第160話 動乱後始末②

「さて、ムルバイズ、ジュリナ、二人はエルガルド帝国に明日赴いてもらい条約締結を行なってもらう」

「確かに承りました」

「私もです」

「ムルバイズとジュリナならば魔族の利益を最大限に確保してくれる。細々としたところは奴らにくれてやっても構わん」


 キラトの言葉に二人は頷いた。このやりとりからキラトがムルバイズとジュリナの能力に全幅の信頼を置いている証拠であるのは間違いない。


「ジュリナ、いきなりだが事は急ぐ必要がある。今日中に随行員の人選を行ってくれ」

「わかりました……というよりも既に終わっています」

「さすがだな」

「しかし、一つ問題がありまして……」

「別部署ということかどこだ?」

「軍規書です」

「ふむ……となるとレーザンか?」


 キラトの言葉にジュリナは頷いた。この辺りのやりとりは長年の付き合いというものだろう。打てば響くという感じである。


「はい。軍規書佐ぐんきしょさであれば交渉の場においてその能力を発揮していただけるかと」

「ふむ……正論ではあるが、レーザンには新設される二個旅団の編成の仕事がある。そちらが遅れるというのは正直困る」

「……そうですか。レーザン書佐ならばと思いましたが……」

「すまないな。ガルエルムの後任は未だ決まらない。レーザンが軍規書を切り盛りしている状況だ。今、あいつに職務を離れれば軍の機能は大幅に低下してしまう」


 キラトの声は限りなく苦い。キラト自身も現在の状況がまずいのは重々承知しているが、時間が足りていないためにレーザンに頼りきるしかないという状況なのだ。


「ガルエルムの損失は本当に計り知れない。その穴を埋めるために軍規書は必死に頑張ってはいるが及ばないのが事実だ」


 キラトの言葉にジュリナだけでなく魔族の面々はそれぞれの表情で頷く。レーザンを始め軍規書の官僚達は間違いなく優秀な者たちばかりだがそれでもガルエルムの穴を埋める事はできないのだ。

 これはガルエルムの実力が飛び抜けているせいであり、決してレーザン達が凡夫というわけではない。


「それではリューべとお父様も随行員に加えていただけますか?」

「それは許可する」

「ありがとうございます」

「今日の活躍を見れば威嚇効果は十分だしな」

「その通りです」


 ジュリナはそう言ってニッコリと微笑んだ。リューべとスティルは先程天使達を薙ぎ払った。それをエルガルド帝国の面々も見ている。もはや二人はそこにいるだけでエルガルド帝国を抑止する存在となったのだ。

 ムルバイズ、ジュリナも能力的には天使を蹴散らす事は十分に可能なのだが、先の戦闘に対して実力を見せていないために抑止力にはならないのだ。


 もちろん、魔王キラトの出した条件にラフィーヌは賛同したが、それはその場にいた者であれば納得せざるを得ない流れである。

 だが、その場にいなかった・・・・・者達はどうか? 危険から遠ざかれば遠ざかるほど好戦的になるというものがいるのは事実である。そんな現状を実感していない面々が魔族に事実上の降伏を潔しとせずに騒ぎ立てる可能性がある。


「二人ともそういうことだ……ん? どうしたスティル?」

「い、いえ何でもありません」

「しかし、そんな不機嫌そうな顔をされれば気になるというものだろう」


 キラトの言葉通り、スティルは憮然とした表情を浮かべていたのだ。先ほどまでそのような様子は一切見せてなかったのでキラトも不思議に思ったのだ。


「このバカもんが!!」


 そこでムルバイズがスティルの頭をポカリと叩いた。


「ジュリナがお前よりもリューべの名を先に・・呼んだくらいでイジケおって!!」

「何だと!! 親父にはこのやるせなさが通じないとはどこまで冷血漢なんだ」

「あほ!! 陛下の御前で物申すようなことか!!」

「陛下の前だろうが何だろうが私の心に負った傷は深いんだぞ!!」

「もう、お父さん!! いい加減にしてよ!!いくら何でも恥ずかしすぎるわよ!!」


 あまりにも情けないスティルの言い分にジュリナがキレてしまったのも無理はない。スティルの親バカっぷりは有名なためにキラト達は今さら驚きもしないがレンヤ達は驚きの表情を浮かべていた。


(なぁ、あの人ってただの親バカだよな?)

(う〜ん、あんなお父さん欲しかったな)

(お前、本気か?)

(何よ。私は家族いないんだからああいう関係に憧れたっていいじゃない)

(でもなぁ)


 エルナの言葉にレンヤは渋い表情を浮かべた。エルナの感情もわからなくはないがスティルの行動は度が過ぎているというのが正直な感想なのだ。


「キラトさん、それにしても我々は交渉に参加しなくていいんですか?」


 そこにヴェルティアが期待のこもった目でキラトに尋ねる。


「いえ、ヴェルティアさん達は十分にやってくれました。ここから先は我々の仕事です」

「そうですか? 私の交渉術ネゴシエイトが火を吹くときが再びやってきたわけです!! いつでもいけますよ!!」

「だから、なんでお前の交渉術ネゴシエイトは火を吹くんだよ!!」


 ヴェルティアの気合のこもった言葉にシルヴィスがため息混じりに言う。


「ふふん、それはですね。この私が皇女だからです!!」

「アホか」

「あ〜シルヴィス!! 私をアホと言いましたね!! 先程、私の叡智というものを見せてあげたのにどうしてそういう結論に達したんです?」

「お前は行動がアホなの!!」

「ふふ、シルヴィスは本当に素直じゃないですねぇ〜仕方ありません。私がレンヤさん達に色々と説明してあげましょう!!」

「へ?」


 ヴェルティアの矛先がレンヤ達に向いたことに当の三人は驚いてしまう。どうして自分達に話が飛ぶのか論理の飛躍についていけていないのだ。


「だからお前はいきなり話が飛ぶんだよ。中々着いてこれるやつはいないぞ」

「そうですか? みんな着いてきてますよ?」

「あのな、お前は一周回って追いついてるからそう見えるだけだよ」

「なら何の問題もありませんね!! うんうん!! それでですね。キラトさんがみなさんを保護・・したのはあのままだと戦争に利用されることになっていたからです!!」


 ヴェルティアはシルヴィスとの会話の途中でまたもレンヤ達へと話を振る。このヴェルティアの話の飛躍にシルヴィスは肩をすくめた。悪意があってと言うよりも言いたくてウズウズした結果であることをわかっているためにシルヴィスとしては笑うしかない。


「あ〜今後人族の国家間戦争勃発が起こります。エルガルド帝国にみなさんがいれば間違いなく戦争に駆り出されて、人間を殺すための戦いに駆り出されることでしょう!!」

「な……なぜ人間同士の戦争が起こるんです?」

「ディアンリアはエルガルド帝国を見限ったからです」

「そんな……なぜエルガルドを?」

「理由は知りません!! でもエルガルド帝国の皇帝一家の暗殺、今日の侵攻が見限った証拠です。いえ、皇帝一家暗殺まではまだ魔族との全面戦争を煽る意味合いがあったかもしれませんが、今回の侵攻は見限った証拠です!!」

「……」


 ヴェルティアの断言にレンヤ達三人は沈黙する。ヴェルティアの意見は多少の決めつけがあるとはいえ、それを否定するだけの材料はどこにもないのだ。


「しかし、安心してください!! この魔族の領域フェインバイスでみなさんには力をつけてもらいます!!」

「「「は?」」」


 ヴェルティアの言葉にレンヤ達三人は驚きの声をあげた。


「今後、みなさんはディアンリアに命を狙われ続けることになります!! そんな時にご自身の手で危機を払いのけるだけの力が必要になるとは思いませんか!? そう思いますよね!!」

「えっと……」

「任せてください!! ディアーネもユリも教師としてすばらしい手腕を持っています!! この二人の指導を受ければレンヤさん達ならすぐに下級神くらい蹴散らすことが出来るようになりますよ!!」

「あの、ヴェルティアさん」

「なんですか?」

「強くなればみなさんの役に立つようになりますか?」


 レンヤの言葉にヴェルティアは満面の笑みを浮かべて言う。


「もちろんです!! 努力あるのみですよ!!」

「わかりました!! やります!!」


 レンヤの気合いの入った返答にヴィルガルドとエルナも顔を見合わせてそれぞれの表情で頷いた。


「俺もやる」

「私もです。この世界にいる限り神に命を狙われるなんてたまったものじゃないわ」


 二人の了解の言葉にヴェルティアは満足気に頷くとまたも満面の笑みを浮かべた。


「わかりました!! ディアーネ、ユリ!! みなさんを強くしてください!!」

「「は、はぁ」」


 ディアーネとユリの返答は戸惑いがあるのは事実ではある。


「なんか妙なことになったな」

「そういうなヴェルティアさんのおかげであの三人も戦力になるかもしれん」

「かもしれんな……」

「おや? 妬いてるのか?」

「キラト君……舌禍は慎みたまえよ?」

「了解」


 シルヴィスの返答にキラトは簡潔に答える。


(ヴェルティアさんだけでなくシルヴィスも完全に意識し始めてるな)


 キラトはシルヴィスとヴェルティアが少しずつではあるが変わり始めていることを確信した。


(あの二人には少しばかり可哀想な事になるが……仕方ないよな)


 キラトは少しばかり同情的な視線をレンヤとエルナに向けた。

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