第158話 エルガルド帝国動乱⑭

 シルヴィスとヴェルティアという凶悪すぎる相手に睨まれたミラスゼントはあからさまにビクリと体を震わせた。

 自分と同格のザルムとガルウィムはシルヴィス達の圧倒的な力の前に粉砕された。しかも戦いの内容は善戦に程遠いものであった。アリと巨人の戦いよりも無惨な結果になってしまったのである。


 そんな怪物二人に一人で立ち向かわなければならないなど悪夢以外のなにものでもないというものだ。


 天使達もいるにはいるが、はっきり言って役に立つとは思えない。


 圧倒的な戦力差だ。いや絶望的な戦力差と称した方がより的確かもしれない。


「さて、ミラ……何とかさんやりましょうか」

「ミ……何だっけ? まぁいいや。どうせすぐお別れなんだから名前なんか大した問題じゃないよな」


 ヴェルティアとシルヴィスの言葉はミラスゼントにとって最大限の侮辱と言って良いだろう。神であるミラスゼントにとって下等な人間ごときに名を覚える価値がないという言葉を叩きつけられることなど屈辱の極みというものだ。


(ま……あいつが生き残るための手段なんかあれ・・しかないよな)


 シルヴィスとすれば、まともに戦えば先の二柱同様に惨殺される未来しかない。


(あとはいつ……という段階だな)


 シルヴィスはミラスゼントの動きから目を逸らさない。位置的にミラスゼントがシルヴィスの想定通りに動けば向かう方向は決まっている


「ふ、確かに恐るべき強さだ。だが……最後に立っているのは私だ!! 天使共!!かかれ!! 下等な人族に天界の名誉をこれ以上傷つけさせるな!!」


 ミラスゼントが命令を下した瞬間に天使達は顔を引き攣らせたが、天界の名誉という言葉に自らの存在意義を刺激されたのだろう二人に襲いかかった。


 ミラスゼントは命令を下し終えた瞬間に後ろのラフィーヌ達に向かって駆け出そうとした。


 ミラスゼントの意図はラフィーヌ達を人質に取りこの危機を脱するつもりなのは明らかであった。


「いきますよ!!」


 ヴェルティアが突進し、シルヴィスが続く。ヴェルティアの突進を防ぐために天使達が立ち塞がるが、蚊を払うように天使達を吹き飛ばした。


「う〜ん、やっぱり理不尽だなこいつ」


 シルヴィスはヴェルティアによりこじ開けられた道を駆けるとミラスゼントが三歩目を踏んだ段階で射程に収めた。


「ひ……」


 シルヴィスから放たれる殺気がミラスゼントに襲いかかり、ミラスゼントの口から恐怖の声が極々自然に発せられていた。


「見え見えなんだよ……アホが!!」


 シルヴィスの虎の爪カランシャの一閃がミラスゼントの右肩から容赦なく入った。


 シュパァァァァ!!


 ミラスゼントは斬り裂かれた背中から大量の鮮血を撒き散らすと地面に転がった。


「じゃあな。お前は最後まで都合良く・・・・踊ってくれたよ」


 シルヴィスは跳躍するとミラスゼントの背中に降り立つと同時に虎の爪カランシャをミラスゼントのエンヴイに突き立てた。


「が……」


 延髄を断たれたミラスゼントはビクンビクンと二、三度痙攣する。それはミラスゼントが絶命という自分の身に降りかかった不幸を必死に払い除けようともがいている姿にも見えた。


「しつこいぞ」


 シルヴィスはミラスゼントに対して好意の一欠片も有していないのでどこまでも冷たく言い放つと虎の爪カランシャを頭頂部に向かって振るうとミラスゼントの頭部は両断された。


「ひ……」

「う、うわっ」


 シルヴィスのミラスゼントへの態度にラフィーヌを始めエルガルドの面々は恐怖の表情を浮かべた。

 流石に神を背中から斬りつけ、何の躊躇いもなくトドメを刺し、おまけに頭部を両断するという行為はエルガルドの面々にとってある意味、神が自分達の敵であったこと以上の衝撃であったのだ。


「う〜ん、何というか神が哀れになるな」

「そうね。敵には容赦しないのは分かっていたけど、ここまで弄ばれると哀れという感情が出てきてしまうわね」

「あの時の俺の判断はやはり正しかったな」

「そうね。少なくとも敵対関係にはならなかったでしょうけど、背中を預けるまでの関係性は築けなかったかもしれないわ」


 キラトの得意満面の笑みにリネアもまた頷く。全くあの時、ラディンガルドでキラトが会いに行かなければここまでの信頼関係を築けていたかわからない。キラトの即断即決がキラト達にとって、また魔族にとって最高の結果になったのは間違いない。


「それにしてもディアーネさん、ユリさんにとっても嬉しい連携が見れたんじゃない?」


 キラトはさらにディアーネとユリに向かって言う。問われた二人は和かな表情を浮かべながら頷いた。


「確かに言葉を使わなくてもここまでの連携を見せてくれるんだから、使わない手はないですよ」

「ふふふ、あのお二方の件はこちらにお任せください。キラト様達はこれから締めの作業がございますので、そちらをよろしくお願いいたします」

「了解した。それでは天使達を排除し終えてから始めるとしよう」


 キラトがそう話を締めくくるとリネアが弓を構えると同時にリューべとすティルが天使達に襲い掛かる。

 天使達は既にミラスゼント達が殺されたことで戦意など消え失せている。そんな状態でヴェルティアという理不尽の塊が襲い掛かり次々と命の灯火が蹴散らされている状態だ。

 そんなところにリューべ、スティルという魔族の上位者が襲い掛かるというのだから不幸以外の言葉が見つからないというものだ。


「とりあえず静かな状態にしないと落ち着いて話もできないわね」


 リネアはそう言って即座に矢を放つと天使の首を射抜いた。


「大体……三十分ほどじゃろうな」


 ムルバイズがポツリと言ったように三十分後には天使達全てが駆逐されることになった。


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