後日譚 第1話 シルヴィスの帰郷①
アインゼス竜皇国に温かく迎えられたシルヴィスは多忙な日々を送っていた。シルヴィスはヴェルティアの夫ではあったが、特に官職についているわけではない。そのシルヴィスが多忙なのは、ヴェルティアの暴走をことあるごとに止めているからである。
シルヴィスとヴェルティアが夫婦になって早一月、その間にヴェルティアが飛び出して行こうとしたのを、シルヴィスが襟首を掴んで止めたことは既に十回を超えていた。
ヴェルティアを制止する様子を皇宮のあちこちで目撃されており、シルヴィスの評価はもはや天井知らずで上がっていった。
シルヴィスにしてみれば、
「う〜ん……」
夫婦の私室で、シルヴィスが何やら唸っているとヴェルティアが首を傾げた。
「シルヴィス、どうしたんです? 今日の夕食にピーマンは入れないようにしましょうか?」
「そんなことで悩むわけないだろ!! お前は俺をなんだと思ってるんだよ」
「私の夫です!! そしてい、愛しい……人……です」
「いきなりテレるなよ。こっちまで恥ずかしくなるだろうが」
「う〜〜おかしいです!! いきなりテレてしまったんですよ!!」
ヴェルティアは真っ赤になりながらシルヴィスへ返答する。その様子を見たシルヴィスも少しばかり頬が赤くなった。
「なんか独り身には居づらい雰囲気ですね」
「そうそう、私たちも婚活しようかな」
「ですねぇ」
ディアーネとユリがニヤニヤとしながらシルヴィス達に聞こえるようにいうと、二人はさらに頬を赤くすることになった。
「そ、それで、シルヴィスは一体どうしたんです? ピーマンが出るかも知れないという心配以外でシルヴィスが悩むようなことってあるんですか?」
「妙にピーマンに拘るな。お前、ピーマン苦手なのか?」
「な、何を言ってるんですか!? ま、全く的外れな指摘です!!」
「お前……子どもが生まれたら絶対に好き嫌いするなよ。教育に悪い」
「も、もちろんです!! このアインゼス竜皇国の皇女である私がピーマンを
ヴェルティアが妙に力強くシルヴィスに言い放つが、ピーマンが苦手であることを暴露しているのは迂闊というべきだろう。
「それでどうしたんです?」
ヴェルティアはやや強引に話を戻す。明らかなごまかしが含まれているがそこを突っ込むと話が先に進まないので、シルヴィスはツッコミを避けた。
「前に俺の身の上の話は聞いたろ?」
「え?シルヴィスの身の上ですか? 確か、シルヴィスの家に強盗が入ってきて、シルヴィスがあの圧倒的な力で蹴散らし、なんやかんやあってお師匠様に救われたという話でしたね」
「まぁ、そんなことだ」
「さすがは私ですねぇ〜 夫のちょっとしたエピソードも心に留めることのできるまさに妻の鑑というやつです!! はっはっはっ!!」
「いや、俺がいうのもなんだが、結構濃いエピソードだったと思うぞ」
「まぁそう言われればそうですね」
ヴェルティアの返答にシルヴィスは苦笑を浮かべるが、それを引き締めて言う。
「実家に行こうと思ってる」
「実家ですか?」
「ああ、もう十二〜三年ほど帰ってないからな」
「随分と長いこと帰らなかったんですね。どうして戻らなかったんです?」
ヴェルティアの問いにシルヴィスは少しばかりバツの悪そうな表情を浮かべた。
「ちょっと……気まずくてな」
「気まずい?」
「ああ、俺は強盗を吹き飛ばしてしまったろ? そのことで両親から恐れられてな……その目が怖くて逃げ出しちゃったんだよな」
「あ〜それは、シルヴィスも気まずいというものですね」
「ああ、返す言葉もないんだよな」
「大丈夫です!! シルヴィスの実家の方には私もついて行きますよ」
「当たり前だろ」
「へ?」
「元々、お前を両親達に紹介したいから実家に戻るつもりなんだからな」
「なるほど!! つまり皆の憧れであるアインゼスの至宝である私をご家族にご紹介したいというわけですね!! わかりました!! それでは早速行きましょう!!」
ヴェルティアが自己完結を行い立ち上がると早速駆け出そうとしたところで、シルヴィスがヴェルティアの襟首を掴んだ。
「はう!! シルヴィスどうしたんですか!?」
「あのな。お前いきなり飛び出すなと言ったろ。大体、お前は俺の家を知っているのか?」
「……さぁ!!シルヴィス案内してください!!」
「さりげなくなかったことにするなよ」
シルヴィスがため息をつきつつヴェルティアへと言う。だが、シルヴィスは呆れた声の奥にヴェルティアへの親愛の感情があきらかに含まれている。
「まぁ、行くか」
「よ〜し!! シルヴィスの実家に挨拶ですね!! やる気が出てきましたよ〜〜!!」
「庶民の家だからあんまりビビらせるなよ」
「はっはっはっ!! 任せてください!! ディアーネ!! ユリ!!早速準備してください!!」
ヴェルティアの命令にディアーネとユリは一礼した。
「シルヴィス様のご実家の方々へのお土産はどのようなものを……」
「そうですねぇ〜やはり
「承知いたしました」
ヴェルティアの言葉にディアーネは恭しく一礼する。
「おい」
「なんですか?」
「
「お〜よく聞いてくれました!! 私がカイヴァースをぶん殴ったら差し出してきた宝石です!!」
「カイヴァースって二年くらい前に暴れていた蛇王だったっけ?」
「はい!! 私が話し合いに向かったのですけど、何やら激昂しまして襲い掛かってきたのでぶん殴ったんです!!」
「気の毒に……」
「時には拳で語るというのも必要なんですよね~ その際に差し出してきたというわけです!!」
ヴェルティアの言葉にシルヴィスはディアーネとユリに視線を向けるとさりげなく視線を外された。それだけでシルヴィスは察してしまう。完全に心が折れたカイヴァースが命乞いのために差し出したものなのだろう。
「いや……そんな高価なものを譲られても困るだろ」
「なるほど……それならば私の手料理を送ることにしましょう!! よ〜し、腕をふるいますよ!!」
「……そうだな。俺もお前の手料理を食いたいな」
「任せてください!! さぁ、ディアーネ!! ユリ!!食糧の用意してください!!」
「はい」
「よ〜し、任せてくれ!!」
ヴェルティアの言葉にディアーネとユリは力のこもった声で返答する。
(う〜ん、感動の再会って感じじゃなくなるんだろうな)
シルヴィスはヴェルティア達の様子を見ながら小さく笑った。
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