第166話 来訪者①

「いいか!! 絶対に殺すなよ!!」


 シルヴィスの言葉にヴェルティアはやれやれというジェスチャーを取るとニパッとした笑顔を浮かべた。


「ふふ、安心無用です!! シルヴィス、このヴェルティアの手にかかれば逃すなんてことは絶対にありません!!」

「おい、安心無用ってなんだよ!! 初めて聞いたぞそんな言葉!!安心できない宣言を堂々とするな!! それに俺がいつ逃すなと言ったんだよ。俺は・こ・ろ・す・な!!と言ったんだぞ」

「ふふ、シルヴィスは本当に心配性ですねぇ〜。そんな些細なことなど私に任せておけばなんの心配もないのです!!」

「うん、ヴェルティア、まずは俺の話を聞こう!! 今回のネズミは人間だ。つまり天使や神とかよりも数段脆いわけだ」


 シルヴィスの説明にヴェルティアは首を傾げた。ヴェルティアの仕草に


「どうした? 何か疑問があるのか?」

「天使と神も結構脆いですよ?」

「あ〜それは確かにそうなんだが……」


 ヴェルティアの言葉にシルヴィスは不覚にも返答に困ってしまった。ヴェルティアの実力ならば天使や神も脆さでいえば人間と大差ないと言う認識なのだ。


「いいか、ヴェルティア。お前のような絶対的強者が人間を無傷で捕獲できないでどうするというのだ」

「た、確かに!!」

「だろう? お前は強さと美しさ!! そして賢さを兼ね備えた絶対的戦闘特化型高貴な美少女だ!!」

「そ、そうでした!! 私はまさにアインゼス竜皇国の皆の憧れでした!! その私がそのようなミスをするわけにはいきません!!」

「そうだ!! 皆の憧れであるヴェルティア皇女が力加減を間違えるわけないではないか!!」

「おおっ!! やってあげますよ!!」


 シルヴィスの言葉にヴェルティアはどんどんテンションが上がっていく。


(うん。何とか上手くいったな。こいつ……こういうやり方なら……いやいや、今回はうまくいったが、次回も上手くいく保証なんかないよな)


 シルヴィスは今回のやり方がうまくいったことで次回もこの手でいこうと考えたのだが、ヴェルティアのことを甘く見ることの危険性に思い至り心の中で自分の油断を戒めた。


「よし、ヴェルティア!! 既にネズミ共の場所は把握している!! 行くぞ!!」

「ええ、このヴェルティアの実力を存分に見せましょう!!」


 ヴェルティアの気合の入った言葉にシルヴィスは頷く。シルヴィスはヴェルティアの手を取ると転移魔術を起動して転移した。


 * * * * * 


「ここですか!! さぁ、行きますよ!!」


 ヴェルティアはブンブンと腕を回して気合を入れている。シルヴィス達が転移した先は魔族の領域フェインバイスにある森林地帯である。


 魔族の領域フェインバイスを探るもの達の存在を察知した軍の諜報部が、確認し、拠点を特定したところでシルヴィス達がやってきたわけだ。ちなみに一度シルヴィスは諜報部に案内されて森林地帯に転移魔術の拠点をも予め定めておいたのだ。


「いや、ヴェルティア。ちょっと待て」

「ん? どうしたんですか? まさか、この私に見惚れていたのですか? そうですか。しかし、今はその気持ちは封印してくださ……ふぎゃ」


 ヴェルティアがその容姿にふさわしくない声を上げたのはシルヴィスが頭を叩いたからである。

 ヴェルティアの頑強さならば頭を叩いたくらいでダメージなどないのだが、それでも声を上げるのは仕方のないことなのだ。


「いいか。俺たちは二人しかいないんだぞ? そこに考えなしで突っ込んだら取り逃すやつが出てくるだろ」

「おお、確かにシルヴィスの言う通り今は二人きり・・・・でした……」

「ん? お前どうしたんだ? いきなり顔を赤くして……」

「シ、シルヴィスこそ……顔が赤くなってますよ」

「……」

「……」


 シルヴィスとヴェルティアは自分達が二人きりであることを一旦意識してしまうとお互いに気恥ずかしくなってきた。もし、この場にディアーネとユリがいたら大いに盛り上がっていたことだろう。


「あ、あのさ……」

「ひゃ、ひゃい!! な、何ですか!?」

「この間のさ……結婚観の……」


 シルヴィスの結婚観という単語にヴェルティアはさらに顔を真っ赤にした。


 その時である。


 ガサッ!!


 何者かの足音が響き渡り二人はそちらの方を即座に見た。


「なんだ……人間か?」

「お前らこんなところで……」

「おい……こ、こいつ……」


 現れた三人の男達はシルヴィスの姿を見た時に顔を凍らせた。それからすぐにガタガタと体を震わせ始めた。


「ヒィィィ!!」


 三人の男達はその場にへたり込んでしまった。


「ん? どうしたんです?」


 ヴェルティアの不思議そうな言葉が発せられたが、男達の耳に入らない。ひたすらシルヴィスから目を離すことなくただひたすら両手を合わせ慈悲を乞う姿を見せていた。


「た、助けてください!!」

「殺さないでください!!」

「俺たちは魔族の方々に危害は一切加えていません!! ほ、本当です!!」


 男達のあまりの怯えようにヴェルティアがシルヴィスに疑惑の視線を向けた。


「シルヴィス、この方達に何をしたんです?」

「さぁ?」 

「でもここまでの怯えようは普通じゃありませんよ」

「お前達、八つ足アラスベイムだろ? そこまで怯えられるほどのことはしてないだろ」


 シルヴィスの言葉に三人は顔を青くした。


 八つ足アラスベイムの三人がここまで恐れているのは、シルヴィスの絶大な戦闘力というよりも戦闘に対する根源的な考え方だ。敵対者への一切の容赦を排除し、論理的に非道なことを行うのに一切躊躇しないのだ。必要であれば人質を取ることも辞さないという確信があった。

 男達にしてみれば自分達が事実上エルガルド帝国から追放されたのは、間違いなくシルヴィスのせいであると思っていたが、復讐しようという気が起きなかったのは骨の髄、いや魂レベルでシルヴィスへの恐怖が刻まれていたからだ。


「そうか。おい、お前らのボスに投降するように伝えろ。もし一人でも逃げたら投降した者達は全員殺す。これを脅しと取るような者がいないことを祈るんだな」

「ヒィィィ!!」

「いけ!!」


 シルヴィスの命令に男達は慌てて駆け出した。


「う〜ん、シルヴィスの非道ゆえに手っ取り早くすみましたね〜」

「そうだな……」

「しかし、これでは私の活躍を見せることができないです。私への憧れの眼差しを裏切ることはできません!!」

「そうだな……どうするか……あっそうだ!!」


 シルヴィスはそう言ってニヤリと笑った。


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