第323話 急転②

「さて……すまないが、少しだけ話に付き合ってくれるかな?」

「ああ、構わない」

「ありがとう……」


 シルヴィスの返答にヴォルゼイスは素直に礼をいう。


「シオルガルクのことだ……」

「ん?」


 ヴォルゼイスからシオルの名が出たことにシルヴィスは疑問の反応をした。なぜいきなりシオルのことが話題になったか疑問に思うのも当然である。


「シオルがどうした?」

「君はシオルガルクの息子が行方知れずとなったことを知っているか?」

「ああ、知っている」

「ルキナとの決闘・・後、シオルガルクは私に言ったよ。目的を果たした……とな」

「それが……俺か」


 シルヴィスの返答にヴォルゼイスは静かに頷いた。


「驚かないな」

「ああ、シオルと相対した時にゼイスという名に心あたりはないかと尋ねられてな」

「そういうことか……」

「悪いが俺はそのゼイスという名に心当たりはない」

「だが……子孫の一人だよ……これは間違いない」

「……そうか」


 シルヴィスは複雑そうな表情を浮かべた。自分が神の子孫であることはわかっていたが、それが異世界の神であるシオルの子孫であることにやはり驚かざるを得ない。


「ふ……」

「何を笑っている?」

「いやな……良かったなと思ってな」

「?」

「君の存在はシオルガルクを救ってくれたと思ってな」

「俺が?」

「ああ、君がこの世界に召喚されなければシオルガルクは満足して逝けなかった・・・・・・

「あんたはそれを知っていたのか?」

「君も……シオルガルクが逝ったことはわかっているだろう?」


 ヴォルゼイスの言葉にシルヴィスは静かに頷いた。ヴォルゼイスの言った通りシオルの気配が全く感じ取ることができなくなったのだ。それはキラトとの勝負にシオルが敗れたことを意味する。

 だがシオルが満足して逝ったかどうかまではわからない。


「私はね……今まで多くの失敗をおかしてきた……自分の力があれば全ての者を救うことができる……とね」

「……」

「ふふ……傲慢だろう? そんな私が統治者なのだから……天界もどんどん歪んでいったよ……他種族を見下し、嘲り……戯れに傷付けた……そして、それを正すこともできないのが……無能な私だ……」

「だからあんたは俺たちを使って天界を正そうとした……か?」


 シルヴィスの言葉にヴォルゼイスは自嘲気味に笑う。


「まさか……私にそんなつもりはないよ。私はただ自分の役目から逃れたいと思ったのさ……」

「そう自虐的になるな。あんたが今回の件を行ったのはシュレンのためでもあるのだろう?」

「そんな……ことはない」

「言い淀んだのが何よりの証拠だ。あんたはシュレンに後を託したいと思っていた。少しでも歪んだ天界を正したいと思ったんだろ? そしてあんたの企み通り、自尊心が病的に肥大化した神や天使達の多くは死んだ。荒療治であったし、巻き込まれた者達にとっては迷惑極まりない話だがあんたは満足して逝ける・・・んじゃないか?」


 シルヴィスの言葉は突き放しているようでもあり、気遣っているようでもあった。それがヴォルゼイスには何やらおかしくなり小さく笑った。それは先ほどの自嘲気味な笑いではない。満足な笑みである


「……そうだな。礼をいうよ……君は私を救ってくれたよ。千年前に行方不明になったシオルガルクの子孫がこの世界に来て、シオルガルクと私を救ってくれた……ふ……運命などないと思っていたが……一概には否定できるもの……ではな……いな」

「さようならだ……あんたのことは好きではないがあんたとの勝負は楽しめたよ」

「その……言葉……シオルガルクに自慢することにするよ」


 ヴォルゼイスはそういって目を閉じる。そして小さく微笑んだ。


「ヴォルゼイス様!!」


 そこにディアンリアが現れる。倒れ込むヴォルゼイスと立っているシルヴィス、その図式は両者の勝負がついていることを察するに十分すぎた。そしてディアンリアにとって最悪の結末があったのだ。


「どけぇぇえ!!」


 ディアンリアはシルヴィスを押し退けて倒れているヴォルゼイスの手を取った。シルヴィスは後ろにとび距離をとった。いつものシルヴィスであればディアンリアを近づけるようなことはしないのだが、ディアンリアに殺気がなかったこと、そして何よりヴェルティア達に相当痛めつけられていたことにより脅威を感じなかったためであった。


「ディアン……リア……」

「はい!! 私はここにおります!!」

「我らは……敗れた……私と共に……この世界から……消えよう……」

「な、何を言われます!! 我らは神!! 神に敗北などあり得ませぬ!! 立ち上がりください!!」

「ふ……我らは罪を重ねすぎた……それを清算せね……ば……ならん」

「お任せください……」


 ディアンリアの声に明確な殺意が浮かんだ。


「この世界・・……を消して見せましょう!!」


 ディアンリアの声は狂気を明らかに孕んでいた。その狂気に身を委ねるようにディアンリアはヴォルゼイスの穴の開いた胸部に腕を差し込んだ。


「……バカもの……が」


 ヴォルゼイスはそう小さく発すると光の粒子となった。


 光の粒子となったヴォルゼイスをディアンリアはその体に取り込んでいく。


 ドクン!!


 ディアンリアの姿が変わっていく。美しかった肌はドス黒く変わり、そこから皮膚が裂け再生し、またも皮膚が裂け再生する。再生した肌は元通りになるのではなくブクブクと盛り上がっていく。


 そしてそれはディアンリアの体が変貌していくことを示していた。再生を繰り返していきディアンリアの下半身は巨大なムカデのものとなっていく。


「おや? なんかえらいことになってますね」


 そこにヴェルティアが姿を見せる。相変わらず声は呑気なものであるが、怪物と変貌していくディアンリアに対して警戒心を強めた。


「すまんな。ミスった」


 シルヴィスはヴェルティアへ謝罪した。


「どういうことです?」

「ディアンリアがヴォルゼイスを取り込んだんだ。脅威を感じなかったから放っておいたのが仇になった」

「あらら、珍しくシルヴィスが優しさを発揮したらこの展開というわけですね。いや〜慣れないことをするものではありませんねぇ〜でも大丈夫です!! この私がきたからには事態が収束したも同然です!!」

「頼もしいことで……」

「はっはっはっ!! お互いのミスを補い合う!! それで全てが解決するのです!!」

「はいはい。あっそうだ。ヴェルティア」

「ん? どうしたんです?」

「ディアンリアを斃したら……言うことがあるからな」


 シルヴィスの言葉を受けてヴェルティアはある予感が頭をよぎったのだろう。頬が少し赤く染まった。


「まさか、シルヴィス様が動くなんてね」

「ええ、切り札などという無粋なモノを使わないで済むのは嬉しいですね」


 ディアーネとユリは嬉しそうに笑った。


「ヴォルゼイス様のおられぬ世界など消えてしまえばよい!! ははははっ!! 世界が消えればヴォルゼイス様の名誉が傷つけられることはない!!」


 ディアンリアは体長三十メートルを超える姿へと変貌していた。下半身はムカデのものとなり、腕が六本となり、背にはコウモリのような巨大な翼が生えている。


 ただ、顔はディアンリアの美しい顔のままであり、そのアンバランスさはおぞましさの極致というべきものだ。


「消えてしまえ!! 虫ケラ共が!!」


 ディアンリアの正気の失った視線と声を受けてシルヴィス達は戦闘体勢をとった

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