第163話 動乱後始末⑤

「みんな、ご苦労だったな」


 戻ってきたムルバイズ一行にキラトがにこやかに声をかけた。ムルバイズ一行は恭しく礼をしてキラトのねぎらいの言葉を受ける。


「ムルバイズ、それで首尾は?」

「はっ、結論から言えば2を奪われました」

「ほう、ムルバイズから2をもぎ取ったか。それで2の内容は?」


 キラトは感心したかのように尋ねた。もはやエルガルド帝国の現状を考えれば孤立無援の状況であり、時間が経てば経つほど滑り落ちていくのは間違いない。そのような状況にあってムルバイズからなんとか譲歩を勝ち取ったという状況にキラトとすれば興味を持つというものだ。


「キラト陛下がエルガルド帝国と手を組んだ旨を宣言する事です」

「それだけか?」

「はい」


 ムルバイズの返答にキラトはニヤリと笑う。


「それで2とは……随分と大きな2だな。まぁ良いだろう。ところでその2をタダでくれてやったわけではあるまい? どのような条件を付けた?」

「十日以内に帝都からディアンリア教団の徹底的な排除」

「ふ、それで代償が宣言のみか」

「はい」


 ムルバイズの返答にキラトは口角が自然と上がった。ムルバイズの報告からいえば魔族側は何一つ具体的な義務を定めていないのだ。キラトの宣言を得るためだけに十日以内で最大規模のディアンリア教団を排除など相当な無理をエルガルド帝国に強いる事になる。


「それを飲ませたか……中々容赦ないことをしたな」


 キラトがジュリナへ視線を移すと肩をすくめていう。


「ええ、お爺さまったら本当にえげつないです。完全に希望を断つのではなく少しばかり生き残りの希望を与えることでエルガルド帝国を懐柔しようなんて私には出来ないことです。摂政のラフィーヌさんに同情してしまいましたよ」

「そうかのう?あの娘は中々強かじゃよ。神の情報を差し出してきて儂から譲歩をもぎ取ったのじゃからのう」

「あれで譲歩したの? どう考えても情けをかけてあげた風にしか見えなかったわよ」


 ジュリナの言葉に他の随行員達も頷いた。


「ん?ちょっと待て、神の情報を差し出すとはどういうことだ?」


 ムルバイズのいう『神の情報』という情報に対してキラトが訪ねてきた。


「エルガルドの摂政がまず提示してきたんです。自分たちが持っている神の情報をこちらに提示すると」

「ほう」

「しかし、今の段階では役立つ情報かどうか判断はできぬよ」


 キラトへの返答はムルバイズは肩をすくめたものであるが、その行為は小事ととらえているという印象でしかない。


「正確に言えば神の情報で有益なものがあるかどうかは今後の調査でないといけないというわけか……」


 キラトの言葉にしてムルバイズはニヤリと笑う。


「そう。あの娘さんは普通に提示できるもの金、権益、土地などではこちらを動かすことが叶わないと思った故にこちら・・・に宝を探すなら探させようというわけじゃよ」

「なるほどね。それだけの機転があるのなら始末は急がなくて良い・・・・・・・と判断したわけか」

「息を吹き返した時にこちらに牙を剥く可能性は十分にありますがな」

「その時は消えて貰えば良い」


 キラトの即答にムルバイズはニッコリと頷いた。キラトにとって守るべきは自国の民でありエルガルド帝国の民は対象外だ。魔族を利用するつもりならばすれば良い。だが、魔族を傷つけるような事をすれば一切の容赦はない。それこそ、人間という種族が絶滅するまでやるつもりであった。


「その娘が我らを御せるなどと勘違いした行動を起こせば一切の慈悲などかけずにエルガルドを踏みにじる。これは油断だと思うか?」


 キラトの言葉に全員が首を横に振る。現時点でエルガルド帝国が魔族を裏切る可能性は皆無だ。生き残るためには魔族の庇護下にあるしかない。その魔族の怒りを買うような真似をするとはキラト達にはとても思えない。


「神に我らが勝利した時にその娘がどう出るか……その選択次第で決まるな」


 キラトの言葉に全員が一礼した。


「ところでシルヴィスさん達はどこにいるんです?」


 リューべがキラトに尋ねる。


ネズミ・・・捕りだよ」

「ネズミですか?」

「ああ、エルガルド産のネズミでな」

「あ、そういう事ですか。でも退治ではなく捕りということは役に立つんですか?」

「さぁ、あの三人の特訓にディアーネさんとユリさんが付きっきりになったからヴェルティアさんが退屈してしまってな。何しでかすかわからんからネズミ捕りをするとシルヴィスは言ってたぞ」

「かわいそうに……」


 かつてむくろという傭兵崩れの野盗をシルヴィスは使役しており、散々な扱いを受けていたのを知っているリューべとすればネズミに対し同情的な気分になるというものだ。


「まぁ、その辺のところは諦めてもらうしかないな。ヴェルティアさんが退屈して軍事演習をやりたいと言い始めたら、心折れて退役するものが続出となる可能性があるとは思えんか?」

「絶対にやめてほしいですね」

「だろう? シルヴィスもそれをわかってるからネズミ捕りにヴェルティアさんを連れて行ったんだよ」

「シルヴィスさん……本当にありがとうございます」


 リューべの心からの謝辞にキラトは大袈裟なと笑うようなことはしない。ヴェルティアの爆走についていくことのできる人材は限られている。リューべやスティルクラスであれば短時間ならついていくことも可能だろうが、長時間は不可能である。


「シルヴィスさんを逃したくないという竜皇国の意向も理解できますね」

「ああ」


 キラトの声は楽しさ半分、気苦労半分という感じだ。キラト個人とすればあの二人にどこまでも楽しく付き合えるのだが、魔王という立場では後始末に追われる状況がありありとわかるために手放しで楽しめないのである。


「しかし、あの二人が結婚したら子供はどっちに似るのでしょうね?」

「どっちに似てもとんでもない事になりそうだな」

「まったくです」


 リューべの返答にキラトは笑う。


「さて、とりあえず……摂政殿の手腕を見せてもらうとするか」


 キラトはそう言うと全員がまたも一礼した。




 十日後……


 キラトは人族に対してエルガルド帝国と手を組んだという宣言を行った。


 かつての人族の盟主であるエルガルド帝国が魔族と手を組んだことは人族の間に大きな論争を引き起こす事になった。


 エルガルド帝国の動乱は、神の名の下に一枚岩であった人族の間に大きなヒビを入れる結果になった。


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