのは責められても仕方のないことであった。


「まったく……よく帰ったな」

「うん」


 ミリムはそういうとシルヴィスの頭をガシガシとやや乱暴に撫でた。シルヴィスはそれを嬉しそうに受けている。幼い頃、よく兄に頭を撫でられたことを思い出したからだ。


「みなさん、お客様ですか?」


 そこに洗濯物を持ったお腹の大きな女性が声をかけた。


「アリシア。前に話した行方不明になっていた弟のギオルだ!! 帰ってきたんだよ!!」

「え? 生き別れの弟さん?」


 ミリムの言葉にアリシアと呼ばれた女性は明らかに驚いた様子を見せた。


「ギオル、紹介するよ。俺の奥さんのアリシアだ」

「ギオルさん、よろしくミリムの妻のアリシアです。よくきてくれましたね」


 アリシアはそう言ってペコリと頭を下げた。


「初めましてアリシアさん、シルヴィスと言います」

「え? シルヴィス?」


 シルヴィスの返答にアリシアだけでなくゼイルもミリムも意味がわからないという表情を浮かべた。


「三人とも、今ギオルはシルヴィスと名乗っているのよ」

「どういうことだ?」


 アルマの言葉にゼイルが聞き返した。


「シルヴィスという名をギオルはお師匠様からもらったのよ。ギオルにとって私達の名と同じくらい大切な名という話よ」

「……そうか」


 アルマの言葉にゼイルの顔が曇る。先ほどのアルマのようにシルヴィスが自分達の前から姿を消したあの日のことを思い出したのだ。それを察したのだろうアルマは静かに微笑みながら首を横に振った。


「ヴェルティアさんに言われたわ。私たちはギオルと呼ぶべきだと……」


 アルマの言葉にゼイルはシルヴィスを見るとシルヴィスは即座に頷いた。


「そうか……わかった。俺たちにとってギオルはギオルだ。その名で呼ぶよ」

「ええ」

「ところで……そちらの方々は?」


 ゼイルは納得の表情を浮かべるとヴェルティア達へ視線を移した。


「初めまして!! お義父様!! お義兄様!! お義姉様!! 私はシルヴィスの妻である、ヴェルティアと申します!! この二人は私の専属侍女のディアーネ、そして護衛のユリです!! そして、私の大切な友人でもあります!!」

「妻!?」

「ギオル、お前結婚してたのか!?」


 ゼイルとミリムの驚きの声がシルヴィスへと注がれた。シルヴィスはやや照れながら静かに頷いた。


「おお!! お義姉様は身重なんですね!!ささ、こちらに座ってください!!」


 ヴェルティアはアリシアが身重であることを気遣うと空間に手を突っ込んで、そこから一つの椅子を取り出すとアリシアへすすめた。


「あ、ありがとう」


 アリシアはヴェルティアの勢いに押されてそのまま差し出された椅子に座った。


「どういたしまして!! いや〜やっぱり気遣いのできる私って出来る女ですねぇ〜。シルヴィス、そう思いませんか!?」

「そうだな。すごいね」

「でしょう!! でしょう!! 私のようなできる妻を持ったシルヴィスも自慢していいのですよ!! はっはっはっ!!」


 ヴェルティアはそう言って得意満面の笑みを浮かべた。その様子にディアーネとユリは小さくため息をついた。


「申し訳ございません……ヴェルティア様はなんというか……こういう方なんです。本当に申し訳ございません」

「あの……何というか申し訳ございません」


 ヴェルティアのテンションの高さにディアーネとユリがゼイル達に頭を下げる。


「はぁ……いえ、明るくて楽しい方ですね」


 ディアーネとユリの謝罪にアルマは戸惑ったように返答した。


「ありがとうございます!! いや〜お義母様に褒めてもらえるなんて嬉しいです!! シルヴィス、聞いてください!! 私はお義母様に認められましたよ!!」

「ああ、そうだな。しかし、お前妙にテンションが高いな?」

「それは当然です!! シルヴィスの実家の方々に認められたのですから、テンションも高くなるというものです!!」

「まぁ、俺もお前がみんなに受け入れられるのは嬉しいな」

「ですよね!! まぁ、この私が拒絶されるなんてことありません!! このヴェルティアはアインゼス竜皇国の皆の憧れですから!!」

「何というかお前といると色々と身構えていたのがアホらしくなるよ」

「おお!! シルヴィスもやっと私に追いつきましたか!! はっはっはっ!! でも大丈夫です!! 前も言った通りシルヴィスの足りないところは私が補いますし、私の足りないところはシルヴィスが補ってくれるのだから、安心です!! まぁ、完全無欠の私ならシルヴィスをきちんと支えることになるでしょう!! なぁに心配入りません!!私はきちんと尽くすこともできる出来る女なんです!!」

「お前、鼻息が荒すぎるぞ。少しは落ち着け」

「ふふ〜私が褒められて嬉しいことでしょう!! そして私自身も嬉しくてついテンションが上がってしまってます!!」

「母ちゃん、父ちゃんは結構お淑やかな女の子が好きだぞ」

「おおっ!! 何と!! なおさら私は大丈夫ですね!!」


 ヴェルティアは自信たっぷりに言い放つとシルヴィスは小さくため息をつく。しかし、シルヴィスのため息は呆れているわけではなくテレ隠しであることをヴェルティア達は理解している。


「なぁ、ギオル」


 ミリムがシルヴィスに声をかける。


「兄ちゃん、どうしたの?」

「いや、お前の嫁さんってアインゼス竜皇国の出身なのか?」

「ああ、そうだよ」

「ヴェルティア……という名前……アインゼス竜皇国……まさか」

「……まぁ、そういうことだよ」


 シルヴィスの返答にミリムだけでなく全員がヴェルティアがアインゼス竜皇国の皇女であることを察したようである。


「ギオル……大丈夫なの? その……皇族や貴族の方々に受け入れられているの?」

「ああ、その……身分の差が……」


 アルマとゼイルが心配そうにシルヴィスへ尋ねる。親の立場からすれば、貴族社会で平民出身者が受け入れられるかどうか心配なのは当然というものだろう。


「ご心配なのは当然でしょうが、アインゼス竜皇国でシルヴィス様を侮るものなど一人もございません」

「みんなはお嬢の夫だからシルヴィス様に敬意を払っているわけではなく、シルヴィス様は実力でみんなを納得させているんですよ」


 ディアーネとユリの言葉に全員が少しばかりホッとした表情を浮かべた。


「まぁ、何というか……なぜか竜皇国のみんなは俺を大事にしてくれてるよ」


 シルヴィスの言葉にゼイル達の表情も明るいものとなっていく。


「ヴェルティア様を止めてくれるような方を無碍に扱うことのできる者が竜皇国にいるわけないんですよね」

「そうそう。それにそれ以前にシルヴィス様は黙ってやられるような方じゃないしな」

「ええ、駆け出したヴェルティア様に追いつき、見事に止める姿を見せられれば、侮るなんてできるわけないですよね」

「私たちは見慣れてるけど、やっぱりすごいことなんだよな」

「偉業とよんで差し支えないわよ」

「だよなぁ」


 ディアーネとユリの言葉にゼイル達は顔を見合わせた。


「はっはっはっ!! 私のはとても出来る人なんです!! 私同様に皆の尊敬を集めてますので心配無用なんです!!」


 そこにヴェルティアが大丈夫と言わんばかりに宣言した。ヴェルティアの声は明らかに誇らしげであり、ゼイル達には本音であるように思われた。


「さぁ!! 皆様方!! 今日はこの完全無欠なヴェルティアが皆様方に料理を振る舞おうと思います」


 ヴェルティアは得意満面の笑みを浮かべて再び宣言した。

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