第161話 動乱後始末③

「摂政閣下!! 魔族の特使が参りました!!」


 ラフィーヌの執務室に文官がムルバイズ達の到着を告げる報告が入るとラフィーヌは緊張感のある表情を浮かべた。


「わかったわ。お迎えにあがります」


 ラフィーヌはそう文官に告げると執務を中断して立ち上がった。昨日の混乱はまだ治まっておらず、守ってくれると信じていた神や天使が自分達を滅ぼそうとしていることに対して絶望する者、やけになる者、毅然とする者、神、天使に対して怒りを持つ者とその反応は様々である。しかし、反応は多用的ではあったが、これまでの常識が崩れ去ったのだけは共通していた。


(この交渉にエルガルドの命運がかかっている)


 ラフィーヌは自国の状況を正確に把握している。


 昨日の出来事を要約すると『エルガルド帝国は神と天使に帝都を攻められ、魔王が助けにより神と天使の攻撃を凌いだ』ということだ。

 しかしその解釈は捉え方によっていくらでもエルガルド帝国を悪と断ずることが可能なものである。

 神に攻められると言うことはそれだけのことをエルガルド帝国が行ったためである。

 ではエルガルド帝国は神の怒りを買うほどの何を行ったのか?

 それは間違いなく魔族と手を組んだことだ。魔王自らエルガルド帝国救援に駆けつけたという事実が何よりの証拠だ。


 エルガルド帝国は神の敵、魔族に人族を売り渡した恥ずべき裏切り者。


 これがエルガルド帝国が置かれている状況であるのは間違いないのだ。


 魔王キラトは人族との徹底的な不干渉を考えているようではあるが、不干渉を貫かれてしまえばそれはエルガルド帝国は終わりを意味する。

 エルガルド帝国は超大国と称するに相応しい国力を有しているが、それでも人族全ての国家と戦争を行って勝ち目など皆無である。


(ふふ……たった1日で全てがひっくり返ったものね)


 ラフィーヌは自分の運命とやらを思って皮肉気に笑う。ここまで運命に弄ばれれば逆に笑えてくると言うものだ。


 ラフィーヌが皇城の城門に到着したとき、特使達の姿が見えた。


(昨日の……魔王キラトの側近達、そして天使達を一蹴した強者達……魔王キラトはこの交渉に少なくとも力を入れている)


 ラフィーヌは特使としてやってきたのがムルバイズ達であることに緊張を高めると同時にホッと胸を撫で下ろした。もしキラトがエルガルド帝国に何の価値も見出していなければ特使に選ばれるのはとんでもない小者であった可能性が高いからだ。


「ようこそ、特使の皆様方」


 ラフィーヌは完璧な礼儀作法に則る見事なカーテシーでムルバイズ達を出迎えた。


「こちらこそ摂政閣下自ら出迎えいただけるとは光栄でございます」


 ムルバイズもまた優雅な一礼するとそれに倣い全員が一礼する。


「全権特使のムルバイズ=レグ=ノイルカース枢密使、以後よろしく」

「はい」


 ラフィーヌはゴクリと喉を鳴らすのを辛うじて堪えた。ムルバイズの放つ迫力に押し切られそうになったのである。ムルバイズは表面上穏やかであり、何ら威圧感を放っているわけではないのに、ごくごく自然に発せられる強大な雰囲気に気圧されそうになったのだ。


「早速ではあるが摂政閣下……交渉を始めたいのです」

「わ、わかりました」


 ラフィーヌは喉を鳴らしてしまう。ムルバイズの言葉は馴れ合うつもりはないという宣言そのものであったからだ。


「こちらへどうぞ」


 ラフィーヌは震えそうな声を必死に押し潰してムルバイズ達を先導する。ラフィーヌが先導する様は両国の力関係を如実に表している。


(あのお嬢さんもかわいそうにな)

(ええ、ムルバイズさんの交渉相手なんて胃が痛くなる……)

(親父は本当に嫌な交渉相手だからな)

(でも互角の立場ならともかく現在のエルガルド帝国との力関係から考えればそこまで本気を出さないのではありませんか?)

(いいかリューべ、親父が交渉相手に手心を加えるなんてそんな奇跡を期待する方が間違っているぞ)

(そんなにですか?)

(ああ……)


 スティルはそういうと静かに目を閉じる。その様子をリューべはゴクリと喉を鳴らした。一瞬だが、目を閉じたスティルの表情が強張ったのを気づいてしまったからだ。


(キラト様の考える国益はとにかくエルガルド帝国の不干渉……そうすれば神族との戦いに集中できる。しかし、それだけ・・なら交渉などする必要はない。一体キラト様はムルバイズ様にこの交渉で何を獲得させたいのだろう?)


 リューべは心の中で首を傾げた。


「こちらになります」


 ラフィーヌの案内した部屋の中心に片側だけで十人は座れるだけの巨大なテーブルがある。テーブルを挟んで両陣営が対面で座った。


 ムルバイズは正面に座るラフィーヌに向かって口を開く。


「さて、今回の交渉は両国……いや、全ての魔族と人族の永続的な不干渉を破った場合の賠償の取り決めのためのものである。それに異存はございますまいな?」


 ムルバイズの開口一番の意見にラフィーヌの顔が強張った。


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