後日譚 第2話 シルヴィスの帰郷②
食材の用意を終えたシルヴィス達一行は早速シルヴィスの実家に向かって出発した。
シルヴィスの実家はアインゼス竜皇国より遠く離れた国であるグランパリオ公国という小さな国にある。
グランパリオ公国は大国に周囲を囲まれている。周囲を大国に囲まれているにもかかわらず他国から侵略を受けないのは、単に侵略するほどの価値がないからである。
グランパリオ公国は時代の流れに取り残された国というのがもっぱらの評価であった。
「おお!! ここがシルヴィスの出身国ですか!! のどかな良い国ですねぇ〜」
ヴェルティアがうんうんと頷きながらグランパリオ公国をそう称した。その声には全くと言っていいほど嫌味な響きはない。ヴェルティアは他国を蔑むことは決してしない。どの国にも尊重されるべき文化や歴史が存在することから蔑むのは理屈に合わないと考えているのである。
「まぁな、子どもの頃しか知らなかったけどのんびりしたところだったと思うぞ」
「でもシルヴィスが家族の元を離れるきっかけって野盗のせいですよね?」
「ああ、基本のんびりしたところだけど悪いやつがいないってわけじゃないさ」
「なんと!! 我が国ではそんな方はいないですよ?」
「いや普通にいるだろ。お前が気づいていないだけじゃないのか?」
シルヴィスの言葉にヴェルティアはしばし考え込んだ。
「う〜ん、やはり思い至りませんね」
「そうか……そうだな。悪いやつなんかいないよな」
「そうです!! この私がいる限り悪人なんかいないのです!! はっはっはっ!!」
ヴェルティアが得意満面の笑みで高らかに宣言するとシルヴィスは小さく頷いた。
(まぁ実際にはヴェルティアがしばき倒したんだろうな。野盗レベルでヴェルティアに対抗できるわけないし、逃げ切れるわけもないから……更生させられたんだろうな)
シルヴィスがディアーネとユリに視線を向けるとシルヴィスの意図を察したのだろう意味ありげに頷いた。
「ところでシルヴィスの家ってどの辺りなんです?」
「ここから大体……徒歩でなら三日くらいだな。だけど」
「そうですか……シルヴィスも早く実家に帰りたいでしょうから急ぐとしましょう!!」
「あ、待て!!」
シルヴィスの制止は間に合わずにヴェルティアは駆け出していった。ヴェルティアの爆走をシルヴィスは何回かに一回の割合で失敗するのである。
「あ〜失敗した!! ちょっと待て!! ヴェルティア!!」
シルヴィスは走り出したヴェルティアを追って走り出した。
「シルヴィス様、やはりすごいわね。もう追いつくわ」
「お嬢を最終的に止めることができるのはシルヴィス様くらいなんだよな」
「そうよね。しかもすごいのはシルヴィス様はヴェルティア様を止めるのを片手間にやってしまえることよ」
「そうだなぁ。しかし、子どもが生まれた時にお嬢のような性格になったら……」
「……先のことを考えるのはやめときましょう」
「……だな」
ディアーネとユリは互いに頷いた。二人の子をアインゼス竜皇国中が待ち望んでいる。もちろんディアーネとユリもだ。しかし、生まれた子がヴェルティアのような性格になってしまうとシルヴィス一人では止めることはできなくなってしまう可能性があるのだ。
「はぅ!! ど、どうしたんですか!?」
「お前はどこに向かおうとしてるんだ?」
ヴェルティアの襟首をつまみ上げてシルヴィスが尋ねるとヴェルティアは首を傾げた。
「な、なんんと!! 私としたことが珍しくミスをしてしまいました。一刻も早くシルヴィスのご両親にご挨拶をせねばという思いについつい先走ってしまいました。う〜ん、やはり夫をたてるというできる妻ゆえの行動でした」
「できる妻を自称するならまずは話を聞くことから始めよう」
「任せてください!! このヴェルティアはシルヴィスの期待を裏切るようなことはしませんよ!!」
「そいつは頼もしい。そんなに先走るな。俺の隣にいろ」
「はい!!」
シルヴィスの言葉にヴェルティアは元気よく頷くとシルヴィスの隣に立ち、腕を組んだ。
「さて、ディアーネさん達も来たし、行くとしよう」
シルヴィスはディアーネとユリが追いついたところで転移魔術を起動した。
次の瞬間に一行は一つの村の前に立っていた。
「ここがシルヴィスの生まれた村ですか」
「ああ、ここが俺の生まれた村だ」
「おお、ここですか!! ん、転移魔術の基点を設定してたというのならどうして最初からここにこなかったんです?」
「それは……」
「ああ、帰りづらかったんですね。なるほどわかりましたよ。大丈夫です!! 妻である私も一緒に謝ってあげますから!!」
「本当にお前はできる妻だよ」
「はっはっはっ!! この私はできる妻なんです!! さぁ、遠慮なくこの私に頼ってください!!」
シルヴィスの賛辞にヴェルティアは得意気に言い放った。シルヴィスはその様子に苦笑を浮かべると村に向かって歩き出した。
村に入ると村人達の好奇の視線が一向に注がれる。田舎の村に縁もゆかりもない者が来るのは珍しいのだ。加えてヴェルティア達のような美女達が訪れれば好奇の視線はさらに増すというものだ。
「頼もしい限りだよ」
「はい!! 任せてください!!」
シルヴィスの言葉にヴェルティアは本当に嬉しそうに笑った。一行はその笑顔に和みながらシルヴィスの家に向かう。
「シルヴィス、あの家ですか?」
「……ああ」
一行はしばらく歩くとシルヴィスの視線の先に一つの家があることにヴェルティアは気付くとシルヴィスに問いかけたのだ。
シルヴィスの視線の先の家は一般的な庶民の家であり、庭先にニワトリが数羽いる。そして一人の少女が鶏の卵を集めていた。
(ま、まさか……あの子は……ラディアか?)
シルヴィスは自分が家を飛び出した時に赤ん坊であった妹の成長した姿であることを察した。
「あ、あの……」
「はい?」
シルヴィスが恐る恐る少女へと声をかけると少女が顔を上げてシルヴィスを見た。
「あ、あの……お父さんかお母さん、お兄さんはいますか?」
「え?」
「君はラディア……さんですか?」
「は、はい」
シルヴィスの問いかけにラディアは戸惑いつつも返答する。普通に考えれば見ず知らずの男が声をかけてくれば警戒するものだが、ヴェルティア達三人の美しさにより気を取られていたのだろう困惑はしているが警戒心は持たれなかったようだ。
「お母さんかお父さん、お兄さんはいますか?」
「え? あ、はい。お父さんとお兄ちゃんは今畑の方に行ってますけどお母さんとお義姉さんはいます」
「お義姉さん?」
「はい。お兄ちゃんの奥さんです」
「結婚したんだ……」
「はい。とっても優しい人でお兄ちゃんとものすごく仲が良いんですよ。来月には子供が生まれる予定です」
「そうか」
ラディアの言葉にシルヴィスは目を細めてわずかに微笑んだ。そのシルヴィスの反応にラディアは小さく首を傾げた。
「あの……お兄さんって……どこかで会ったことあります? それに何か……お兄さんの笑顔ってお父さんに似てるっていうか……」
ラディアが首を傾げながらシルヴィスに問いかけた。シルヴィスが答える前に扉が開き、一人の女性が姿を見せるとラディアへと声をかけた
「ラディア……お客様? ……え?」
その女性はラディアに声をかけシルヴィスを見た瞬間に目を見開いた。
(母ちゃん……歳をとった……)
シルヴィスは一眼でその女性が自分の母であるアルマであることを察した。シルヴィスの記憶にある姿よりも遥かに年齢を重ねた姿であった。
「ギ、ギオル……なの?」
アルマは震える声でシルヴィスへと声をかける。その声には期待と不安が入り混じった、そして縋るような声であった。
それはアルマがギオルを探し
「母ちゃん……ただいま」
シルヴィスはそれだけ言うとうつむいた。アルマは震える手でシルヴィスの両頬を抱えるようにして顔を覗き込んだ。アルマの目に涙が溜まっているのが見えた。
「ああ……大きくなったのね……。ゼイルにそっくりだわ……やっぱり親子なのね」
アルマの言葉にシルヴィスの目から涙がこぼれた。
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