第171話 来訪者⑥

「おい……もう始まってないか?」


 シルヴィスとヴェルティアがレティシア達を追って森の中に入ってすぐにレティシアと思われる凄まじい魔力の高まりを感じた。


「あ〜始まってますね。う〜ん、我が妹ながらここまで喧嘩っ早いと心配になります」

「あの子って見た感じは清楚なお嬢様という感じなんだけどな。やっぱりお前の妹だわ」

「確かに見た目は清楚ですし、慎み深い性格をしてるんですけど、思い込んだら一直線なんですよねぇ〜」

「根本は一緒だな」


 シルヴィスの呟きは幸いヴェルティアの耳には届かなかったようであった。


(しかし、あの子……ヴェルティアとほぼ互角の実力を持ってるのは間違いないな。ヴィリスという子も相当な腕前だ。シーラさん達もだし……竜皇国って化け物しかいないんじゃないか?)


 シルヴィスは竜皇国の層の厚さを思うとブルリと身を震わせた。何となくだが逃れられないという考えが頭に浮かんだのだ。


(まぁ、本気で嫌ってわけじゃないんだよな……)


 しかしシルヴィスはすぐに嫌ではないという結論に至る。何だかんだ言ってヴェルティア達と一緒にいるのは楽しいし、嫌だと言えば無理に引き留めるようなことはしないと思っているのだ。


 そんなやりとりをしているところで森の中からもわかるくらい数本の光の柱が立ち上るのが見えた。


「……おい、ヴェルティア」

「何ですか?」

「なんだ? あの魔術は?」

「結界だと思いますよ。斬魔エキュラスを逃すまいとする我が妹の粋な計らいでしょうねぇ」

「だよな……?」

「ええ、レティシアには斬魔エキュラスを捕らえるつもりと伝えてましたから大丈夫だと思いますよ」

「勢い余って皆殺しにしてないよな?」

「……ダイジョウブデスヨ」

「急ごう」

「はい!!」


 シルヴィスとヴェルティアは速度を一気に上げると斬魔エキュラスのアジトへと到着する。より正確に言えばレティシア達の気配を追ってきたらアジトを見つけてしまったというのが正しいだろう。


 シルヴィス達の予想通り既にレティシア一行と斬魔エキュラスとの戦いは始まっていた。というよりもほぼ終わりかけており、斬魔エキュラスの下っ端達は結果に阻まれ逃げ出すことができないことで絶望の表情を浮かべている。


「なんか……哀れだな」

「そうですねぇ……ちょっと同情してしまいます」


 シーラ達は鞘のついたまま剣で下っ端達を容赦なく殴りつけている。殴られた下っ端達は数メートルの距離を飛んで地面に落ちるという光景が至る所で展開されていた。


「元オリハルコンはどこだ?」

「あれじゃないですか?レティシアと戦ってますよ」


 ヴェルティアが指差した先には、レティシアが五人の男と戦っていた。


「あれ……戦ってると称していいのか? 追い回されてるようにしか見えないんだが……」


 シルヴィスがそう称したくなるのも無理はなかった。


 レティシアの武器は刃渡り五十センチほどの片刃の剣の柄頭に鎖が取り付けられており、レティシアは鎖を放ち続け斬魔エキュラスを追い回している。


「ああ、でも手加減はきちんとしているみたいだな」

「そうですねぇ〜レティシアが本気で放てばあんなものじゃありませんからね」

「しかしお前の妹さんは凄まじい技量だな」

「そうでしょう!! レティシアの鎖術は本当にすごいんですよ!!」


 ヴェルティアは嬉しそうにレティシアの自慢を始めた。これだけでヴェルティアにとってレティシアは自慢の妹と思っているのがわかるというものだ。


「あっ捕まえたみたいだぞ」


 シルヴィスの言葉通り、レティシアの鎖に斬魔エキュラスの一人が捕らえられていた。


「く……離せ!!」


 捕らえられた男の抗議の声は当然の如く無視されるとレティシアの元へ引っ張られた。


「てぇい!!」


 レティシアの膝蹴りが男の胸にまともに入ると男の体は軌道を変えてレティシアの頭を飛び越えると地面に落ちた。当然、受け身などできる状況ではない。


 地面に落ちた男の元へトコトコとヴィリスが近づくと手にした錫杖で男の体に触れると男の体が光に包まれた。


「上手いな。命を繋ぎ止める程度で治癒を止めた」

「ヴィリスの治癒の腕前は竜皇国でも有名ですからね」

「ヴィリスは治癒術師なのか?」

「いえ。魔術全般得意で、治癒術もその中の一分野にすぎないです」

「なるほどな……あっまた捕まえたぞ」


 シルヴィスの言葉通り、また一人の男がレティシアの鎖に捉えられると高速で引っ張られた。今度はレティシアは容赦なく殴りつけると男は地面に叩きつけられた。


「ヒィ……」

「な、何なんだよテメェらは!!」


 まだ捕まっていない男達がレティシアへ向かって恐怖のこもった声で問いかけた。


(気持ちはわかる。理不尽だよな。こんな強いやつと戦うなんて想定してなかったよな)


 シルヴィスは斬魔エキュラスへ向かって心の中で同情の声をかける。


 シルヴィスは同情していたが、レティシア達が来ていなければレティシア達の立ち位置にシルヴィス達が変わるだけであり、どっちみち斬魔エキュラスに未来などないのである。


「ふふん、お姉様とお義兄様の逢瀬を邪魔した報いを受けなさい!! せっかくの好機を邪魔した以上、竜皇国の怒りをあなた方は受けなければならないのです!!」


 レティシアの言葉に男達は当然だが困惑しているようである。男達はレティシアのいうお姉様、お義兄様の逢瀬など知らないし、邪魔した覚えもない。さらに言えば竜皇国なども知らないのである。

 レティシアの言い分はもはや難癖を遥かに超えた理不尽な天変地異と同義であった。

 ただちなみに好機を邪魔したのはレティシア達であり、むしろ斬魔エキュラスの下っ端達は好機を作った側なのだが、誰もそれを指摘することはできないのが斬魔エキュラスにとって不幸以外の何者でもない。


「さぁ!! 報いを受けなさい!!」


 レティシアの理不尽な宣言に斬魔エキュラスの顔が絶望に染まり、それから十分ほどで斬魔エキュラスのアジトは陥落した。

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