第159話 動乱後始末①

「た、助かった……」

「ああ、だが……」


 天使達が見事に一掃されたことでエルガルド帝国の危機はさった。もはや滅亡は避けられないと思っていたため、最前線で戦っていた兵士達は安心のため、へたり込んでしまった。


 末端の兵士達、市民達は今日の命が助かったことを素直に喜べはそれでよかったのだが、上層部はそれだけではないのは確実である。すなわちこれからのことを考えねばならないのだ。


 特に摂政のラフィーヌは必死に頭を高速回転させ今後のエルガルド帝国の利益を勝ち取らなければならなのだ。ほっと気を緩める暇などどこにもない。


「さて、ラフィーヌ殿」


 そこにキラトがラフィへ声をかける。ラフィーヌを守る騎士達もキラトの前に立ち塞がるような事はしない。この状況でラフィーヌへ危害を加えるなどあり得ないし、立ち塞がること自体がエルガルドを救ってくれたキラト達に対しての侮辱行為であるからだ。


「な、何でしょう」


 ラフィーヌの声はわずかに震えている。考えをまとめようとしているしているところに魔王キラトからの声かけである。全てが準備不足の段階で魔王と相対せねばならないラフィーヌの精神的負担は凄まじいものである。


「まずはっきりさせておかねばならないのだが、今回我々がエルガルド帝国を救ったのは当然だが、人道的視点からではない」

「く……存じております」


 ラフィーヌの緊張の度合いが急角度で跳ね上がった。キラトの言葉は無償であることを否定したものであり、当然ながら見返りを求められることの同義であるからだ。


 キラトの言葉にラフィーヌの後ろにいた市民達の中から戸惑いの感情が発せられた。

 それをキラトは気にも留めずにラフィーヌへと話を続けた。


「それは話が早い。こちらの要求は二つだ」

「……お聞かせいただけますか?」

「一つは人族からの魔族の領域フェインバイスへの徹底的な不干渉だ」

「……もう一つは?」

「レンヤ達三人の身柄の即時引き渡しだ」

「え?」


 キラトからの要望にラフィーヌは困惑の声をあげる。


「人族同士で今後大戦が勃発するのは間違いない。その際にあの三人に人族を殺させようとすることだろう。それはあまりにも哀れゆえ、あの三人の身柄はこの魔王キラトが預かることにした」

「お、お待ちください!! そ、それでは……」

「ほう、君は立場がわかってるのかね?」

「う……」

「君達が全く歯の立たなかった神族達を我らは一蹴した。ひょっとして君達は我々に君達を潰すだけの力が残っていないという意識なのかな?」

「いえ……そのような事は……」


 キラトの声には一切の容赦はない。弱っているところにつけ込むなど交渉ごとの基本中の基本だ。


「そうか。みんな。どうやらもう一戦のようだ。エルガルドの勇士達……どうやら摂政閣下の判断で君達と我々でもう一戦ということになった。それでは始めようではないか」


 キラトの言葉に顔を青くしたのはエルティーユ将軍麾下の第四軍の面々であった。ミラスゼント達の襲撃をせっかく生き延びたというのにすぐさま死地に立つ覚悟など有してるものなどほとんどいない。

 しかも、勝つ見込みなど皆無である以上、士気は下がる一方であるだろう。


「お、お待ちください!! もはや、我々には魔王陛下と争う気力はございません……。レンヤ様達はお引き渡しいたします」


 ラフィーヌの絞り込むような言葉にキラトはニヤリと笑うとレンヤ達三人に視線を移した。


「聞いての通りだ。君達の身柄は今後この魔王キラトが預かることになった。もし断れば先ほども言ったようにエルガルド帝国の歴史は今日で・・・終わりだ」


 キラトの口調はかなり厳しいものであり、返答次第ではエルガルド帝国をこの場で滅ぼすという本気の意思をレンヤ達は感じた。


「わかりました。俺は行きます」

「お、俺もだ」

「私も承知しました」


 レンヤ達三人は沈んだ声で了承する。


(へぇ、キラトも存外お優しいな)

(そうですねぇ〜あの三人このままじゃ戦争の道具として使い潰されてしまいますものねぇ)

(お前、意味わかってんのか?)

(まったく……いいですかシルヴィス。エルガルド帝国は神に見放されてしまったわけです。当然、ディアンリアは宗教勢力を煽るか他国を煽ってエルガルド帝国を滅ぼそうとするでしょう。もしくは他国の王族を動かして反エルガルド帝国連合とか形成させるかもしれません。あっ帝国内部の貴族を煽って内戦勃発を狙うかもしれませんね)

(……お前、本当にヴェルティアか?)

「はっはっはっ!! 私の光る知性に驚いたようですねぇ〜シルヴィスもいい線いっていますけど私には及ばないですよ!! 精進してくだ……むぐ!!」


 ヴェルティアのテンション上がってしまい高笑いをあげたので全員の視線がヴェルティアに集まったためにシルヴィスがヴェルティアの口を塞いだのだ。


「ふ……よく決断したね。さて摂政閣下、不干渉の詳細を詰めたい。だが、今日は流石にそこまでの気力はなかろう。明日、特使を送る。その者と条約締結のための交渉を行なってもらおう」

「わ、わかりました……」

「ふ、それでは我らは戻るとしよう」


 キラトはそういうとシルヴィス達が魔法陣を顕現させ、次の瞬間には姿がかき消えていた。

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