第200話 神魔大戦 ~エランスギオム会戦①~

 ムルバイズ、ジュリナをはじめとする魔術師達が形成した転移門によりエランスギオム平原に魔軍が現れた時、当然ながら天軍による攻撃が行われると覚悟していた魔軍であるが、先行部隊から戦闘開始の報告は一切入っていない。


 陣容を整える間に準備を整えた天軍から攻撃開始をしてもおかしくない状態であり、魔軍は相当な犠牲を覚悟していたのである。


 初手で遅れをとった以上、その代償を払わねばならないことは仕方ないというのが軍首脳部の考えであったのだ。


 まず先行部隊として派遣されたのはリューべの指揮する第二軍団であった。


 リューべ率いる第二軍団は兵達の精強さもあるのだが、それ以上に粘り強く。拠点の確保、防衛に対して多くの功績を上げる軍団なのだ。


 リューべも当然ながら激戦を覚悟しており、部下達には友軍が展開するまでの壁となることが自分達の任務であると告げていた。


 第二軍団はリューべの指示に高揚したほどである。第二軍団にとってこの危険な任務は魔軍の勝利のために貢献できるというものであり臆するものなど第二軍団にはいなかったのだ。


 第二軍団でまず転移したのは軍団長のリューべであった。軍団幕僚達もほぼ同時に転移する。

 軍団長自ら先陣を切るという姿を見せつけられれば兵士達の士気も一気に上がるというものだ。


 リューべは危険な任務であればあるほど自分が先陣をきる。これは年若い自分に部下達がついてくるための必要なことだと認識した結果であるが、自分を討ち取ることのできるものなどそうはいないという自負でもある。


「これは……」


 転移したリューべが呆気に取られたのは仕方のないことかもしれない。


 姿を見せた自分達に敵軍が襲い掛かってくることを想定していたのだが、リューべの眼前には天軍の真っ只中に巨大な岩石があり、その周辺で天軍達が慌ただしく動いている光景だったのだ。


「シルヴィスさんか……助かる」


 巨岩がシルヴィスの術である岩禅がんぜんであることを察したリューべはシルヴィスに感謝しつつ部下達に陣容を整えるように命令を下した。


「第六大隊集合!!」

「第三大隊はこっちだ!!」

「急げ!!」


 中級指揮官達が部下達に命令を下し、部下達を掌握し素晴らしい速度で陣容が整っていく。


「シルヴィスさんのおかげで陣容を整えることができるな。この機会を逃すな!!」

「はっ!!」


 リューべの命令を遂行するために第二軍団は必死に動く。陣容を整えればそれだけ自分達の勝利の確率が上がる以上当然というものである。


 第二軍団の転移が終わった後に、第三軍団が転移してきた。


 第三軍団長のオルフェルもリューべ同様に転移した時に巨岩に呆気に取られたが、第二軍団が急いで陣容を整えていっているのを見て、即座に陣容の形成に動き出した。


「閣下……あそこでシルヴィス様が戦ってくれているのですね」

「あの岩はシルヴィスさんの術だ。そして、あそこで我々が陣容を整えるために時間を稼いでくれている」

「……恐ろしいお方ですね。あの方が魔族に味方してくれて本当にホッとしています」

「ああ、同時に神達の不運を哀れに思うよ。あんな人と敵対する事になった何も知らない神族や天使には心から同情するよ


 幕僚の言葉にリューべは笑いながら答える。リューべの返答に幕僚達は納得の表情を浮かべた。

 リューべからシルヴィス達が魔族に味方する……いや神と敵対する経緯は聞いていたが、ここまでの実力を見せつけられればシルヴィスを敵に回すことの愚かさを嫌でも思い知らされるというものだ。


「第三軍団も陣容を整え始めました」

「流石は第三軍団だ。動きが早い」


 リューべの口から第三軍団への称賛が発せられた。リューべは他者への賞賛を惜しまない。これはリューべが自分の実力をきちんと把握し研鑽を積むことをよしとする価値観を持っているからである。


「うちの部下達もよくやってくれている。訓練よりも早く陣容が整うのは頼もしい限りだ」


 そしてリューべは自分の部下達への賞賛も決して忘れることはない。人によっては調子に乗ることを危惧するために全く評価しないという価値観を持つ者もいるが、リューべの気質からそれは考えないのである。


「第七軍団が転移してきました」

「順調だな」

「はい」


 リューべの言葉に幕僚が答えた瞬間であった。


 魔力の急激な収縮と爆ぜる瞬間を感じたと思ったらシルヴィスの気配が消えたのだ。


「シルヴィスさんの気配が消えた?」

「……閣下。まさかシルヴィス様が……」

「いや、そんなはずはない……まさかシルヴィスさんが何もできずにやられるということはありえないはずだ」

「し、しかし……現に……」

「ふむ、気配が消えたのは確かに事実だ。だが、死んだとはどうしても思えん。おそらくヴェルティアさん達が何があったかをこちらに伝えてくれるはずだ」


 幕僚達の不安そうな表情を見てリューべは怪訝な表情を浮かべつつも自身の考えを述べた。リューべの一切取り乱さない様子に幕僚達も一抹の不安を覚えつつも平静さを取り戻した。


 そこから魔軍も天軍も陣容を整えることに尽力をする。


 天軍の方は被害を受けた軍団が、急速に再編成をおこなっており、それがかなり時間をかかっているようであった。


 八個軍団が陣容を整えつつある時、魔王キラト率いる近衛師団がエランスギオム平原に姿を見せる。


「さて……ヴェルティアさんからの情報を皆に伝えよ」

「はっ!!」


 キラトの命令に従い伝令達が全軍団の幕僚達に伝えるために一斉に散った。


 シルヴィスが消えた事に対して、シルヴィスが死んでいない・・・・・・事を情報として伝えるのは至極当然のことであった。

 それだけ、シルヴィスの存在は魔軍の中で大きくなっているし、実際に平原の真ん中に落とした巨岩をみればシルヴィスの存在を過小評価することの無意味さがわかるというものだ。


「お義兄にい様がしてやられるなんてことがあることに驚きましたが、逆に言えばお義兄様を殺すことは神々であっても困難というわけですね」


 レティシアの言葉には一切の悲壮感はない。どことなく神々への同情が感じられる声色にキラトは苦笑せざるを得ない。


「そうだなぁ……理不尽なことってやっぱりあるよなぁ」

「ええ、シュレンさんが甘いとは思いませんし、実際にすごいと思いますよ。ここまで綿密に計画を練り上げ事態を動かしている手腕は本当に素晴らしいです。でもそれを上回る理不尽な方・・・・・がいるのは不幸以外の何物でもありません」

「ああ、俺もそう思うよ。理不尽なのがシルヴィスだけ・・じゃないのがもうね……」

「そうですねぇ……」

「正直、ディアンリアがこっちの陣営でなくて本当に良かったと思うよ。明らかに今回の戦犯はディアンリアだものな」

「わざわざ、竜の逆鱗を撫で回すような事をしましたからね」

「ある意味、この状況はディアンリアのおかげとも言える。俺はその恩恵を受けたといえるな」

「キラトさんの目的は二つ・・ありますしね。いくらキラトさんでも同時にその目的を成し遂げるのは不可能ですもの」

「そうだなぁ……親父殿が生きていれば一つでよかったんだけど、しょうがないよな」

「まぁ、そのために私達もいますしね。私自身、決着は着けてませんので手助けはさせてもらいますよ」

「よろしく頼むよ」

「はい」


 レティシアはニッコリと笑うとキラトから離れていく。レティシアの向かう先には供回りの護衛のヴィリス達、そしてレンヤ達率いる小隊がいる。

 それを見てキラトはエランスギオム平原を見渡した。魔軍と天軍のほぼ全戦力がこのエランスギオムへと集結し、これより大会戦が行われる。


 おそらくこれほどの規模の大会戦は有史以来であろう


「よくこの状況まで持ってきてくれた……感謝するぞ」


 キラトは感謝の言葉を告げると同時にシオルの軍へと視線を向けた。


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