第201話 神魔大戦 ~エランスギオム会戦②~

「シルヴィスめ……想定以上の力を持っていたな」


 エランスギオムに到着したシュレンの声は忌々しくもあり、称賛する響きを含んでいた。


「こ、これほどとは……」

「信じられん……たった一人にこれほどの損害を被ることになろうとは……」


 幕僚達も巨大な岩石、必死に再編成を行なっている友軍の状況を見て戦慄せざるを得ない。

 当初はシルヴィス達の攻撃による損害は軽微なものであったために、それほど危機感を持っていなかったのだが、損害軽微の報告が第二軍団被害甚大、第四軍団被害拡大となり、破獄封盡レミュジングスが使用された報告が立て続けに入ってきたのだ。


「シュレン様、ディガーム将軍でございます」

「通せ」

「はっ」


 シュレンの言葉を受けてディガーム将軍が現れる。


「面目もございません……」


 ディガーム将軍の表情は暗い。大会戦がこれより行われようとする矢先に麾下の第二軍団は大きな損害を受けた以上、叱責は覚悟の上である。


「いや、ディガーム将軍は自分の勤めをよく果たしてくれた。もし、あの巨岩に将軍が押し潰されていたら我が軍の勝利はおぼつかなくなったと思う。将軍が健在であったからこそ、第二軍団は戦力として考えることができる」


 シュレンはディガームの手を取ると力強く告げる。その力強い言葉にディガームは感極まり頭を下げる。

 シュレンの言葉はディガームへの信頼と期待の表れであるのは間違いない。幕僚達もディガームを蔑むようなことは一切しない。あのような巨岩が突然天より降ってくるなど誰が想定できるというのか。


「もったいないお言葉でございます」

「第四軍団もかなりの損害が出たという話だ。シルヴィスというイレギュラーな存在は天災のようなもの。だが、その天災はこの場にはもういない」


 シュレンの言葉にディアガームは頷いた。


破獄封盡レミュジングスですな?」

「そうだ。シオル殿がシルヴィスを破獄封盡レミュジングスで亜空間へと封印した。いくらあの男でも即帰還というわけにはいかない。それが十日後か一ヶ月後かはわからんが、今日明日に戻るということはあり得ない」

「お見事でございます。このディガーム……正直なところを申せばシュレン様の用心深さを心のどこかで笑っておりました。ですが……今回の件で笑われるべきは自分でありました」

「私はシルヴィス達と以前戦ったことがある。だがディガーム将軍達はその経験はない。もし私がシルヴィスと戦った経験がなければこのような前準備は行わなかったよ」


 シュレンの言葉にディガームは再び頭を下げる。それを見てシュレンは小さく笑うとディガームへと言葉を続ける。


「ディガーム将軍、第二軍団の再編成にはどれほどかかる?」

「はっ、あと三時間ほど必要でございます」

「そうか……ディガーム将軍、私の見たところ魔軍の陣容が整うのが一時間ほど早そうだ」

「……はい」

「キラトは一時間待ってくれるかな?」

「……いえ、残念ながら……」

「そういうことだ」

「では?」

「第二軍団は編成を続けよ。今日の戦いは第二軍団は予備兵力とする」

「はっ!!」

「無念ではあろうが、シルヴィスの狙い通りにことが進むわけにはいかないので堪えてもらう」

「とんでもございません!!」


 シュレンの言葉にディガーム将軍は力強く答える。現段階で第二軍団の再編成は終わっていない。それなのにノコノコと出かけて行って壊滅の憂き目に遭うのは避けるべきなのだ。


「ディガーム将軍は再編成を急げ!!」

「はっ!!」


 ディガームは一礼すると再編成のために第二軍団の元へと駆けていった。


(陣容が整っているのは第一、第三、第六……そしてお師匠様の軍だな。キラトは……あの辺りだな)


 シュレンは地形、敵軍の配置からキラトの本陣の大まかな位置を予測する。


(魔軍は各軍団の配置からして攻撃重視……最前列の三個軍団を補助するように二個軍団が両側に配置、おそらく前列の五個軍団の後ろに三個軍団が控え、崩れそうな軍団の援助に向かう……といったところか)


 シュレンの予測した通り、魔軍の布陣は攻撃重視のものであるのは間違いない。


(となると……こちらはお師匠様頼りというわけか。そしてそれはお師匠様にとって最も望んだ展開というわけか)


 シュレンはそう考えると静かに目を閉じる。シオルの望みを知っている。だからこそシュレンはそれを避けたいと考えているのだ。


「だが……この状況で魔軍に勝つにはやるしかないのだな」


 シュレンの声は苦いものであった。


 * * * * *


「さて……始めるか」


 キラトは立ち上がると周囲の幕僚達を見渡した。キラトの視線を受けた幕僚達は例外なく緊張の表情を浮かべた。

 幕僚達はルキナの代から軍務に就いている者たちであるが、それでもこれほどの規模の大会戦は経験がない。


「第二、第三、第七の各軍団に伝令!! 天軍に思い知らせてやれとな!!」

「はっ!!」


 キラトの命令を受けた伝令達が散っていく。


「我々も相当な損害が出ますな」


 幕僚の一人の言葉にキラトは小さく笑う。


「何を言っている……我々も損害を想定しているだろう?」

「は、はい……陛下、やはり考えは変わらないのですか?」


 幕僚の言葉にはキラトへの非難の感情が含まれている。


「ああ、お前達にはすまないが、ここは我儘を通させてもらうぞ」

「は……」


 キラトの返答に幕僚達は沈黙する。


「みな命をかけているのは同じだ。それは兵士であろうと将軍であろうと王であろうと変わらん。そして……相手もな」

「それはそうですが……」

「シュレンの考えていることはこちらとほぼ一緒のような予感がする」

「え?」

「あいつも俺やシルヴィスと同類だと言っているんだよ」


 キラトはそういうとニヤリと笑った。その笑みは幕僚達にとって限りなく頼りがいのあるものに思えた。


 * * * * *


「軍団長閣下!! 陛下より伝令!! 天軍に思い知らせてやれとのことです」


 伝令を受けたリューべはニヤリと笑うと立ち上がり最前列へ向けて歩き出した。リューべが歩き始めると兵士達が道を開ける。道を開けろと言われたわけでもなく兵士達はごくごく自然にリューべから放たれる覇気に道を開けさせられたのだ。


「我が戦友達よ!!」


 リューべは歩きながら大音量で兵士達に語りかけた。リューべの言葉を兵士達は固唾を飲みながら聞き入る。


「陛下より命が下った!!」


 リューべの言葉に兵士達の目の色が変わる。その雰囲気を察したリューべは嗤う。


「その命とは天軍に思い知らせよというものだ!! ああ!! 思い知らせてやろうではないか!! どのような非道も自分達ならば許されると思い上がった神々に!! 神とて斬られれば死ぬ!! 死ねば腐る!! 我らと何も変わらぬ!! それを神々に思い知らせてやろうではないか!!」

『ウォォォォォォォ!!』


 リューべの宣言に兵士達から歓声が湧く。リューべは歩を止めることなく最前列へと向かう。


「戦友諸君!! 我らはどのような手段で神々に思い知らせればよい?」

『死だ!!』

「そうだ!! 我らがこれより神々へ死を贈りつける!! 我ら第二軍団は神々を断罪する剣だ!! 存分に振るおうではないか!!」

『おおおおおおおおおおぉぉぉ!!』


 リューべの檄に第二軍団の面々は雄叫びを上げる。その雄叫びは天地を揺るがすほどの凄まじいものだ。そしてほぼ時を同じくして、第三、第七の軍団からも兵士達の咆哮が上がった。


 指揮官に必須の能力に兵士達を戦いに向かわせるための士気を高めることがある。

 魔軍の八個軍団の軍団長達はそれを有している。それだけで指揮官としての優秀さがわかるというものだ。


 リューべはそのまま最前列へと進むと背負った大剣を抜き放った。


 第二軍団の面々はリューべの大剣を構える姿に身震いする思いだ。


「第二軍団……突撃ィィィ!!」

『うぉぉぉぉぉぉぉ!!』


 リューべが叫ぶと同時に先陣を切る。一拍遅れて第二軍団の面々がそれに続いた。


 ほぼ同時に第三、第七軍団も突撃を開始した。


 神魔大戦の一つの山場であるエランスギオム会戦が始まったのである。

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