第164話 閑話 ~もう一人の皇女~

「う〜ん、どうしても間に合いませんね」


 皇城に設けられた一室で、おさげをイジりながらレティシアは困っていた。


「レティシア様、あまり棍を詰めすぎるとお体に触ります」


 レティシアに専属侍女のヴィリスが心配そうに声をかける。ヴィリスはレティシアと同年齢の十六歳、黒髪をポニーテールにまとめた美少女だ。


「ありがとう。ヴィリス」

「ヴェルティア様はどれくらいでお戻りになられるとお考えですか?」


 ヴィリスの問いかけにレティシアはおさげをいじりながら思案に耽る。レティシアが考え事をしている時のクセなのだ。


「……そうですね。やはり早ければ三ヶ月、遅ければ四ヶ月というところではないですかね」

「相手は異世界の神と聞いていますけど……やはり半年は?」

「もたないと私は見ています」

「相手が弱いというわけでは決してないのでしょうけど……ヴェスランカ王国でさえ三ヶ月でした」

「そうね……流石にお父様も同情してたわ……」


 レティシアの表情には明らかに同情したものであった。


 ヴェスランカ王国とは神族が支配者の国であった。現在は竜皇国の配下となっているが、その過程には想像通りヴェルティアが大いに関わっていた。というよりも全てである。


 ヴェスランカ王国のシモン王がアインゼス竜皇国に侵略してきたのだ。竜皇国という強国に侵攻してくるのだからヴェスランカ王国もまた強国であるのは当然である。

 シモン王も凄まじい実力の持ち主であると知られ、周辺国を次々と飲み込み、ついにアインゼス竜皇国へ侵攻してきたのである。


 このヴェスランカ王国の侵攻にアインゼス竜皇国は戦慄した。


「みなさん!! 私が侵略を止めるように交渉してきます!! 任せてください!! お父様!! いいですか? いいですよね!! それでは行ってきます!!」


 止める間も無くヴェルティアが駆け出していき、を使うという交渉術でそのままヴェスランカ王国を屈服させてしまったのだ。


「もう本当に許してください」と言って平身低頭するシモン王以下、ヴェスランカ王国の重鎮達に竜帝シャリアス達も流石に気の毒になったほどであった。


「いや〜時として拳で語るというのもありですねぇ〜」としみじみと語るヴェルティアに竜皇国の重鎮達は『誰かこの皇女様を止めて』と心を一つにしたものだ。


 ちなみにアインゼス竜皇国の重鎮達が戦慄したのは『え? うちに手を出すなんて正気か? ヴェルティア様だけじゃなく陛下もレティシア様もいるんだぞ?』と正気を疑ったからである。


 ヴェルティアという絶対的な強者の存在を思い知らされたヴェスランカ王国の神族達は今ではすっかりおとなしくなってしまっている。

 だからと言って神族達を竜皇国の面々は蔑んだりはしない。むしろ暖かい交流を持ちかけたことにより、自分達の行いを恥じて心を入れ替えたのである。


 竜皇国側とすれば天災に被災した者達を支援したという感じなのだが、ヴェスランカ王国側は寛大な対応をしてもらったという認識のズレがうまく行ってしまったのだ。


 神族の支配する国を単身屈服させたヴェルティアの名声はもはや天井知らずで上がっていくが、反対に結婚は地面知らずに落下していったのは皮肉と言えるだろう。


「シルヴィス様という方はヴェルティア様と互角の実力を有しているという話ですが、そんな方がどうして無名だったのでしょう?」


 ヴィリスは首を傾げながら疑問を口にする。ヴェルティアと互角の実力を有するというのなら世に知れた大英雄として名を轟かせても不思議ではない。というよりも轟かない方が不思議なほどだ。


「……そうね。多分だけどお義兄・・・様はあんまり富や名声に興味がないのよ。当然、権力にもね」

「厄介ですね……」

「そうね。お義兄様が富や名声、権力に興味があればどれほど楽か」


 レティシアはため息まじりに言う。


 シルヴィスがわかりやすい男ならヴェルティアと結婚すれば富、名声、権力が手に入るのだ。だが、まったくそのようなものに興味がないのは強大すぎる実力に反して無名なことでもわかる。いや、知られているのだろうが実力に見合ってないのだ。


「富や名声に興味がないのなら……お二方の新居ではシルヴィス様を引き留めることはできないかもしれませんね」

「そうかもしれないわね。でも、竜皇国が本気でお義兄様の存在に期待していることを……」

「レティシア様?」


 ヴィリスが突如思案に入ったレティシアを心配そうに見つめた。


「そうだわ……何も竜皇国の本気を示すのは新居だけではないわ」

「え?」

「ねぇ、ヴィリス……私はこのアインゼス竜皇国の皇女よね?」

「もちろんでございます」


 レティシアの問いかけにヴィリスは大いに戸惑う。当たり前のことすぎてヴィリスとすれば戸惑うしかない。


「そうよね……そしてお姉様の妹よね?」

「当然でございます」

「そんな私がお兄様に直々にお姉さまをよろしくお願いしますと挨拶・・したら竜皇国の本気度が伝わるのではないかしら?」

「そ、それはそうでしょうが……まさか!?」


 ヴィリスは一つの考えに思い至るとチラリとレティシアの顔を見る。


「そのまさかよ」

「はぁ……レティシア様もヴェルティア様と根本は一緒ですよね」

「何言ってるの? 私はお姉様と違って単身で乗り込んだりしないわよ」

「私は表面上のこと言ってるわけじゃないですよ。行動原理について言ってるんです」

「さて!! 護衛としてヴィリスにはついてきてもらうとして……後は四卿ゼイオンについてきてもらうとしましょう!!」

「異世界の神様達が不憫です……」

「竜皇国の未来のためよ」

「……はい」


 ヴィリスの返答は快諾とはほど遠いものである。


 このレティシアの行動が竜皇国に新たな展開を呼ぶことになるのだが、この時そのことに思い至ることは誰にもできなかった。

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