第204話 神魔大戦 ~エランスギオム会戦⑤~

「魔軍にもやはり……勇者はいるな」

「まさか神様が他種族を褒めるなんてな。珍しいこともあるものだ」

「ふ……神であっても高潔な者は称賛するさ。ところで名乗れる名は持っているのか?」


 アンガレスの問いかけにレーウィックはニヤリと笑って答えた。


「第二軍団所属……第三旅団長レーウィックだ」

「団長?団長が殿しんがりを?」

「ああ、若造どもにまかせるというのもどうかと思ってな」

「指揮官としての務めを放棄したか?」

「かもしれんな。だが、俺が殿をしないと次の世代が皆殺しになるからな」

「そうか……」


 レーウィックの言葉にアンガレスは目を細める。


「君はここで死ぬつもりかな? もし、そのつもりなら私は失望するぞ」

「そうか? 神というのは命をかけたりしないのかな?」

「何?」

「ここは戦場いくさば、どのような想定外の事態が起こるかわからんのだがな。神にとってこの戦場というのも遊びにしかすぎないつもりかな? もし、そんな覚悟ならこちらこそ失望するというものだ」

「ふ……それもそうだな。失礼した。あまりにも君の覚悟を嘲笑う言葉であった」


 アンガレスの謝罪にレーウィックは意外な印象を受ける。気位の高い神が謝罪するなど信じられない気持ちである。


「まさか……神が謝罪するとはな。俺は奇跡を見ているな」

「そういうな。我らも謝罪くらいするさ」

「そうか。それじゃあ……あんたの名前を教えてくれんかな」


 レーウィックの言葉にアンガレスは目を細めるが否定することなくレーウィックの求めに応じるため口を開く。


「私の……」


 アンガレスが口を開いた瞬間にレーウィックは動く。間合いに入ると同時に大剣を上段から一気に振り下ろしたのだ。


 キィィィン!!


 レーウィックの斬撃をアンガレスが斧槍ハルバートで受ける。


「せっかちだな。私の名前を聞くくらいは待っても良いのではないのかな?」

「すまんね。年寄りは早く寝るだろ? 起きてる時間が短いから焦るんだ。悪く思うなよ」

「その分早く起きるだろ」


 キィィィン!!


 アンガレスはレーウィックの大剣を弾き飛ばした。


「ち……」


 レーウィックとアンガレスは互いに間合いを詰めると激しく撃ち合う。突く、斬る、薙ぐ、あらゆる高い戦闘技術で互いに相手の命を奪うために振るわれた。


 大剣と斧槍ハルバートは激しく撃ちかわされた。


「それで御尊名を聞かせてくれないのかな?」


 レーウィックは激しく剣戟を行いながら軽口を叩く。アンガレスはその胆力に対して愉快そうに笑う。


「ああ、そうだな。私の名はアンガレスだ」

「ほう。貴殿の名はアンガレス殿か。それなら、ついでに立場も教えてもらえないかな?」

「ああ、私はミューレイ将軍麾下の第三軍団の八天将の一柱だ」

「予想以上に大物だな。強いはずだ」

「君もな」


 キィィィ!!


 レーウィックとアンガレスは再び距離をとる。


 レーウィックは周囲の様子に目を向けると部下達は凄まじい激闘を展開しているが、完全に勢いを取られているのに加え、天軍の実力が高い。先ほど蹴散らしたシュレンザー達の兵とは比べることすら憚られるレベルである。


 一人、また一人と部下達が討ち取られているのを見て、レーウィックは唇を噛み締めると同時に、誇らしい気持ちも同時に生じていた。今、天軍と戦っている者達は間違い無く仲間のために命を張っている勇気と高潔さを持った男達だからだ。


 レーウィックにしてみればそのような男達の将であることを誇りに思うのは当然であった。


(よくやってくれた……これで相当な時間が稼げた。団長としてお前達と共に戦えたことを誇りに思うぞ)


 レーウィックはアンガレスに視線を移すと小さく息を整えた。


「アンガレス様!!」

「醜い魔族が!!」


 アンガレスとの間に割り込んだ天使達であったが、レーウィックの大剣により即座に両断された。


 アンガレスは斧槍ハルバートを大上段から一気に振り下ろす。レーウィックは受け止めようと大剣を掲げた。


 キィィィン!!


 しかし、アンガレスの斧槍ハルバートの一撃はレーウィックの大剣を断ち、そのまま左肩から胸部へ斧槍ハルバートが食い込んだ。


「な……抜けない」


 アンガレスの口から驚きの声が発せられた。アンガレスの斧槍ハルバートはレーウィックの胸部に到達していた。いわば致命傷であったのだ。


 しかし、レーウィックは斧槍ハルバートを両手で掴み、抜けないように固定していたのだ。


 アンガレスが訝しむ表情を浮かべた次の瞬間にレーウィックの口から含み針が放たれた。


「ぐ……」


 アンガレスは放たれた含み針を左腕で受けた。その瞬間にアンガレスの左腕に電気のような衝撃が走る。


(毒か?)


 その瞬間にレーウィックの左胸に食い込んでいた斧槍ハルバートがズボッと抜けた。

 アンガレスは斧槍ハルバートが突然抜けたのはレーウィックが力を抜いたためであることを理解したが、それは体勢を崩されたことを防ぐものではなかった。


 体勢を崩したアンガレスにレーウィックは大きく踏み込んだ。既にレーウィックの大剣は半分ほどの長さとなっているが、殺傷能力がなくなったわけではない。


 レーウィックは胴薙ぎの斬撃を放つ。レーウィックの斬撃の鋭さはアンガレスであっても侮ることのできないものだ。


(ち……左腕が痺れる)


 アンガレスは左腕に受けた毒のために動きが鈍い。斧槍ハルバートで防ごうと斬撃の軌道上へと滑り込ませた。


 しかし、レーウィックの斬撃は突如軌道を変え、アンガレスの顔面へ斬撃が迫る。


「く……」


 アンガレスは身を捩ってレーウィックの斬撃を躱すことを選択する。左腕が痺れていたことでこの急激な軌道の変化に対応することは難しいという判断であった。


「な!!」


 アンガレスは斬撃の軌道上から外れたと思ったが、レーウィックの折れた剣から魔力で形成された新たな刃が加わったのだ。


 レーウィックの刃がアンガレスの左眼を切り裂き、そのまま眼窩まで切り裂いたのだ。


(よし!! もう一太刀!!)


 レーウィックは必殺の一撃を躱されたが左目を切り裂いたのだから流石に動きが止まると思ったのだ。

 眼球は砂粒一つでも苦しむ急所であり、鍛えることは決してできない。その眼球を切り裂かれたのだから、いくら神であってもその痛みに耐えることは難しいのだ。


 ドガァ!!


「な……」


 しかし、レーウィックの首に凄まじい衝撃が襲った。アンガレスの斧槍ハルバートがレーウィックの首に直撃したのだ。レーウィックの動きが止まり、そのまま崩れ落ちた。


(目を失っても……動きを止めないのか……すごい……男だ)


 レーウィックの心には死への恐怖、悔しさよりもアンガレスへの称賛に満ちている。


(これが……神か)


 レーウィックは小さく笑うとアンガレスも心情を察したのか小さく笑う。


「強かったぞ……お前の名は忘れん。そしてお前の活躍で逃がそうとした連中も逃げ延びたお前は務めを果たした」


 アンガレスの言葉にレーウィックは僅かに微笑むとすぐにその笑みが消えた。


「アンガレス様!! おのれ!! 魔族ごときが!!」


 アンガレスの部下の天使達がいきり立つとレーウィックの死体を蹴りつけようとした。


「やめぇい!! 我が好敵手の死を侮辱することは許さん!!」


 アンガレスの言葉に天使達はビクリと体を震わせた。


「この者の首を掲げよ」


 しかし、アンガレスの次の言葉に天使達は意外そうな表情を浮かべた。首を取るなど先ほどの言葉と矛盾しているようにしか思えないのだ。


「よ、よろしいのですか?」

「これも戦場のならいだ……それをしないのはこの者への侮辱だ」

「は……」


 アンガレスの指示はレーウィックへの敬意に満ちているのはもちろんだが、少し辛そうな声に天使達は反論することはできない。


 天使はレーウィックの首を切り落とすと大きく掲げた。


「敵将!! 第三旅団長レーウィック!! 八天将アンガレス様が討ち取ったぞ!!」

『ウォォォォォォォ!!』


 天使の言葉に他の天使達が呼応して大気を揺らした。


「引くぞ!!」


 アンガレスは短く命令を下すと自陣へと戻っていった。



 その後、激しい戦いはあったが、日が沈むと両軍は引くことになった。


 初日から激しい戦いを展開した両軍は互いに大きな被害を出した。


 魔軍も天軍も違いに相手との実力を認めざるを得ない。天軍の少なくない被害に天軍の魔軍を侮る雰囲気は初日で消し飛んでしまった。


 魔軍も天軍もかつてない激戦を予感せざるを得ない。

 

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