第199話 神魔大戦 ~シルヴィス無双……しかし②~

「俺の父親?」

「そうだ……お前は……本当に人間なのかと思ってな」


 シオルの声には妙な憐憫がある。そのことに気づいたシルヴィスは目を細める。シオルのシルヴィスに対する反応は奇妙なものであり、シルヴィスとしては戸惑わずにいられないのだ。


「答えてくれんか?」


 シオルの続いて発せられた声にシルヴィスの困惑はさらに深まる。シオルの声はどことなく希望に縋る響きがある。


(……どうする? 嘘をついて撹乱するか?)


 シルヴィスは珍しく悩んでいた。シルヴィスにとって戦いにおいて嘘をつくというのは基本中の基本であり、むしろやらない方がどうかしているという思っているくらいだ。


 だが、シルヴィスは奇妙なことに誠実に伝えることが正しいという想いが強くなっていく。


「俺の父は人間だ。母親もな。兄も妹も……だ。そして俺も人間だった・・・

「……そうか」

「お師匠様は俺の先祖に魔族がいたという話だ。ひょっとしたら神族もいたのかもしれないな」

「……ゼイスという名に聞き覚えはないか?」

「いや……ないな」


 シルヴィスの言葉にシオルは小さいが笑みを浮かべた。


(一体何だ? ……まさか。ルキナさんが言っていた)


 シルヴィスが一つの考えに至った瞬間にシオルが動く。一瞬でシルヴィスの間合いに入ると同時に抜剣、そしてそのまま斬撃をシルヴィスに放った。


 凄まじいという言葉が陳腐に思えるほどの速度で放たれた斬撃をシルヴィスは後ろに跳んで辛うじて躱した。


(く……)


 シルヴィスはシオルの斬撃に背筋を凍らせた。シオルの斬撃には殺気が全くなかったために初動を読みづらいのだ。


 シルヴィスは初手を取られたことを察し、失った流れを取り戻すために即座に反撃に出る。


 シルヴィスは左手に魔力を集めると下から上へ振り上げた。振り上げた左掌に一瞬遅れて魔力の刃がシオルを襲う。


 キキキキキィ!!


 シルヴィスの魔力の刃をシオルは剣で防ぎ切る。シルヴィスはそのままの回転を生かし、虎の爪カランシャに込めた魔力を刃にして飛ばした。


 キィィィィン!!


「く……」


 シルヴィスの飛ばした斬撃を受け止めたシオルであったが、その飛ばした斬撃の重さにシオルの口から感嘆とも驚愕とも取れる声が発せられた。


 しかし、シルヴィスの攻撃はこれで終わりでなかった。


 シルヴィスは斬撃を放った勢いそのままにさらに回転すると左手の人差し、中指の二本の指から魔力の矢が放たれた。


 放たれた魔力の矢をシオルは身を捩って躱した。しかし、その表情には驚きに満ちている。


 避けられた魔力の矢はそのままシオルの背後へと飛んでいく。その射線上にあったものはそのまま抉られていった。


 魔力の矢が通り過ぎた後に者戦場にいた者達は自らの死を受け入れたように斃れていった。


「素晴らしい一撃だったな……」

「ち……てっきり受け止めると思ったんだけどな」

「受けようとすれば間違いなく死んでいたよ。すごい術だ」

「ただの魔矢マジックアローだよ」

魔矢マジックアローだと?」

「ああ、お師匠様の教えだ」


 シルヴィスの言葉にシオルは少しばかり顔を綻ばせた。


「ほう……どんな教えかな?」

魔矢マジックアローは魔術の基本だと。決しておろそかにするなってな。だから俺は磨いているってわけだ」

「ふ……良い師匠だな」

「当然だ」


 シルヴィスの口調に明らかに誇らしげな感情が含まれているのを察したシオルはまたも小さく笑う。


「さて……今度はこっちの質問に答えてもらおう」

「何だ?」

「お前に俺を殺す気がないのはなぜだ?」

「どうしてそう思う?」

「お前の剣には殺気がない。最初は完全に意を消していると思っていたが、そうではない。お前には俺を殺すという意志がないから殺気を感じられないのではないかと思ってな」

「その考察は正しいな」

「……?」


 あっさりとシオルが答えたことに今度はシルヴィスが困惑する。

 

(誠実に応えようとしているのか? それとも撹乱させようとしているのか? どっちだ……?)


 シルヴィスが訝しむ表情を見せたことでシオルは笑みを漏らした。


「ふ……君は先ほど人間であった・・・と言った。繋がったよ」

「繋がった?」

「君は生まれた時から強者だったわけではない。強者になった・・・のだ。だからこそ君は常にありとあらゆる布石を打ち、有利な状況を作り出すことをまず苦心する。今まで君が斃してきたもの達にはない思考だ」

「そんなに褒められるとテレるんだがな」

「ああ、褒めている。君は強い・・。恵んでもらった力ではなく、自分で思考し、研鑽と実戦によって磨かれた力……。強いと断じる絶対的な理由だ」

「……」

「君にとって戦いとは生き残るためのものだ。だからこそ、君は相手の危険度において無意識・・・に力を制限する」

「何だと?」


 シオルの言葉にシルヴィスは目を細める。シオルの言葉はシルヴィス自身も意識していないものだったからだ。


「そう、戸惑うな。試合であれば……対戦相手の勝利で終わり、次の相手は現れない。始めの号令が再び発せられるまではな。だが君の経験してきた戦いはそうではない。一つの戦いが始まり終わる合図など存在しない。連戦、いや重複する戦いもあっただろう。そんな戦いの場において一つの戦いにおいて全力など出せるわけない。全力を出し切ることは次の戦いに対処できないことを意味するからな。そしてそれが君の唯一の弱点であり、最大の弱点だ」

「……」


 シオルの言葉にシルヴィスは答えることができない。シオルの言葉は正論であり否定することはできない。いや、否定する理由はそもそもないのだ。


「君は殺意のない相手には無意識に力を制限する。それゆえに君は敗れるのだよ」

「確かに無意識に制限をかけるのは俺の弱点と言えるかもしれない。だが命の危機に対応できないほど俺は間抜けのつもりはないぞ」

「そうだろうな」

「お前は何を言っているんだ?」

「君に勝つには君を殺す必要などないということだ」


 シオルは言い終わると同時に剣を振るう。放たれた斬撃はシルヴィスではなくヴェルティア達三体の分身体へのものである。


 分身体ではシオルの斬撃を見切ることは不可能である。だが、自分に放たれたものではない事に一瞬シルヴィスの意識が分身体へと逸れる。

 

 その時……シルヴィスの足元に魔法陣が描かれるとシルヴィスの姿がかき消えた。


「君を殺す必要はない。この戦場に来れないようにすれば良いのだよ」


 シオルはそういうと小さく笑った。その笑いはしてやったりというものではなく、シルヴィスの身を案じているようにも思えるものであった。


「シオル様!! あの者を追放できたのですね」


 シオルの元に第四軍団指揮官のルーウィク将軍が駆けつけると弾んだ声で尋ねた。


「ああ、いかにシルヴィスでも広範囲の術式に気づかなかったようだ。感知できる間合いの外からの術の発動……躱すことはほぼ不可能だ」

「はい。それにシオル様がシルヴィスの仲間を斬ったことで意識を逸らしたのも成功の要因かと」

「ああ、綱渡りだったが……何とかシルヴィスを亜空間に閉じ込めることができた。破獄封盡レミュジングスを破るのはシルヴィスであっても多大な時間を要するのは間違いない」

「一度しか使えないのは残念ですな」

「シルヴィスを捕らえるための罠だ。当然ながら膨大な魔力、準備が必要だ。仕方がないと割り切るしかない」

「はっ!!」

「しかし、貴軍も相当な被害を受けたな」

「はい……編成にはかなりの時間を要します。それに第二軍団の損害も相当なものかと……」

「ディガーム将軍は無事であったのが幸いだ」

「はい。魔軍も展開を始めております。展開が終わるのはほぼ同時というところでしょう」

「そうだな……あの男がシュレン様の一手を潰して五分の状態にしたか。私は自軍へ戻る」

「はっ!!」


 シオルは転移魔術を起動するとルーウィク将軍の前から姿を消した。

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