第165話 閑話 ~ヴォルゼイスの後悔と決断~

「ミラスゼントが……残念なことだ」


 ヴォルゼイスは悲痛な顔で報告をする天使に静かな声でそう返答する。


 エルガルド帝国の帝都を攻めたミラスゼントが討ち取られたという報告はヴォルゼイスにとって寝耳に水といったところであるが、それでも動揺のそぶりは一切見せない。


「ご苦労……下がって良い」

「はっ!!」


 ヴォルゼイスの言葉に天使は素直に従うと退出していった。


「ディアンリアは今頃悔しがっておろうな」


 ヴォルゼイスは苦笑混じりに呟く。ディアンリアの今回の行動はヴォルゼイスの命令を逸脱した行為であるが、そこに腹立たしさを感じた様子はない。


「しかし……シルヴィスは常に私の想定を上回る行動をしてくれるな」


 ヴォルゼイスの声はどこかしら清々しい感情が含まれている。今回、ヴォルゼイスが打った手は三つであったが、結果としてヴォルゼイスの想定していた事態とは明らかに異なるモノとなっていた。


 ヴォルゼイスの想定では絶対的なカリスマを持つ魔王ルキナと王太子キラトの死により、指導者を失った魔族の領域フェインバイスでは群雄割拠となり、復讐に燃えるエルガルド帝国と全面戦争に突入するはずであった。


 しかし、シルヴィス達がキラト暗殺を防いだことで、魔族の領域フェインバイスは新たな魔王のもと一致団結の姿勢を崩すことはなかった。


 また復讐に燃えるはずのエルガルド帝国もシルヴィスにより、異世界の救世主を取り上げられたことで身動きが取れなくなってしまった。


 そこに今回のディアンリアの先走りにより、エルガルド帝国は完全に神の庇護から離れ、魔族に縋るようになってしまった。


「シオルガルクとしては複雑だろうな。いや……単純に喜んでるかな」


 ヴォルゼイスは親友の心境を考えるとついつい愉快な感情が浮かんでしまう。左腕を失うほどの激闘であったが、得たものはそれ以上という感じでシオルガルクは楽しそうに修練を積んでいる。


「もはや、あいつの最後・・の望みはキラトとの勝負のみか……」


 ヴォルゼイスは自分の声に羨望の感情が含まれている事を自覚している。あり方がシンプルなシオルの生き方は、ヴォルゼイスにとって限りなく眩く見える。


 それは色々としがらみを持っているヴォルゼイスの求めるものであるのかもしれない。


「思えば……命を燃やしていた者達は輝いて見えたな。人間の寿命は短い、だが短いからこそ輝くのだろうな。正直……羨ましいものだ」


 ヴォルゼイスはかつて見守っていた者達を思い出すと愛おしくなってくる。


「限りある命だからこそ……人は輝くことができる。短いからこそ必死に生きる……あの者達には悪いことをしたな……輝くための活力を奪ってしまったのだからな」


 ヴォルゼイスはかつての未熟で傲慢な自分を殴りつけたくなる。永遠の寿命と不老を与えれば幸せを与える・・・ことになるという自分の独りよがりの行動が、彼らを逆に自暴自棄にさせ殺し合いという命を燃やす行動へと駆り立ててしまったのだ。


 限りある命を輝かせるために使うという知的生命体の特権を奪ってしまったのはヴォルゼイスにとって苦い経験でしかない。


「私は……永遠の寿命と強大な力を持っている。それゆえに……人間や魔族よりも生物として劣っているな」


 ヴォルゼイスの自嘲気味な声が漏れる。永遠の寿命と強大な力ゆえに彼は輝くことができないと言うことを知っていた。それは他者がいかに自分を称え、崇めようとも違うと言うことを知っているのだ。


「シュレンには私のようにはなってほしくないものだ」


 次に発せられた声は紛れもなく子を心配する親のものであった。


「ふ……私も老いたものだな」


 ヴォルゼイスは自分の老いを実感していた。彼の言う老いとは肉体的なものではない。永遠の寿命をもつ彼の肉体は老いることは決してない。無論知性もそうだ。彼の言う老いとは魂であった。


「シルヴィス……私の命に輝きを与えてくれよ」


 ヴォルゼイスは表情を引き締めると立ち上がった。


「ディアンリア」


 ヴォルゼイスがディアンリアを呼ぶと一拍遅れて現れた。


「はっ!! お呼びでございますか」


 ディアンリアの声はいつもよりも固い。エルガルド帝国への攻撃の失敗を咎められると身を固くしているのだ。


「ミラスゼントが敗れた。知っておるだろう?」

「はっ!! 申し訳ございません!! この上は……」

「よい。謝罪には及ばぬ」

「え?」

「謝罪には及ばぬと言っているのだ」

「し、しかし……私はヴォルゼイス様に伝えもせず……」

「ディアンリア、私は良いと言ったのだぞ?」


 ヴォルゼイスの言葉にディアンリアはビクリと体を震わせた。肉体が魂がヴォルゼイスの言葉に震え出す。


「も、申し訳ございません」

「ディアンリアよ。私は魔族を滅ぼすことに決めた」

「……」

「ここまで天界の威光が傷つけられれば黙っておるわけにはいかぬ」

「はっ!!」

全軍・・をあげて魔族を討つ。編成、準備を行え」

「はっ!!」

「総司令は我が息子シュレン、副将はシオルガルクとせよ」

「は……」


 ヴォルゼイスの指示にディアンリアの言葉は歯切れが悪い。よりにもよって名を挙げられた二柱は自分と最も相容れない者達だからだ。魔族の滅亡という空前の功績をよりにもよってこの二柱がという思いなのだ。


「ディアンリア、お前はこれより私の側にあれ」

「は、ははぁ!!」


 次いで発せられたヴォルゼイスの言葉にディアンリアは先程までの不快さは消し飛んでしまう。自分がヴォルゼイスの側から離れなくて良いという言葉はディアンリアに大きな愉悦を与えたのだ。


「ディアンリア、良いか。この戦いには天界の命運がかかっておる。その事を忘れるな」

「ぎょ、御意!!」

「それでは準備に取りかかれ」

「はっ!!」


 ディアンリアは興奮に震える声で答えると姿を消した。


「これで良い……さぁシルヴィスお前ならば……私の予想通りに動いてくれるだろう」


 ヴォルゼイスは間違いなく弾んでいた。

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