第191話 閑話 ~竜皇国に勇者が誕生した~
「おい、聞いたか? ヴェルティア様の話」
「ああ、聞いた!! 聞いた!!」
竜皇国に公式に発表されたヴェルティアの婚約に対して竜皇国の民ばかりでなく周辺国の者達も大いに歓喜に包まれた。
竜皇国や周辺国の民達は純粋にヴェルティアを祝っている。ヴェルティアの突出した美貌と天真爛漫さ、常に前向きな思考回路、思い立ったら即行動という見ていて飽きない行動は単純に民達の心を掴んでいるのは間違いない。
「いや〜まさか、皇女様がご結婚なんてなぁ〜」
「しかし、お相手は誰なんだ?」
「なんでも、平民らしいぞ」
「ほぇ〜しかし、大丈夫なのかね?」
「何が?」
「ほら、皇女様と結婚ってことは皇配になられるわけだろ。百戦錬磨のお偉方とやりあえるものかね?」
「いや……それ以前に皇女様の隣を歩めるもんかね? 皇女様ってほら……めちゃくちゃ美人だけどめちゃくちゃ考えなしに走り始めるだろ?」
その言葉を聞いた全員がこの段階では名も知らぬヴェルティアの皇配に対して、不安そうな表情を浮かべた。
ヴェルティアは人気者であるが、爆走するという特性も十分に知っているのだ。神族の国であるヴェスランカ王国をほぼ独力で屈服させたのを聞いた民達もさすがに引いてしまった。
民達にはヴェスランカ軍にヴェルティアが一人で乗り込み、シモン王と激しい一騎打ちを行った結果、シモン王が降参したいう話で伝わっていた。
しかし、この話はかなり実情とは異なっていた。
何しろ、竜皇国の重鎮達がヴェルティアに追いついた時には、既にヴェスランカの王族達はヴェルティアに土下座をしており、ヴェルティアが嬉々として『う〜ん良い汗をかきました!! さすがは神族ですねぇ〜!! さぁ!!もう一戦といこうではありませんか!! みなさんは他の種族の方々よりも頑強ですので、私もちょっとの手加減で十分なのは嬉しいものです!! さぁ行きますよ!!』とシモン王に迫っていたのだ。
シモン王は顔を青くして重鎮達に救いを求める姿は非常に哀れみを誘った。
誰だって被災したものに対して同情するというものだ。
互角の戦いではなく、ヴェルティアは圧倒的な力でシモン王を撃破したのだ。しかも、良い汗をかきましたなどと完全にレクリエーション感覚だ。
シモン王の名誉もあるのだが、ヴェルティアの婚活を考えるとシャリアスが話を削ったことを責めるのはあまりにも酷というものだろう。
「お前ら、あんまり失礼なことを言うんじゃない」
そこに一人の貴族が声をかける。貴族に嗜められたことに民達は恐縮の態度を示した。このアインゼス竜皇国においては貴族階級は確かに存在するのだが、民に対して横暴なことをするものはほとんどいない。
貴族の横暴が度を過ぎるとヴェルティアという天変地異が現れて全てを薙ぎ払っていく以上、貴族達も民達に横暴を働くようなことをしない。自分達の横暴さによって天変地異を招くなどアホの極みというものだ。
「も、申し訳ありません」
民達は貴族に謝罪する。民達もまた貴族階級を甘く見るようなことはしない。貴族をヴェルティアという災害が襲えば間違いなく自分達も被害を受けるからだ。ただ、被害を受けるのであるが、その後の貴族は間違いなく善政を敷くために結果として民衆の利益の方が大きいのだ。
「いや、お前達の不安も理解できる。ただお前達はシルヴィス
貴族の宣言に民達は一斉に興味を示した。自分達の持っていない皇配の情報を持っているなど頼もしい限りでしかない。
「といいますと……貴族様は皇女様の結婚相手のことをご存知で?」
「ああ、直接お目にかかったことはないが宰相閣下に教えていただいた」
「おお〜っ!!」
貴族の言葉に民達のボルテージは一気に上がった。宰相という国家のトップが持っている情報は自分達とは比べ物にならない。貴族も民達のボルテージが跳ね上がったことに対して満足気に頷いた。
「シルヴィス様はな。聞いた話だと皇女殿下と互角の実力をお持ちという話だ!!」
『おおっ!!』
貴族の言葉に民達の中からどよめきが起こった。民達は心のどこかでシルヴィスのことをものすごく顔が良いのか、頭が良いのだろうと思っていたのだ。
ところがヴェルティアと互角の実力を持つと言われれば、言い換えればヴェルティアの爆走を実力でも止めることができるということを意味しているのだ。
「でもよ……ヴェルティア様と互角の実力を持つ方なんて本当にいるのかね? 陛下とレティシア様くらいじゃないのか? いや、レティシア様であっても無理だよ」
「ああ、ヴェスランカの神族たちでさえ無理だったんだ。それなのにそのシルヴィス様がそんな力を持ってるのかな?」
民達の中から次々と疑問の声が上がった。それを貴族は自信ありげな表情を浮かべた。
「お前達のその感想はよくわかる!! だが、フェイゼレン山に現れた魔神を斃したのはシルヴィス様だ!!」
貴族の自信ありげな宣言であったが、民達の反応はあまり良いとは言えなかった。
「でも……魔神ですよ? 別に魔神を斃したからと言って皇女様と互角の証明にはならないんじゃないですか?」
「そうだよな……皇女様も魔神を斃しそうだよな」
民達の反応に貴族はやれやれという態度を見せる。
「全くお前達はまだ話の途中なのにな。なんとその後シルヴィス様はヴェルティア様と戦っておられるのだ。しかも決着がついていない!!」
『な、なんだってぇぇ!!』
貴族の話す次の情報に民達は一斉に驚きの声が上がった。ヴェルティアと戦って勝負なしにできるという情報は民達にとってとても信じられないというものだ。
ヴェルティアと戦って決着がつかない者が存在することなど完全に奇跡でしかない。ヴェルティアを知るもの達からすればそれがどれだけの偉業か理解してしまうものだ。
「何者かの介入により勝負なしになったという話だ。だが、これだけでシルヴィス様の実力がわかるだろう?」
『確かに!!』
「そう……そんなシルヴィス様がヴェルティア様の爆走を止めることができないか?そんなわけない!!」
『うぉぉぉぉぉぉぉ!!』
貴族の言葉に民衆達は一斉に歓声を上げる。その歓声は空気を大いに揺がした。
「いいか!! 元々ヴェルティア様の爆走を止めるという可能性を持たれているのがシルヴィス様だ!! 我々貴族がそんな偉大な方への敬意を持たないなどということがあり得るか? 答えは否だ!! そのような『勇者』を害することなど決して許されない!!」
『おおっ!!』
ひと回り大きな歓声は天地を揺るがすほどのものであった。
この貴族が発した『勇者』という単語は急速にアインゼス竜皇国に広まり、定着していった。
アインゼス竜皇国に勇者が誕生したことを当の本人はまだ知らなかった。
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