第170話 来訪者⑤

「お姉様とお義兄にい様の仲がここまで進んでいたとは思っても見ませんでした!!」

「はい!! これで竜皇国も安泰です!!」

「ええ、本当にそうね!!」


 レティシアとヴィリスが楽しそうに語らっているのをシルヴィスとヴェルティアは真っ赤になって聞いていた。

 二人とすればレティシア達があと数分遅れてきてたら確実に二人の関係が変わっていたのは間違いないのだが、その機会が今は過ぎ去ったことをも理解していた。


「あ、あのですね。レティシア……ちょっと聞いてください」

「あ、そうでした!! 自己紹介がまだでした!! お義兄様!! 私はレティシア=アリル=アインゼスと申します。お姉様の妹で将来の義理の妹です!!」

「私はヴィリス=アーマイスと申します。レティシア様の専属侍女です!!」


 レティシアとヴィリスがヴェルティアの言葉を無視したのは別に悪意があってのことではない。二人とも妙にテンションが上がっており、ヴェルティアの言葉が耳に入らなかったのだ。


「シーラ、あなた達もご挨拶を!!」


 興奮が一向に冷めないレティシアは四人の剣士達に自己紹介を促した。


「初めましてシルヴィス様、私はシーラ=ラルスンと申します!!」


 シーラと名乗った剣士は白皙の肌に金色の髪、そして尖った耳の美女である。その身体的特徴から彼女がエルフであることわかる。


「サーシャ=ラルスンです。今後ともよろしくお願いします!!」


 次いで名乗ったサーシャもエルフであった。シーラと姓が同じであることから姉妹かもしれない。


「カイ=ラルスンです」

「レイ=ラルスンです」


 そして最後にカイとレイの少年二人が名乗る。カイは短く刈り込んだ髪型がとても活発そうな印象を与える美少年だ。レイは少し伸ばした髪をオールバックにまとめ理知的な印象を与える美少年であった。


「ラルスンということは皆さんは家族?」

「はい。我らラルスン家はレティシア様に仕えております」


 シルヴィスの問いかけにシーラが恭しく一礼して答えた。


「レティシア皇女殿下に独自に仕えているというわけですね」

「はい。我らラルスン家はレティシア様に助けていただいたご恩が縁で仕えております」

「なるほどよくわかりました。私はシルヴィスと言います。姓はありません」

「それではシルヴィス様とお呼びさせていただきます」


 シーラはまたしても恭しく答える。


(う〜ん……姓がないということは身分的に平民ですと暗に伝えたつもりだったが、俺の位置付けって少なくとも……準皇族という感じになってる気がする。やっぱり……ヴェルティアの結婚相手とみなされてるのは本気ということか?)


 シルヴィスはシーラの態度から自分の立場がヴェルティアの皇配候補になっていることを思い知らされた。ディアーネとユリの言葉から薄々感じてはいたが、それらはあくまでディアーネ達の意思であり、竜皇国の意思決定に関与するとは思っていなかったのである。


「シルヴィス様!! ヴェルティア様をよろしくお願いいたします!!」

「ああ、男として心から応援いたします!!」


 カイとレイが力強く言う。その視線はヴェルティアという皇女の心を射止めたことに対する羨望というよりも、勇者を見るものであるようにシルヴィスには思われた。


「あ、あの……カイさん、レイさん、誤解があるようなのですが」

「シルヴィス様、なんと謙虚な……聞いたかレイ、これが王者の器というものだ」

「ああ、俺たちも見習わねば!! シルヴィス様!! 俺達に敬称は不要です!! レイとお呼びください!!」

「あ、ずるいぞ!! シルヴィス様!! 俺もカイとお呼びください!!」

「え、あの……ちょっと」

「二人ともシルヴィス様に対して不敬でしょう!!」


 カイとレイをシーラが嗜めた。カイとレイはシーラの言葉にビシッと直立不動の体勢をとった。


「そうですよ。二人とも我らの不躾はレティシア様の恥になることを忘れてはいけません」


 サーシャも二人に対して苦言を言うと二人はさらに小さくなった。


「まったく……シルヴィス様、達の教育が行き届きませんで……誠に申し訳ございません」

「子? サーシャさんは二人の母親なのですか?」


 シルヴィスの問いかけにサーシャはニッコリと笑って頷いた。


「サーシャは私の娘、カイとレイは私の孫でございます」

「え?」

「まぁ我々エルフは長命種ですのでこうもなりますね」

「な、なるほど……それもそうですね」


 シーラはクスリと笑うとシルヴィスは曖昧な返答しかできなかった。シーラの言った通りエルフという長命種ならば孫がいる年齢であっても見かけは二十代にしか見えないのは不思議な事ではない。

 シルヴィスも知識としては知っていたが実際に体験するのとではやはり異なるというものだ。


「ところでお姉様、ディアーネとユリは?」


 そこにレティシアが不思議そうに尋ねた。レティシアにとって二人の不在は珍しい事なのだろう。


「レンヤさん達を鍛えているところです」

「レンヤさん?」

「ああ、レンヤさんたちはシルヴィス同様に異世界から召喚された方々です。今後の戦いで生き残れるようにディアーネとユリが鍛えているんですよ」

「なるほど、あの二人に鍛えられれば実力アップは間違いないですよね。ということはお姉様とお義兄様はここまで婚前旅行に来られたと言うわけですね!!」


 レティシアの言葉にシルヴィスとヴェルティアは否定の言葉を告げようとしたところ、レティシアは壁に突き刺さっている斬魔エキュラスの下っ端を見て不快気な表情を浮かべた。


「それでこいつらは?」

「この人達は斬魔エキュラスという私たちが捕らえようとした元冒険者の部下なんです」

「元冒険者……つまり犯罪者となった者達ですね。なるほどよくわかりました。その斬魔エキュラスという連中は私たちが始末しましょう!!」

「え?」

「大丈夫です!! 私だけであればお姉様も不安でしょうけど、私にはヴィリスだけでなく四卿ゼイオンもついていますから大丈夫です!! ヴィリス!!」

「はっ!!」


 レティシアの命令にヴィリスは簡潔に答えると床にめり込んでいる男の体に触れる。


「終わりました」

「よし!!行くわよ!!」


 ヴィリスの返答にレティシアは返答と同時に駆け出すとそのまま窓から飛び降りる。ヴィリス、シーラ達も続いて窓から飛び出していった。


 シルヴィスはあまりの展開に二の句が告げないという表情である。


「あ!! シルヴィス!! 追いますよ!!」

「ああ、確かに……斬魔エキュラスが心配だ」


 ヴェルティアの言葉に我に帰ったシルヴィスもつい斬魔エキュラスの命の心配をしてしまう。

 オリハルコンクラスの冒険者の実力はそれなりに高いのだろうが、それでもシルヴィスはレティシア達に抵抗ができるとはとても思えないのだ。


「あ、あんたら……大丈夫だったのか。よかった」


 そこに宿屋の主人がひどい怪我したまま部屋にきた。どうやらこの男達を止めようとして暴行を受けたらしい。


「すみません。話は後でしますから、まずは行かせてください」

「あ、ああ」

「これ、修繕費です」


 シルヴィスは懐から白金貨三枚を取り出すと机の上に置いた。


 そしてそのまま窓から飛び出していった。


「あ、おい!!」


 主人があまりのことに慌てて窓の外を見ると二人が遠くを駆けているのが見えた。


「あいつら……一体何者なんだ?」


 主人の疑問に答えるものはいなかった。

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