第181話 神魔大戦前夜②

 魔族と神族との戦いは両陣営とも小さな小競り合いを行う程度であった。


 開戦から一ヶ月は奴隷兵士リュグールが百体単位で魔族の領域フェインバイスへと現れてそれを魔族が撃退するという流れである。


 魔族の領域フェインバイスに張り巡らされた転移陣により、魔族の村々は即座に援軍を求めることができ、かつ避難もできるようになっていた。

 村に住む魔族達は兵士ではない。だが、全く無力というわけでもないので、援軍が来るまで耐えることは可能であるし、女子供が避難するだけの時間を稼ぐことは可能であった。


 送り込まれているのが奴隷兵士リュグール達であることが魔族の損害をかなり抑えているのは事実であった。

 また、シルヴィス達も奴隷兵士リュグールの討伐に対して参加し始めたことで問題なく対応しているという状況なのだ。


「しかし、天界の意図はなんでしょうね?」

「そうだな……普通に考えれば何かを探っていると考えるのが普通だな」

「ふ……まさかシルヴィスともあろうものがそのような認識とは……」


 シルヴィスの返答にヴェルティアはやれやれという様子で返答した。


「はぁ? じゃあ、お前の認識とやらを言ってみろよ」

「わかりません!!」


 ヴェルティアは何故か得意気に即答した。あまりにも早く返答したので、最初から答えを用意していたとしか考えられないものである。


「いいですか!? 現段階で天界が何を……いひゃい!! ひょっとひるびひゅ!!やめひぇきゅださ〜い!!」

「やかましい!! わかってないのになんでお前は上から目線なんだよ!!」

「ひょ、ひょれはこうひょだからでひゅ」


 ヴェルティアの言葉が何やらおかしいことになっているのはシルヴィスがヴェルティアの両頬をムニっと摘んでいるからである。

 二人は現在、ある村に現れた奴隷兵士リュグールを討伐しに来ているのである。


 二人がここまで余裕のやり取りをしているのは、ディアーネとユリが護衛についていることとシルヴィスの作成した人形が奴隷兵士リュグールと戦っているからである。


「お二人とも……ここにいるのはお二人だけではないんですよ?」

「そうだよ。私達もこの空間にいるんだぞ?」


 ディアーネとユリがニヤニヤとしながら苦言をいう。最近はからかわれる事も増えているのだが、それ以上に二人の仲が進展しているため、二人ともからかわれる事前提でやり取りをしている節すらあるくらいである。


「いや〜怒られましたねぇ〜」


 ヴェルティアはいつもの様子で返答するのだが、少しだけ頬が赤くなっているのはシルヴィスを意識している証拠であろう。


(やはり私はどこかおかしいですね……シルヴィスに頬を摘まれても……その……全然嫌じゃないんですよ。それにいつの間にかシルヴィスと自然に目があう・・・・・・・ことが最近増えてきました……ひょっとしてシルヴィスも私を見ているという事なんでしょうか? もし……そうなら……嬉しいですね)


「……って、私はこんな時に何を考えてるんですか!!」


 ヴェルティアはそこまで考えて突然大声で否定した。突然に発せられた大声にシルヴィス達は事情がわからないために呆気に取られた。


「ヴェルティア?」

「な、なんでもありません!! そう!! なんでもないんです!!」


 ヴェルティアは慌ててシルヴィスに返答した。その様子にディアーネとユリはさらにニヤニヤとした表情を浮かべており、まさに計画は順調に進行中という様子であった。


(もうそろそろだよな?)

(ええ、レティシア様達は本当に良い時に来てくれたし、もう時間の問題よね)

(ああ、もうこっちが恥ずかしくなるから早いところくっついて欲しいよな)

「焦らなくても大丈夫よ。もう時間の問題なんだから」

「おい、声に出てるぞ」

「おっと……私としたことが」


 ディアーネはつい声が出たというように装っているが、間違いなく意図的なものである。その証拠にディアーネとユリは楽しそうに笑っていたからである。


「随分と舐めてくれるな。下等生物ども」


 そこに一人の男がシルヴィス達に挑戦的な声が投げかけられた。


 声の主にシルヴィス達の視線が向くと男は嫌味な表情を浮かべている。


「ほう……会話できる奴隷兵士リュグールもいるのか」


 シルヴィスの奴隷兵士リュグールという単語に男の眉が急角度で跳ね上がった。どうやら奴隷兵士リュグールと間違われたことが限りなく不快であったのだろう。


「ふん……やはり下等生物では神族と奴隷兵士リュグールの区別もつかんか」


 男の嫌味な返答に食いついたのはヴェルティアであった。


「ふふん、甘いですねぇ〜奴隷兵士リュグールは神族の姿を模して作られているのでしょう? それなら姿形で見分けがつかないのも当然というものなのです!! そのことを失念するとは……あなたはかなりのうっかりさんですねぇ〜でも大丈夫です!! 神であっても失敗を糧に努力すればいつか必ず成長できます!!」

「……」


 ヴェルティアの煽りに男は沈黙している。ただし声を出さないだけで表情は見る見る赤くなっている。ヴェルティアの煽りが功を奏したのは間違いない。


「きさ……」


 男が声を発した瞬間にシルヴィスが動く。


 シルヴィスと男の間の距離は二十メートル程の距離だ。さすがにこの距離は紋様を顕現させていないシルヴィスにとって間合いの外ではあった。

 しかし、男はヴェルティアの煽りにシルヴィスの存在を意識から外してしまったのだ。加えてシルヴィスは気配を極限まで殺していたため男はシルヴィスが自分の間合いに入ったことに気づいた時には、移動途中で空間から取り出した虎の爪カランシャが喉元に迫っていたのである。


 シュパァ!!


 シルヴィスの虎の爪カランシャの一閃が男の首を斬り飛ばした。


 男の体はゆっくりと倒れ込まない。逆に首のない状態でシルヴィスへ後ろ回し蹴りを放ってきたのだ。


 ドガァ!!


 男の後ろ回し蹴りをシルヴィスは両腕を交差して受け止めたシルヴィスはそのまま虎の爪カランシャで足を切断した。男はバランスを壊しその場に倒れ込んだ。


「ククク……残念だったな」


 男の首が一瞬で繋がり、切り飛ばされた足も再生すると男は何事もなく立ち上がった。相変わらずその表情は嫌味たっぷりである。


「自己紹介がまだだったな。私の名は……」


 男が嫌みたらしく自己紹介をしようとした時、いつの間にか男の間合いに飛び込んだヴェルティアの拳がまともに男の顔面に入ると男は錐揉み状に吹っ飛んだ。


「やっぱりうっかりさんですねぇ〜」


 ヴェルティアの容赦のない感想が響いた。


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